誰よりも速く

「ON YOUR MARKS(オン・ユア・マークス」

(無機質な声の『位置について』)

「Set(セット)」

(用意)

 智徳と瑆の意志がぶつかり合うように、パァアンと号砲が鳴った。智徳にとって走るのは好きだった。走ると気持ちも前に進みそうな気がするから。
 

♢瑆視点♢

 なぜ、走るのだろう。

 お金がもらえるわけでもない。

 成績が上がるわけでもない。

 去ってゆくうしろ姿が、涙で滲む。いま追いかければ間に合う……大事にしているくせに、どうして俺は意地を張ってしまうのだろう。

 普通の人間なら智徳のことを励ますのかもしれない。だけど、俺にはできなかった。悔しかった。努力したことがないと宣言する智徳を許すことができなかった。とにかく叫ばずにはいられなかった。

「うおおおお!」

 いよいよ、最終コーナーだ。

♢智徳視点♢

 最初は瑆のうしろ姿を追いかけてきた。瑆に憧れて、瑆のような走りをしたくて、必死に走り続けた。速さの正体を知った時、落ち込んだ。

 だけど、落ち込んだだけじゃ瑆を救えない。

 瑆を救うには、間違った努力を否定しなくちゃいけない。

「だから、勝つんだ!!」

 僕は目をギュッと閉じる。勝っていますように、と祈りながら。最後に見えた瑆の姿、気配、勝負の行方はわからない。

 僕と瑆は倒れ込むように、ゴールした。