「#11」
話は現在の愛澤学園の朝の日常へと戻る。
その日は6月だと言うのに猛暑日の予報が出ていた、すでに夏日は超え、真夏日が目前の朝だった。
「梅雨どこいったのよ、汗でベタベタになるよ、まいったな、もぅ…太陽さん頑張りすぎだよ。」
真夜は目の前の光景を見て、また異世界でも行く気分になる。
校門からの長い道のりを超えてたどり着いた先にあるのは、重厚で大きな自動ドア。
それが静かに開くと、そこはまるで都心の高級ホテルのようなエントランスだった。
「涼しい、寒いくらい…」
空調設備もバッチリなのだろう。
行き交う生徒達からは「ごきげんよう」
の言葉が飛び交っていた。
「やっぱ、慣れないな………」
真夜は溜め息をひとつ。
吹き抜けのメインロビーに足を踏み入れると、中央の噴水が奏でる水音が、無機質な空間に響いていた。
ここは…室内だよなと真夜は、毎回思う。
生徒達はコンシェルジュデスクの前を通り過ぎ、壁面に埋め込まれた重厚なシューズキャビネットへと向かう。
そこはもはや学校の玄関ではなく、一流ホテルのクロークのような気品に満ちていた。
ホワイトティーのアロマの香りが心地良さを演出していた。
そこには愛澤のバッチを付けている複数のスタッフが忙しそうにしながらも優美に振る舞っていた。
洗練された制服に身を包んだスタッフが、柔らかな微笑みで迎えてくれる。
真夜は、メインロビーの中央に配されたコンシェルジュデスクの前を通り、壁面に埋め込まれた重厚な木目調のシューズキャビネットへと向かった。
そこは、学校というよりは都心の五つ星ホテルのクロークそのものだった。
案内されたのは、昇降口と呼ぶにはあまりに不釣り合いな、吹き抜けのグランドロビーだった。
壁一面に並ぶ重厚なマホガニーの扉。
それがこの学校の『下駄箱』なのだと気づくまでに、数秒の時間を要した。
「やっぱ、慣れないわ。」
真夜は溜め息をふたつ。
コンシェルジュデスクのような受付で、ホテルのスタッフと見紛う制服の男性が深々と頭を下げる。
そっと差し出されたのは、使い捨てとは思えないほど立派なスリッポンみたいなルームシューズだった。
「やっぱ、慣れないよ。」
真夜は溜め息をみっつ。
両親と暮らしていた部屋で使っていた、あのちょっとばかり臭うスリッパとは、素材からして別次元のものだった。
「失礼いたします、真夜様」
洗練されたスタッフが、恭しく私の革靴を受け取った。
「私、名前覚えられてるんだよね。」
「……あ、はい。」
緊張で声が裏返る。
そこは昇降口なんてありきたりで野暮な呼び名が似合う場所ではなかった。
床には無銘よりも高級そうな毛足の長いカーペットが敷き詰められ、巨大なシャンデリアが天井で静かに輝いている。
「ダイヤモンドみたいで不気味なんだよな、あれ。」
そんな事を思っていた。
彼が私の靴を収めたのは、壁に埋め込まれた特注のキャビネットだ。
両親と通っていた銭湯にあった下駄箱とは、木の質感からして違っていた。
「おはよう、真夜ちゃん。」
ごきげんようの嵐の中で、おはようのオアシスを見つけた。
「陽葵(ひなた)ちゃん、おはよう。」
真夜は大きく手を振って出迎えた。
彼女は片倉陽葵(かたくらひなた)
クラスメイトで親友と呼べるひとりであった。
ニャフサンドという子猫のキャラクターが好きな事で仲良くなった。
たわいもない事で笑い合える仲だ、たまに無銘にも顔を出してくれている。
「これ、落とし物じゃありませんか、真夜ちゃん。」
すっと差し出しされたのはニャフサンドのマカロンに挟まれた白毛で垂れ耳の子猫がクリームみたいにされているマスコット付きのストラップだった。
「ありがと、とれちゃってたんだね。」
真夜は差し出されたストラップを陽葵から受け取った…
バチッ‼︎
静電気みたいな衝撃が真夜を襲う。
「痛ッ!」
陽葵は訝しげるように真夜を覗き込む。
「どうしたの、大丈夫?」
真夜は陽葵の顔を見て、尻餅をついた。
ろうそくの灯火みたいに陽葵が揺れ動く、目がチカチカする。
気持ち悪い。
「クロの時とおんなじだ…」
そこには真っ白に変わった陽葵が、こちらを見つめていた。
真夜は震えが止まらなかった。
「具合悪い、大丈夫、真夜ちゃん聞こえてる。」
陽葵は心配そうに見つめる。
何事かとスタッフも近付いてくる。
尻餅をついている真夜の肩を抱いて声をかけてくれた人がいた。
「大丈夫か、真夜、秀一だ、聞こえるか?」
秀一だった。
真夜は安堵の溜め息をついた。
陽葵へ秀一は大丈夫だと伝え、先に教室へ行くよう促した。
「秀一、どうしよ、陽葵ちゃんが…白くなったの…どうしよ………嫌だよ」
真夜は秀一を見つめた。
「大丈夫.今はオレがいる、オレがいるんだ。」
真夜は秀一にしがみついた。
「今は秀一がいるんだって、ちゃんと思い出せた。」
真夜は心の中で呟いた。
後輩の美優希(みゆき)が仁王立ちで目の前にいた。
二人が気付くと彼女は右手の親指と人差し指をピンと伸ばして手のひらを自分の方へ向けて、左肩の辺りに持っていくと、こう言った。
「甘々、禁止です‼︎」
真夜はおうむ返しに。
「あ、あまあま…」
美優希は続ける。
「ゆゆしきじたいです。」
ポーズは崩さない。
「ゆ…ゆ…しき」
秀一がおうむ返しする。
「………です‼︎」
美優希は大きく頷いた。
涼しい室内のはずなのにジトりと嫌な汗が出るのを秀一と真夜は感じていた。
6月22日の事だった。
この日から、あの悲劇は始まってしまった。
光化学スモッグの発生を知らせる放送が響いていた。
話は現在の愛澤学園の朝の日常へと戻る。
その日は6月だと言うのに猛暑日の予報が出ていた、すでに夏日は超え、真夏日が目前の朝だった。
「梅雨どこいったのよ、汗でベタベタになるよ、まいったな、もぅ…太陽さん頑張りすぎだよ。」
真夜は目の前の光景を見て、また異世界でも行く気分になる。
校門からの長い道のりを超えてたどり着いた先にあるのは、重厚で大きな自動ドア。
それが静かに開くと、そこはまるで都心の高級ホテルのようなエントランスだった。
「涼しい、寒いくらい…」
空調設備もバッチリなのだろう。
行き交う生徒達からは「ごきげんよう」
の言葉が飛び交っていた。
「やっぱ、慣れないな………」
真夜は溜め息をひとつ。
吹き抜けのメインロビーに足を踏み入れると、中央の噴水が奏でる水音が、無機質な空間に響いていた。
ここは…室内だよなと真夜は、毎回思う。
生徒達はコンシェルジュデスクの前を通り過ぎ、壁面に埋め込まれた重厚なシューズキャビネットへと向かう。
そこはもはや学校の玄関ではなく、一流ホテルのクロークのような気品に満ちていた。
ホワイトティーのアロマの香りが心地良さを演出していた。
そこには愛澤のバッチを付けている複数のスタッフが忙しそうにしながらも優美に振る舞っていた。
洗練された制服に身を包んだスタッフが、柔らかな微笑みで迎えてくれる。
真夜は、メインロビーの中央に配されたコンシェルジュデスクの前を通り、壁面に埋め込まれた重厚な木目調のシューズキャビネットへと向かった。
そこは、学校というよりは都心の五つ星ホテルのクロークそのものだった。
案内されたのは、昇降口と呼ぶにはあまりに不釣り合いな、吹き抜けのグランドロビーだった。
壁一面に並ぶ重厚なマホガニーの扉。
それがこの学校の『下駄箱』なのだと気づくまでに、数秒の時間を要した。
「やっぱ、慣れないわ。」
真夜は溜め息をふたつ。
コンシェルジュデスクのような受付で、ホテルのスタッフと見紛う制服の男性が深々と頭を下げる。
そっと差し出されたのは、使い捨てとは思えないほど立派なスリッポンみたいなルームシューズだった。
「やっぱ、慣れないよ。」
真夜は溜め息をみっつ。
両親と暮らしていた部屋で使っていた、あのちょっとばかり臭うスリッパとは、素材からして別次元のものだった。
「失礼いたします、真夜様」
洗練されたスタッフが、恭しく私の革靴を受け取った。
「私、名前覚えられてるんだよね。」
「……あ、はい。」
緊張で声が裏返る。
そこは昇降口なんてありきたりで野暮な呼び名が似合う場所ではなかった。
床には無銘よりも高級そうな毛足の長いカーペットが敷き詰められ、巨大なシャンデリアが天井で静かに輝いている。
「ダイヤモンドみたいで不気味なんだよな、あれ。」
そんな事を思っていた。
彼が私の靴を収めたのは、壁に埋め込まれた特注のキャビネットだ。
両親と通っていた銭湯にあった下駄箱とは、木の質感からして違っていた。
「おはよう、真夜ちゃん。」
ごきげんようの嵐の中で、おはようのオアシスを見つけた。
「陽葵(ひなた)ちゃん、おはよう。」
真夜は大きく手を振って出迎えた。
彼女は片倉陽葵(かたくらひなた)
クラスメイトで親友と呼べるひとりであった。
ニャフサンドという子猫のキャラクターが好きな事で仲良くなった。
たわいもない事で笑い合える仲だ、たまに無銘にも顔を出してくれている。
「これ、落とし物じゃありませんか、真夜ちゃん。」
すっと差し出しされたのはニャフサンドのマカロンに挟まれた白毛で垂れ耳の子猫がクリームみたいにされているマスコット付きのストラップだった。
「ありがと、とれちゃってたんだね。」
真夜は差し出されたストラップを陽葵から受け取った…
バチッ‼︎
静電気みたいな衝撃が真夜を襲う。
「痛ッ!」
陽葵は訝しげるように真夜を覗き込む。
「どうしたの、大丈夫?」
真夜は陽葵の顔を見て、尻餅をついた。
ろうそくの灯火みたいに陽葵が揺れ動く、目がチカチカする。
気持ち悪い。
「クロの時とおんなじだ…」
そこには真っ白に変わった陽葵が、こちらを見つめていた。
真夜は震えが止まらなかった。
「具合悪い、大丈夫、真夜ちゃん聞こえてる。」
陽葵は心配そうに見つめる。
何事かとスタッフも近付いてくる。
尻餅をついている真夜の肩を抱いて声をかけてくれた人がいた。
「大丈夫か、真夜、秀一だ、聞こえるか?」
秀一だった。
真夜は安堵の溜め息をついた。
陽葵へ秀一は大丈夫だと伝え、先に教室へ行くよう促した。
「秀一、どうしよ、陽葵ちゃんが…白くなったの…どうしよ………嫌だよ」
真夜は秀一を見つめた。
「大丈夫.今はオレがいる、オレがいるんだ。」
真夜は秀一にしがみついた。
「今は秀一がいるんだって、ちゃんと思い出せた。」
真夜は心の中で呟いた。
後輩の美優希(みゆき)が仁王立ちで目の前にいた。
二人が気付くと彼女は右手の親指と人差し指をピンと伸ばして手のひらを自分の方へ向けて、左肩の辺りに持っていくと、こう言った。
「甘々、禁止です‼︎」
真夜はおうむ返しに。
「あ、あまあま…」
美優希は続ける。
「ゆゆしきじたいです。」
ポーズは崩さない。
「ゆ…ゆ…しき」
秀一がおうむ返しする。
「………です‼︎」
美優希は大きく頷いた。
涼しい室内のはずなのにジトりと嫌な汗が出るのを秀一と真夜は感じていた。
6月22日の事だった。
この日から、あの悲劇は始まってしまった。
光化学スモッグの発生を知らせる放送が響いていた。


