『吐けば、いい走りができる』
それに気づいたのは、タイムが伸び悩んでいた時だった。
ストレスで食べては吐いてを繰り返す。
ある日、階段の三段目ぐらいから落ちた。たった、三段の階段なのに骨折をした。診断した医者によれば食べないから骨が脆くなっているらしい。それでも、吐くことをやめられなかった。
だって、智徳は短距離なのに俺より速かったから。
昔は俺の方が速かった。それなのに気づけばタイムを抜かされていた。そんな悔しい日々を送っていれば、吐いた後にいいタイムがとれた。
「あはは、俺はまだ速いんだ……。まだ速く走れるんだ……」
プレッシャーなのかストレスで吐いた時は必ずと言ってもいいほど、良い成績がとれた。そうやって吐くことを繰り返していくうちに、いつしか吐けば勝てる。そんな悪いルーティンが俺のなかに結びついた。
少しでも速くなって智徳を抜かしたい。学校生活や勉強よりも、俺にとって陸上が全てだった。
「瑆ってさ、最近痩せた?」
ストレッチの最中に智徳が背中越しに話しかけてくる。背中を押してもらってはいるが、自分でも背骨が骨張っているのがわかった。どうも前屈になると骨が浮き出てくる。
「わかんないや」
体重は測っていない。少しでも体重が増えてると認識してしまえば、ご飯が食べられなくなってしまうからだ。
♢
お昼休みが嫌いだった。智徳と同じクラスだけでもしんどいのに、お弁当の時間まで一緒とかただの地獄だった。
「瑆、ご飯そんだけ? 腹減らんの」
「うん」
(どうせ吐いちゃうし)
「僕の食べるか?」
智徳は優しさのつもりなのか唐揚げを俺に差し出す。ギトギトした油まみれの唐揚げを見て首を振った。
「大丈夫、ありがとう」
俺は智徳の唐揚げを拒絶した。そんな脂っこいもの食べられそうにない。食べてすぐ吐き出してしまうだろう。
「僕も飯減らした方がいいかなぁ」
智徳は箸を置いた。
「ダメだ! 智徳は食わないと」
俺は食い気味に怒鳴った。
「……どうしたんだよ、急に」
智徳はどこか引き気味に俺を見た。その視線をヒシヒシと感じて俺は息を呑み込む。やばい、やり過ぎたか……?
「いいや、智徳を心配してんだよ」
心配だから……というより、智徳が自分より速くなったら困るって考えてしまうのは。俺はもうクズ以下だな。小さくため息をつきながら、無理やり笑った。
♢
放課後、無数のスパイクの跡を踏みつけてとにかく一番前を目指していた。すると、智徳が俺に近づいてくる。反射的に逃げたくなって、足に力を込めれば智徳に腕を掴まれた。
「俺さ、顧問に言われてお前の痩せ具合に気づいたんだ。ずっとお前の傍にいたのに体調の変化に気づけない。気付こうとしなかった。見ないフリをしていたんだ。瑆の努力を否定したくなくて」
智徳の声はいつもより真剣で声のトーンは低かった。
「智徳……」
誰にも知られていない努力だと思っていた。俺はゆっくりと振り返る。
「だけど、食べないのは……」
智徳は言葉に悩んでいるように見えた。だから、代わりに言葉を紡ぐ。
「もう、俺はがんばれない。生まれて初めて努力したのに速くなれないんだ。もう俺は成長することないんだ」
俺は自分の気持ちを初めて他人に告白した。智徳は俺の本音を受けてどんな顔を見てしているのだろうと様子を伺う。
「あ……」
今まで見たことがない智徳の顔だった。いつも笑ってムードメーカーな智徳が、ぐにゃりと複雑そうに顔を歪ませている。どこかで目の前にいる人間は智徳じゃないと拒絶していた。
「そんなことないだろ。瑆は努力しているよ。成長している。僕は監督に言われて長距離選手になったけど、ずっと瑆に憧れていた。あの日までは……」
「あの日ってなんだよ」
「忘れたのか? コンビニで万引きした日だよ」
智徳の鋭い目線が俺を刺す。
「智徳に俺の気持ちはわからない」
その鋭い目線から逃げるようにして、目を背けた。
「わかるよ! 俺だって……」
「わかるかよ! 短距離の選手だった智徳のことは尊敬していたんだ。たった一秒を縮めようと努力する気持ちに共感していた。だけど、同じ土俵に立った智徳のことを前までと同じような接し方を俺にはできない……自分が前を走っていないと気が済まないんだ。ほんと自分勝手な男だろ」
「そんなわけあるかよ。たった一度の挫折で諦めんな。走ることから逃げんな!」
強さとは挫けても立ち上がれる力のことだ。限界だと決めつけないことだ。俺は走ることから逃げてはいない。
「走るぞ」
「え?」
智徳からの突然の提案に驚く。
「食べない、万引き、そんな瑆の間違った努力を走りで否定してやる」
智徳の全身から闘気を感じた。
「才能には勝てないよ」
「じゃあ、なんでまだ続けているんだ? 勝ちたいからだろ」
「それは……」
智徳に言われて自分の行動に気づいた。そうだ、なんで続けているんだろう。負けを認めたはずなのに、努力はムダだと気付いたはずなのに。
「智徳、俺と走ってくれ」
この一言が、言うのが怖かった。負ける自分を想像したくなくて、理由をつけて一緒に走るのを避けていた。まだ、身体が完成していないと適当な理由をつけていた。
それに気づいたのは、タイムが伸び悩んでいた時だった。
ストレスで食べては吐いてを繰り返す。
ある日、階段の三段目ぐらいから落ちた。たった、三段の階段なのに骨折をした。診断した医者によれば食べないから骨が脆くなっているらしい。それでも、吐くことをやめられなかった。
だって、智徳は短距離なのに俺より速かったから。
昔は俺の方が速かった。それなのに気づけばタイムを抜かされていた。そんな悔しい日々を送っていれば、吐いた後にいいタイムがとれた。
「あはは、俺はまだ速いんだ……。まだ速く走れるんだ……」
プレッシャーなのかストレスで吐いた時は必ずと言ってもいいほど、良い成績がとれた。そうやって吐くことを繰り返していくうちに、いつしか吐けば勝てる。そんな悪いルーティンが俺のなかに結びついた。
少しでも速くなって智徳を抜かしたい。学校生活や勉強よりも、俺にとって陸上が全てだった。
「瑆ってさ、最近痩せた?」
ストレッチの最中に智徳が背中越しに話しかけてくる。背中を押してもらってはいるが、自分でも背骨が骨張っているのがわかった。どうも前屈になると骨が浮き出てくる。
「わかんないや」
体重は測っていない。少しでも体重が増えてると認識してしまえば、ご飯が食べられなくなってしまうからだ。
♢
お昼休みが嫌いだった。智徳と同じクラスだけでもしんどいのに、お弁当の時間まで一緒とかただの地獄だった。
「瑆、ご飯そんだけ? 腹減らんの」
「うん」
(どうせ吐いちゃうし)
「僕の食べるか?」
智徳は優しさのつもりなのか唐揚げを俺に差し出す。ギトギトした油まみれの唐揚げを見て首を振った。
「大丈夫、ありがとう」
俺は智徳の唐揚げを拒絶した。そんな脂っこいもの食べられそうにない。食べてすぐ吐き出してしまうだろう。
「僕も飯減らした方がいいかなぁ」
智徳は箸を置いた。
「ダメだ! 智徳は食わないと」
俺は食い気味に怒鳴った。
「……どうしたんだよ、急に」
智徳はどこか引き気味に俺を見た。その視線をヒシヒシと感じて俺は息を呑み込む。やばい、やり過ぎたか……?
「いいや、智徳を心配してんだよ」
心配だから……というより、智徳が自分より速くなったら困るって考えてしまうのは。俺はもうクズ以下だな。小さくため息をつきながら、無理やり笑った。
♢
放課後、無数のスパイクの跡を踏みつけてとにかく一番前を目指していた。すると、智徳が俺に近づいてくる。反射的に逃げたくなって、足に力を込めれば智徳に腕を掴まれた。
「俺さ、顧問に言われてお前の痩せ具合に気づいたんだ。ずっとお前の傍にいたのに体調の変化に気づけない。気付こうとしなかった。見ないフリをしていたんだ。瑆の努力を否定したくなくて」
智徳の声はいつもより真剣で声のトーンは低かった。
「智徳……」
誰にも知られていない努力だと思っていた。俺はゆっくりと振り返る。
「だけど、食べないのは……」
智徳は言葉に悩んでいるように見えた。だから、代わりに言葉を紡ぐ。
「もう、俺はがんばれない。生まれて初めて努力したのに速くなれないんだ。もう俺は成長することないんだ」
俺は自分の気持ちを初めて他人に告白した。智徳は俺の本音を受けてどんな顔を見てしているのだろうと様子を伺う。
「あ……」
今まで見たことがない智徳の顔だった。いつも笑ってムードメーカーな智徳が、ぐにゃりと複雑そうに顔を歪ませている。どこかで目の前にいる人間は智徳じゃないと拒絶していた。
「そんなことないだろ。瑆は努力しているよ。成長している。僕は監督に言われて長距離選手になったけど、ずっと瑆に憧れていた。あの日までは……」
「あの日ってなんだよ」
「忘れたのか? コンビニで万引きした日だよ」
智徳の鋭い目線が俺を刺す。
「智徳に俺の気持ちはわからない」
その鋭い目線から逃げるようにして、目を背けた。
「わかるよ! 俺だって……」
「わかるかよ! 短距離の選手だった智徳のことは尊敬していたんだ。たった一秒を縮めようと努力する気持ちに共感していた。だけど、同じ土俵に立った智徳のことを前までと同じような接し方を俺にはできない……自分が前を走っていないと気が済まないんだ。ほんと自分勝手な男だろ」
「そんなわけあるかよ。たった一度の挫折で諦めんな。走ることから逃げんな!」
強さとは挫けても立ち上がれる力のことだ。限界だと決めつけないことだ。俺は走ることから逃げてはいない。
「走るぞ」
「え?」
智徳からの突然の提案に驚く。
「食べない、万引き、そんな瑆の間違った努力を走りで否定してやる」
智徳の全身から闘気を感じた。
「才能には勝てないよ」
「じゃあ、なんでまだ続けているんだ? 勝ちたいからだろ」
「それは……」
智徳に言われて自分の行動に気づいた。そうだ、なんで続けているんだろう。負けを認めたはずなのに、努力はムダだと気付いたはずなのに。
「智徳、俺と走ってくれ」
この一言が、言うのが怖かった。負ける自分を想像したくなくて、理由をつけて一緒に走るのを避けていた。まだ、身体が完成していないと適当な理由をつけていた。
