相模和都のカイキなる日々


 明るい時間。
 いつもの神社。参道へいくと、男の人が二人いる。
 どちらも水色の、浅葱色の袴の人が二人。
 一人は■■■様だ。もう一人は、あの人だ。
 二人で何か話してる。笑ってる。
 こっちを向いた。手招き。
 近づくと、頭を撫でて、笑ってくれる。
 声が聞こえない。
 でも、二人が仲良しだったのは、分かる。
 二人と、ボクと、ハクと、みんなで。


「……夢」
 見慣れない明るい天井が目に入る。
 そうだ、安曇神社に来ているんだった、と和都はしばらく考えてから思い出した。
 明るくて、多分幸せな記憶のはずなのに、涙が止まらない。
 手の甲で拭いながら身体を横に向ける。と、目の前に仁科の顔。
「……ぅえっ」
 変な声が出て、慌てて身体を起こした。
 よく見ると、自分の身体は二組並んだ布団の、仁科が寝ているほうに少し入り込む形になっている。
 ──え、あれ、昨日は……?
 和都は昨晩のことを必死になって思い出した。
 境内で花火をしたその後は、普通に離れに戻ってきて、それぞれの布団に横になった、はず。疲れていたから、そのまますぐ寝落ちたのは覚えている。
 ということは、だ。
 寝ている間に、無意識のうちに、自分から仁科のほうへ寄り添いにいっていた、ということになる。
 ──……恥ずかしい。
 思わず顔を両手で覆った。多分、顔は赤くなっている。
 しかし、今更だ。
 だって、昨晩自覚してしまった。この人にも、気付かれた。
 これはもう、何の疑いようもなく、この人に気を赦していて、完全に絆されていて。
 一回りも歳の離れたこの人を、好きになってしまったのだ。
 眠っている仁科の頭を、柔らかい癖っ毛の髪を撫でる。寝息を立てたままで、起きる気配はない。
 スマホで時間を確認すると、そろそろ六時という時間。外はすっかり明るいらしい。
 和都は少し考えてから、昨日のように薄手のパーカーを羽織ると、サンダルを履いて離れを出た。
 今日も気持ちよく晴れていて、すでに日差しが暑い。
 社務所の裏手の雑木林へ向かうと、薄明るい小さな参道へ入り、昨日と同じように白狛神社のお社の前に立った。
 鳥居の横には、白い頭から前足、そして胴体の真ん中くらいまでしかない狛犬が寝そべっている。
「ハク、おはよー」
 和都が声をかけると、狛犬はまだ寝ぼけたような顔を持ち上げた。
〔あ、おはよーカズト。今日も早起きだねぇ〕
「うん、なんか目ぇ覚めちゃった」
 殆ど閉じた目をこちらに向けるハクの頭を撫でると、和都は小さな社に向かって、二礼二拍手一礼する。
「……おはようございます」
 そう言って小さく笑った。





「あの人が出てきた? 日本刀持ってたって人?」
「……うん」
 蔵の二階に上がる階段に積まれた荷物を下ろしながら、和都は仁科に向かって頷いた。
 以前見た、慕っていた宮司が血塗れになって倒れていた夢。和都はその夢に出てくる、日本刀を持った謎の人物が、今朝の夢に出てきたことを仁科に話した。
「なるほど。じゃあ、バクの慕ってた宮司は、仲の良かった人間に殺された、ということか」
「そうだと思う」
 今日は朝食の時間までに仁科が起きたので、午前中から蔵掃除の続きである。昨日は全く手の回らなかった、二階部分の掃除と整理。本来なら二階からやるべきだったが、階段が物で埋まっていて登れず、諦めていた箇所だ。
 各段に置かれた荷物を一階の空いたスペースに置いていき、ようやく二階へ続く道が出来る。
 一階に置いていった荷物は、昨日と同様、暇だからとやってきた中学生たちに手伝ってもらい、外に広げたビニールシートに並べて虫干しと整理をしてもらった。
 二階の荷物を運び出すため、和都は先陣を切って階段を上がる。
 一番上まで上がると、和都は持ってきた懐中電灯で階段の方から二階内部を照らした。明かりがないので分かりにくいが、一階や階段の荷物量に対し、二階は備え付けの棚と床に箱がいくつか転がっている程度。
「あれ、あんまり物ないかも?」
「本当だ」
 後ろから着いてきてきた仁科も、同じように驚いていた。天井や壁を懐中電灯で照らしてみると、太い木の梁がぼんやり浮かび、壁側に何本も黒い柱が見える。その壁の柱には、何か小さい紙のようなものがベタベタといくつも貼ってあった。
「……張り紙?」
「とりあえず、窓開けるか」
 仁科は和都の照らす懐中電灯の明かりの中を、二階の奥のほうへ進み、奥の壁にある大きな二重窓を、力任せに開ける。
 ギシギシと鈍い音を立てて開いた窓からは青い空が見え、外からの明かりで室内に漂う埃が、キラキラと光っていた。
 多少明るくなった室内を、和都は改めて見回す。柱に貼ってあった小さな紙は、黒い筆文字や見たことのない記号のようなものが書かれたお札のようだ。
「お札、貼ってあるよ」
「……なんか、やばいもんでも置いてるのかもね」
 お札に書かれた文字の内容から察するに、魔除けの類と思われる。二階の柱や壁、見回せばあちらにもこちらにも、これでもかと貼られたお札を睨みつけながら、仁科が言った。
 しかし、探している必要な情報は、ここくらいしかもう他に見当がない。
「とりあえず、外に出せる本とかは虫干ししていこうか」
「はい」
 二階の埃を取り除きながら、備え付けの棚にある紙束や書物の類を運び出し、木陰に敷いたブルーシートの上に広げていった。
 棚の前にはいくつか木の箱が置いてあり、和都は棚板の上を掃除するため、それを一つずつズラして移動させる。が、最後一つが妙に重くて動かない。
「……あれ?」
 中身を出してから動かそうと上部の蓋を開けるも、中には何もなく空っぽだった。
「どうした?」
「なんか、何も入ってないけど、すごく重くって」
 ちょうど仁科が一階から上がってきたので、二人で改めて箱の中を見る。
「……箱の高さと、底面の高さが合ってないな」
 箱の外側と内側を交互に見ながら仁科が言った。確かにちょうど箱の真ん中より少し下くらいの位置に底面がきている。
 仁科が箱の側面を上から軽く叩いていくと、最初はカンカンと軽い音がしていたが、下部にくると明らかに響きが変わった。
「やっぱ二重底だな」
 底面の四隅を叩いたり押したりしてみるが、開けられる感じはしない。
 仁科は箱の側面に顔を近づけ、じっくり観察する。と、一面だけ妙な線の入った箇所があった。
「こっち、照らしてくれる?」
「はい」
 仁科に言われて、和都はちょうど影になっている箱の側面を懐中電灯で照らす。分かりにくいが、切れ込みが横に二本。
「ここっぽいけど……」
 そう言いながら、線の間を引き抜くように仁科が引っ張ると、箱の底面がズルリと外れる。
「開いた!」
 底面を全て引き出して外したその下には、古そうな書物が無造作に重なって入っていた。
 それをいくつか取り出して見ると、表紙には『白狛神社』の文字。
「……ビンゴ、だな」
 仁科は呟き、それから入っていたものをひとまず全部取り出した。
 空になった二重底の側面には、お札のようなものが貼ってあるのが見える。
「なんか悪いもの……なの? 開けちゃダメだったのかな」
「いや、人避けとか、魔除けっぽい。保管はしたいが見つかりたくないもの、なんじゃない?」
 引き抜いた底面蓋の裏側に、お札が貼られているのに気付いた仁科はそう言った。
 人からも人ではないものからも、見つかってはいけない情報なのだろう。
 二階のあちこちに貼られているのも、同じようなお札だった。古いがまだ効力はあるように視える。
 それなのにこうして見つけることが出来た、ということは、多分、和都の霊力(チカラ)が予想以上に強くなっているせいだ。
 ──人避け、人払いが効かないレベル、かぁ。
 その昔、仁科もこの蔵の中を別の目的で探し回ったことがある。その時は結局、この札のせいもあったのか様々な邪魔が入り、二階を探ることはできていない。
「さて、何が出てくるのかね」
 二階で見つけた書物類を外に出し終わったところで、凛子がお昼だと呼びに来たため、昼食をとりつつ休憩となった。