生贄にされた花嫁は不老不死の妖狐に愛される

 家の門を開けると、車で運転手が待っていた。
 家族は誰一人も見送りにこなかった。
「今までお世話になりました」
 彩は誰もいない家の前でお辞儀をし、車に乗った。
 長い時間をかけて着いた場所はのどかな町だった。
 少し歩くと大きな屋敷が見えた。
(噂には聞いていたけれどうちよりもはるかに大きいわ...)
 意を決して門を叩いた。
「ごめんください」
 すぐに人が来た。
「はーい。どちら様ですか?」
 姿を現したのは、柔らかい雰囲気の老女だった。
「吉柳彩と申します。この度伏見御影様との縁談があり、こちらを尋ねるよう言われてきたのですが...」
「まあお待ちしておりました。こちらへどうぞ」
 冷酷だと恐れられている主人に仕えている使用人ならば冷たい人だと思っていた故に穏やかな彼女を見て
 いささか戸惑ってしまった。
「坊ちゃまがいらしゃるお部屋まで案内しますよ」
 言われるままについていきあたりを見渡すと、本当に大きな木で建てられた屋敷であった。
「坊ちゃまは冷酷だとか怖いって言われていますけど、本当はとてもやさしい方なんですよ。少し気難しいだけで」
 老女は文江といい、御影が幼いころから伏見家に仕え、面倒を見てきたのだという。
「お気遣いいただきありがとうございます」
 彩にとって御影がどんな存在であろうが関係なかった。
 どこにいても自分は幸せにはなれないのだから。
 文江に案内してもらった御影の書斎に足を踏み入れた。
 膝をつき深々と頭を下げる。
「お初にお目にかかります。吉柳彩と申します」
 沈黙が流れる。
「さっさと頭を上げろ」
 頭を上げると、御影は艶やかな銀色の髪、翡翠色の目をしていた。
(これが狐族当主...なんて美しいの)
 今まで見てきた人の中で一番美しい人だと思った。
 彩はそのオーラに圧倒された。
「お前が新しい婚約者か。」
 彩はうなずく。
「俺はお前となれ合うつもりはない。誰も愛すつもりはない。面倒を起こすなよ」
 感情のない顔に冷たい声だったが、彩は慣れていた。冷たくされることも、愛されないことも。
「かしこまりました。他に用件はございますか?」
 御影が息をのむ。
「...いや、ない。下がれ」
 彩はもう一度頭を下げ、書斎を後にした。