誰よりも速く

 部活終わりにコンビニでジュースを買おうと寄り道をした智徳(とものり)。オレンジジュースを手に取り、レジを向かおうとしたところ、誰かがレジ前で走ったような黒い影が見えた。

「おいこら! 待てや! クソガキ!!」

 すぐさま、コンビニの店員は走り去った人物を追いかける。

「……万引き?」

 初めて目の前で万引きを見た。普通はコソコソと万引きするだろうが、あんな店員の前で万引きするなんて無謀にもほどがある。
 
 犯人のうしろ姿を見ていて気づいたことがある。見覚えのあるスタートダッシュで、走り方だった。あのシルエットは……そう思うけれど、友人を疑うことに躊躇う。

「嫌な予感がする」

 僕は持っていたオレンジジュースを置いて、コンビニの外へ走った。

「あーくそっ! どこ行ったんだよ!!」

 外では目立つコンビニの制服。地団駄を踏んでいる店員を見つけて僕は声をかけた。

「何を万引きしたんですか?」

「あーなんだ? さっきの奴と制服が似てんな万引き犯の友達かぁ?」

 店員はジロジロと疑うような目で智徳を見てきた。

「うしろ姿しか見ていないので違うと思いたいですが、そうかもしれません。明日、問い詰めて殴るので盗んだ商品のお金払います」

 コンビニの店員は人手不足でワンオペだった。極力レジを無人にしたくないだろう。その証拠に店員の怒りは少しおさまったように見えた。

「俺が言うのもなんだけどよ、友達は選べよ。お前が命令してやらしてたら、俺がお前をブン殴るけどな」

「あはは、指定校推薦を狙っているのに、そんな度胸もないですよ」

「そうか。最近の子は指定校推薦を潰す工作もあるらしいから、自分の指定校を誰かに言わないようにな」

「店員さんって万引き犯を見逃したり、僕にアドバイスしたりして優しいですね」

「優しくねーよ。盗んだ抹茶チョコ代48円は払ってもらうからな」

「わかりました」

 僕はオレンジジュース代と万引きした商品代を支払った。

♢

 次の日、学校に行ったが、部活の時間になるまで万引きしたであろう親友に声をかけることができなかった。クラスでもし他人に聞かれたら、めんどくさいことになる。

 陸上は個人練習が多い。親友が一人になったタイミングで声をかけた。

「なぁ、(ひかる)。昨日、駅前のコンビニ行った?」

 なんて、鎌をかけるような質問だろう。直球で聞いてもはぐらかされるのがわかっていたからか。

「いいや、行ってない。なんで?」

「ん、いや。昨日コンビニ行った時に瑆のうしろ姿を見た気がしてさ」

「なんだよ、それ。見かけたらいつもみたいに声かけてくれたらいいのに」

 それから数日後、僕の願いも虚しくコンビニで万引きをしている瑆を見つけた。

「瑆?」

 後ろから声をかければ、ビクッと肩を大きく震わせて涙目で振り返った。万引きをしたその手は小刻みにふるえている。

「トモ……」

 先日、話した店員がこっちを見ている。

(何とかして誤魔化さなきゃ)

 僕はすかさず瑆のポケットに手を突っ込み、中に入ってる物を取り出した。ポケットに入ってたのは、ガムだった。レジ前に置いてある商品を万引きするなんて、通報して下さいと言ってるものだ。

 そのままレジに持って行き、何事も無かったように代金を支払いコンビニを出た。

「おい、瑆! 何であんなことをした? 誰かに脅されたのか?」

 僕は勢いよく瑆の襟元を掴んだ。信頼していたのに裏切られた気分だった。遠回しに気づいていないフリをして釘を刺したのに、万引きを繰り返す意味がわからない。

「分からない。取らなきゃってなって……」

 瑆は何かに怯えているようだった。まるで、自分にしか見えない神様から逃げているみたいに。それは自分の過去と重なった。

 短距離なのに長距離の適性があると知ったあの日。

 今までの走り込みの日々が意味のなかったことを悟ったあの日。

 精神状態が不安定だった頃に現れたのは、神様の皮を被った悪魔だった。