目の前に現れた柏くんは、少し気まずそうに手に持っている保冷バッグを俺に差し出してきた。
「これ…差し入れ。レモンのはちみつ漬けと、塩おにぎり」
「え…俺に?」
「お前以外に誰がいんだよ」
保冷バッグを受け取って中を見ると、タッパに入れられたレモンのはちみつ漬けと、花柄のアルミホイルに包まれたおにぎりが2つ入っていた。
「…っあ、ありがとう」
そういえば、試合のことを話した時に日付と場所も教えてたっけ。雑談の中で話したことだし、もう覚えてないと思っていた。
「あのさ…ごめん」
「え?」
「あの日、不謹慎なこと言ったのも…その後、水見に話しかけられなかったのも…」
柏くんは下を向きながらポソポソと、でもハッキリした声色で話し始めた。久しぶりに感じる柏くんの声と匂いと、その姿。ドクドクと静かに胸が鳴り始めた。あの日のことを、ずっと気にしてくれてたなんて。
「いや…俺も、家庭科室行かなくてごめん。クラスに行こうかとも思ったけど、どんな顔して話しかけたらいいか分からなくて…」
「俺さ、ずっと考えたんだ」
「何を…?」
「なんで俺の料理しか食べれなくなればいいのに、なんて言っちゃったんだろうって。その自分の本心が分からなくて、ハッキリするまで水見に会いに行けなかった」
あの言葉の真意を考えてくれてたんだ。理由は違っても、柏くんも俺のことを頭のどこかに置いてくれてたんだと思うと、それだけで嬉しい。
でも、いつもの明るい雰囲気じゃなくて、いつになく真剣な…少し苦しいような表情をしている。
「水見が俺の飯だけ食べれるってこと、すげー嬉しくて…俺の手料理が弟だけじゃなくて、他の奴にも喜んでもらえたのが…俺の話も部活のことも、茶化さずに聞いてくれたのが、全部嬉しかった。だから水見のために飯作ってやりたいし、何かしてやりたいって思ったんだ」
「…柏くん」
「だから…その…、普通に食えるようになったって、体が治ったって嬉しいことなのに…、もう俺だけじゃなくなったんだって思ったら、なんかショックで…」
「…え?そ、それは、どういう意味で…」
柏くんが真剣に話してくれてるのに、心臓がうるさい。ああ、ちょっと静かにしててくれ。柏くんの声を、言葉を鮮明に全部吸収したいのに。
「俺、今からすげーキモイこと言うけど…引かないでくれるか?」
「っ引かないよ!何言われても…!」
「…ははっ、やっぱりいつもの水見だ。真面目っつーか、健気っつーか…やっぱ良い奴だよな、お前」
「そんなこと…ないよ」
「…俺さ、これからも水見が俺の飯を美味そうに食ってるとこ見てたいし、俺だけが…水見の特別で、い、たい、んだよ」
「…っ!!」
特別でいたい…って。そんなの、俺が思ってたことだよ。なんで君が言ってくれるの。
「いや、その…そう思ってたのに気付いたから、伝えようと思って…やっと会いに来る決心ついたっつーか…ははは!だから何だって話だけど…。その、他の奴らとは違う…、俺は水見の、なんか、あの、特別な存在でいたいって…思ったんだ」
柏くんは気恥しそうに、口元の汗を手で拭いながらそう言ってくれた。言葉一つ一つ聞くごとに胸を弾ませる。早まってはいけない、期待してはいけない。俺の気持ちとは違うものだと思う…のに。
その濡れたような、物欲しそうな視線が…突き刺さって離れない。そんな目で見られたら、今まで抑えていたものが湧き出てしまう。
ああ、やっぱり…俺はこの人が好きだ。この人の全部が欲しい。全部全部、全部…。
「…もう、とっくに特別なのに」
「……え?」
「俺にとって、柏くんは特別だよ。もうずっと前から…。だから俺も柏くんの特別でいたい。いてもいい…?」
「…水見、」
視線が交わって溶ける瞬間、お互いに笑みが零れた。『特別』の度合いが違ったとしても、気持ちが交わっている部分はある。それを感じ取ることができる。
柏くんの気持ちも、俺へ向けてくれる視線も前とは違うものだって…伝わるから。それが奇跡みたいに嬉しいんだよ。
「…っいいに決まってんだろ!」
柏くんは、見たことないくらい頬を真っ赤に染めて、嬉しそうに笑った。耳まで赤くなっていて、俺にまで赤面が移ってしまう感覚がした。
すると、それを見て笑ったことに気付いたのか、柏くんは俺の肩に腕を回してぐりぐりと頭を撫でてきた。
「ぅわわ!ちょっと…!」
「笑ったなー!?そういうお前も顔真っ赤じゃねーか!」
「そ、そりゃ!そうだよ…!俺は、柏くんが思ってるより柏くんのこと好きなんだから…!」
「…っ!!お、まえ。そういうことサラッと言うな!バカ!!」
あ、さらに顔が赤くなってる…。可愛いな。
「…つーかさ、葉留」
「ん?な…って、え!!?な、名前…え!?な、なん…」
「うるせえ!いいから、葉留…連絡先教えて」
「…あ、」
やっぱり止めるなんてできない。
このまま…もっと好きでいてもいい?
「そういえば…まだ交換してなかったね!」
-END-

