6時間目は体育で、隣のクラスと合同だった。今の単元は球技で、バレーボールかバスケットボールかの選択制らしく、どちらにするか先生に聞かれた。都会の学校ってすごい。2クラスいるとはいえ、人数の多い競技の同時進行ってできるんだ、と驚いた。僕はバレーボールに決めた。残念ながら運動神経は皆無なのでどちらでもよかったけれど、優征くんがバレーボールだと言ったから。真新しいジャージに身を包み、体育館で準備体操をする。
「体育出るのか? 見学の方がいいんじゃ」
ジャージがやたらと似合っている優征くんは、僕の足首のサポーターを見つめていた。心配性だなあ、もう。
「大丈夫! 」
初回から休むなんてマネはしたくなかったし、痛みはだいぶ引いていた。
「無理になったらすぐ言えよ」
ダメ押ししてくるから、うん! となるべく元気に答えた。
優征くんと同じチームに配属されたけれど、チーム編成はクラス混合らしく、まだどの人が同じクラスなのか僕にはわからない。
とりあえずのようにネット前に配置された僕は、どこにいたらいいのか全くわからず、相手チームからボールが飛んで来る度に右往左往した。
“風見”と体操服に名前の入った同じチームの人が、ネット前でボールを高く上げた。優征くんが飛び込み、バシンっと相手チームのコートに叩きつけて、完全にスパイクを決める。
「ナイスー! 」
ボールを上げた人に片手をあげられて、優征くんは讃えられていた。同じチームの人たちもやや硬いながらも、「……ナイス」と口々に褒める。涼しい顔で片手を上げている優征くんのその仕草まで含めて、思わず見つめてしまう。なんてカッコイイ。
「な、ないす! 」
勇気を出して、優征くんにグッと親指を突き立てて見せた。
「おう」
優征くんは笑ってくれた。
次のゲームが始まって、いきなり僕の方にボールが飛んできた。見よう見まねで両手を前で組んで受けようとしてみたけれど、うまく受けることができずに、ボールは両腕の間をスルスルとすり抜けて行く。早く立て直さなきゃ。気持ちは焦る。ボールを拾いあげようとして、昨日怪我した右足が、足元に落ちたボールの上に乗り上げてしまった。左足はバランスを崩して宙に浮いてしまう。サーカスのように玉乗り状態。あ、まずい。そう思ったのも束の間、ボールに乗った右足はボールと一緒に回転して、ステンっと右足から転んでしまった。
「痛っ! 」
昨日より痛い。冷や汗が背中に沸き立つ。
「葵!! 」
焦った声の優征くんが近寄ってきてしゃがんだ。
「動けるか? 」
「大丈夫」
絞り出した声で右足を動かそうとすると、ズキンっと鋭い痛みが走って、うっと声が漏れた。
「保健室行こう」
言う間もなく、その広い背中に乗せられておんぶされてしまう。
「あ、ちょっと! 重いから! 」
驚いて、ポンポン、と背中を叩いた。ぐいんっと上半身を起こして、背中から距離をとる。
「先生。葵が怪我したんで保健室連れて行きます」
「頼んだぞ〜」
体育教師は気軽な口調で見送ってきた。頼まないでよ! と内心で抗議する。廊下を渡る間も、すれ違った生徒や先生にチラチラと見られる。重病人みたいでなんか恥ずかしい、と背中に突っ伏した。
「もう下ろして。歩けるから」
背中のせいでくぐもった声になった。
「もうつくからいい」
ジロジロ見られて、優征くんは恥ずかしくないのかなと思う。それに重いだろうに。
「失礼します。体育で怪我して」
保健室、と書かれた扉をノックして開けた優征くん。片手でおんぶされてしまった。男子としてのちっぽけなプライドが……。
「先生? 先生! 」
保健室をキョロキョロしてから、優征くんは首を後ろに回してきた。至近距離で目が合って、僕はもう一度背中に伏せてしまう。
「先生いないみたいだ」
ベッドはすべてカーテンが開いていて、保健室はふたりきりのようだ。とん、と白いベッドに下ろされる。
「とりあえず湿布でいいか? 」
「……うん」
あちこちの棚をガサゴソしてくれる。
「あった」
湿布を手に戻ってくると、優征くんは体がくっつきそうな勢いで隣に腰掛けた。なんか近いな、と戸惑う。体育館シューズから右足を脱がされた。サポーターが剥きだしになった右足を、ベッドの上に乗せられる。自分で貼れるよ、と言うタイミングを逃す。恭しい、といつか国語で習った言葉を思い出す手つきでサポーターを取られると、湿布のフィルムを剥がし、軽く伸ばして準備運動をしている。
「ヒヤッとするかも」
「あ、うん」
ピタッと貼ってもらう。昨日よりも丁寧に丁寧に、貼ってくれた。冷たさよりも、真剣な目つきに、息が詰まった。ガラスの靴を履かせてもらったシンデレラは、こんな気持ちだったのかな。優征くんのことを、王子様、と呼んでいた紬ちゃんの気持ちがなんだかわかった気がした。
「これで平気そうか? もう一枚貼っておくか? 」
職人みたいに、湿布の塗布の出来を確認している。
「大丈夫。ありがとう」
「次からは無理しないで見学しろよ」
「うん。ごめん」
痛いところを突かれる。けれど怒っているんじゃなくて、すごく心配してくれているのだともうわかっているので怖くなかった。
チャイムが鳴った。腕時計を見ると、下校開始のチャイムで、時間が経っていたことに驚く。いくつかチャイムを聞き逃している。帰りのホームルームが終わっても誰も呼びにこなかったということは、僕たちが保健室に行ったことを誰かが左合先生に伝えてくれたのだろう。
「歩けないだろ? 送って行く」
当たり前みたいに優征くんが言うから、僕は慌てた。
「お父さん呼ぶからいいよ」
またおんぶで運んでくれるつもりだろう。恥ずかしいし、何よりも申し訳ない。優征くんの貴重な放課後が。
「家にいるのか? 」
「……仕事終わってからだけど」
「俺が送って行った方が早いから送る。荷物持ってくるから待っとけ」
優征くんは足早に保健室を出て行ってしまう。
なんでそんなに鋭いの、と僕はひとりでベッドに撃沈した。お母さんは専業主婦で家にいるけれど、免許を持っていないので運転できない。
優征くんは即座に帰ってきた。両肩には2人分のスクバがかかっている。
「お待たせ。調子悪いか? 」
突っ伏していた僕をそう捉えたらしい。
「なんでもない」
「よかった。なら乗れ」
目の前にしゃがんでくれた優征くんの背中に、僕はおずおずと乗った。なるべく体重をかけないように、体に力を入れて、保健室を後にした。昇降口で体育シューズからローファーに履き替えさせてもらって、帰路につく。荷物で体全体がふさがっている優征くんを見ていると、自分への情けなさが募った。
「ごめん。昨日から迷惑ばっかりかけて」
「俺が勝手にやってるだけだし。……昨日、俺が怪我させなきゃ体育で怪我することもなかったかもしれないし」
まだ気にしてたの?! と絶句する。ぶんぶんぶんっと、首を横に振って否定する。
「違うよ! 僕、本当ドジで。昨日のことは関係ないよ。昨日のも僕のせいだし。運動神経なくてね、球技なんて全然できないんだよ」
そんなに優征くんに気にさせるくらいなら、素直に体育を休めばよかったと初めて後悔する。
「そうか……」
呟いて、押し黙ってしまった優征くんに胸がキュッと痛くなる。優征くんの心を少しでもラクにする言葉を探して、あ、と思いつく。
「優征くんはバレーボールもカッコよかったね。バシーンって決めてて」
思い出して、声が弾んだ。あんなにできたら気持ちいいのだろう。羨ましい。
優征くんは少しだけ黒目を揺らした。
「中学まではバレー部だったからあれくらいできるよ」
寂しそうな表情を見て、僕は言おうとしていた言葉を引っ込めた。高校ではバレーやらないの? なんて、お迎えの事情を知っている僕に聞けるわけがなかった。
「紬ちゃんのお迎えも、バレーでキメるのと同じくらいカッコイイよ」
優征くんはカッコイイところばっかりだなと思う。
「……そんなこと言うの葵だけだよ」
まるで怒ったような声だった。でも真っ赤に染まった耳が真下にある。照れている優征くんを見て、最初の言葉を引っ込めてよかった、と心の底から思った。週の半分もお迎えに行っているなんて、頑張っているに決まっている。僕だったら、多分しんどい。自分で言い出したと言っていたけれど、小さな紬ちゃんを守ることにプレッシャーを感じることもあるだろうと、僕にも想像できた。責任感の強い優征くんの性格ならなおさら。
頼りになる背中に揺られて、マンションの下に着いた。馬車から下ろされるみたいに、優しく下ろしてもらう。怪我した直後より、痛みはだいぶマシになっていた。
「重いのにありがとう。それに、遊べなくなってごめんね」
今日はせっかく誘ってもらったのに。僕はいつもタイミングが悪い。
「ぜんぜん重くなかった。治ったら遊ぼうぜ。ほら元気出せよ」
優征くんは未開封の新品のグミを僕に差し出してきた。初恋グミ、と書かれたハート型のグミだった。
「え。丸ごとなんて……」
「お見舞いってことで」
やっぱり時々大人みたいだ、と思った。
「体育出るのか? 見学の方がいいんじゃ」
ジャージがやたらと似合っている優征くんは、僕の足首のサポーターを見つめていた。心配性だなあ、もう。
「大丈夫! 」
初回から休むなんてマネはしたくなかったし、痛みはだいぶ引いていた。
「無理になったらすぐ言えよ」
ダメ押ししてくるから、うん! となるべく元気に答えた。
優征くんと同じチームに配属されたけれど、チーム編成はクラス混合らしく、まだどの人が同じクラスなのか僕にはわからない。
とりあえずのようにネット前に配置された僕は、どこにいたらいいのか全くわからず、相手チームからボールが飛んで来る度に右往左往した。
“風見”と体操服に名前の入った同じチームの人が、ネット前でボールを高く上げた。優征くんが飛び込み、バシンっと相手チームのコートに叩きつけて、完全にスパイクを決める。
「ナイスー! 」
ボールを上げた人に片手をあげられて、優征くんは讃えられていた。同じチームの人たちもやや硬いながらも、「……ナイス」と口々に褒める。涼しい顔で片手を上げている優征くんのその仕草まで含めて、思わず見つめてしまう。なんてカッコイイ。
「な、ないす! 」
勇気を出して、優征くんにグッと親指を突き立てて見せた。
「おう」
優征くんは笑ってくれた。
次のゲームが始まって、いきなり僕の方にボールが飛んできた。見よう見まねで両手を前で組んで受けようとしてみたけれど、うまく受けることができずに、ボールは両腕の間をスルスルとすり抜けて行く。早く立て直さなきゃ。気持ちは焦る。ボールを拾いあげようとして、昨日怪我した右足が、足元に落ちたボールの上に乗り上げてしまった。左足はバランスを崩して宙に浮いてしまう。サーカスのように玉乗り状態。あ、まずい。そう思ったのも束の間、ボールに乗った右足はボールと一緒に回転して、ステンっと右足から転んでしまった。
「痛っ! 」
昨日より痛い。冷や汗が背中に沸き立つ。
「葵!! 」
焦った声の優征くんが近寄ってきてしゃがんだ。
「動けるか? 」
「大丈夫」
絞り出した声で右足を動かそうとすると、ズキンっと鋭い痛みが走って、うっと声が漏れた。
「保健室行こう」
言う間もなく、その広い背中に乗せられておんぶされてしまう。
「あ、ちょっと! 重いから! 」
驚いて、ポンポン、と背中を叩いた。ぐいんっと上半身を起こして、背中から距離をとる。
「先生。葵が怪我したんで保健室連れて行きます」
「頼んだぞ〜」
体育教師は気軽な口調で見送ってきた。頼まないでよ! と内心で抗議する。廊下を渡る間も、すれ違った生徒や先生にチラチラと見られる。重病人みたいでなんか恥ずかしい、と背中に突っ伏した。
「もう下ろして。歩けるから」
背中のせいでくぐもった声になった。
「もうつくからいい」
ジロジロ見られて、優征くんは恥ずかしくないのかなと思う。それに重いだろうに。
「失礼します。体育で怪我して」
保健室、と書かれた扉をノックして開けた優征くん。片手でおんぶされてしまった。男子としてのちっぽけなプライドが……。
「先生? 先生! 」
保健室をキョロキョロしてから、優征くんは首を後ろに回してきた。至近距離で目が合って、僕はもう一度背中に伏せてしまう。
「先生いないみたいだ」
ベッドはすべてカーテンが開いていて、保健室はふたりきりのようだ。とん、と白いベッドに下ろされる。
「とりあえず湿布でいいか? 」
「……うん」
あちこちの棚をガサゴソしてくれる。
「あった」
湿布を手に戻ってくると、優征くんは体がくっつきそうな勢いで隣に腰掛けた。なんか近いな、と戸惑う。体育館シューズから右足を脱がされた。サポーターが剥きだしになった右足を、ベッドの上に乗せられる。自分で貼れるよ、と言うタイミングを逃す。恭しい、といつか国語で習った言葉を思い出す手つきでサポーターを取られると、湿布のフィルムを剥がし、軽く伸ばして準備運動をしている。
「ヒヤッとするかも」
「あ、うん」
ピタッと貼ってもらう。昨日よりも丁寧に丁寧に、貼ってくれた。冷たさよりも、真剣な目つきに、息が詰まった。ガラスの靴を履かせてもらったシンデレラは、こんな気持ちだったのかな。優征くんのことを、王子様、と呼んでいた紬ちゃんの気持ちがなんだかわかった気がした。
「これで平気そうか? もう一枚貼っておくか? 」
職人みたいに、湿布の塗布の出来を確認している。
「大丈夫。ありがとう」
「次からは無理しないで見学しろよ」
「うん。ごめん」
痛いところを突かれる。けれど怒っているんじゃなくて、すごく心配してくれているのだともうわかっているので怖くなかった。
チャイムが鳴った。腕時計を見ると、下校開始のチャイムで、時間が経っていたことに驚く。いくつかチャイムを聞き逃している。帰りのホームルームが終わっても誰も呼びにこなかったということは、僕たちが保健室に行ったことを誰かが左合先生に伝えてくれたのだろう。
「歩けないだろ? 送って行く」
当たり前みたいに優征くんが言うから、僕は慌てた。
「お父さん呼ぶからいいよ」
またおんぶで運んでくれるつもりだろう。恥ずかしいし、何よりも申し訳ない。優征くんの貴重な放課後が。
「家にいるのか? 」
「……仕事終わってからだけど」
「俺が送って行った方が早いから送る。荷物持ってくるから待っとけ」
優征くんは足早に保健室を出て行ってしまう。
なんでそんなに鋭いの、と僕はひとりでベッドに撃沈した。お母さんは専業主婦で家にいるけれど、免許を持っていないので運転できない。
優征くんは即座に帰ってきた。両肩には2人分のスクバがかかっている。
「お待たせ。調子悪いか? 」
突っ伏していた僕をそう捉えたらしい。
「なんでもない」
「よかった。なら乗れ」
目の前にしゃがんでくれた優征くんの背中に、僕はおずおずと乗った。なるべく体重をかけないように、体に力を入れて、保健室を後にした。昇降口で体育シューズからローファーに履き替えさせてもらって、帰路につく。荷物で体全体がふさがっている優征くんを見ていると、自分への情けなさが募った。
「ごめん。昨日から迷惑ばっかりかけて」
「俺が勝手にやってるだけだし。……昨日、俺が怪我させなきゃ体育で怪我することもなかったかもしれないし」
まだ気にしてたの?! と絶句する。ぶんぶんぶんっと、首を横に振って否定する。
「違うよ! 僕、本当ドジで。昨日のことは関係ないよ。昨日のも僕のせいだし。運動神経なくてね、球技なんて全然できないんだよ」
そんなに優征くんに気にさせるくらいなら、素直に体育を休めばよかったと初めて後悔する。
「そうか……」
呟いて、押し黙ってしまった優征くんに胸がキュッと痛くなる。優征くんの心を少しでもラクにする言葉を探して、あ、と思いつく。
「優征くんはバレーボールもカッコよかったね。バシーンって決めてて」
思い出して、声が弾んだ。あんなにできたら気持ちいいのだろう。羨ましい。
優征くんは少しだけ黒目を揺らした。
「中学まではバレー部だったからあれくらいできるよ」
寂しそうな表情を見て、僕は言おうとしていた言葉を引っ込めた。高校ではバレーやらないの? なんて、お迎えの事情を知っている僕に聞けるわけがなかった。
「紬ちゃんのお迎えも、バレーでキメるのと同じくらいカッコイイよ」
優征くんはカッコイイところばっかりだなと思う。
「……そんなこと言うの葵だけだよ」
まるで怒ったような声だった。でも真っ赤に染まった耳が真下にある。照れている優征くんを見て、最初の言葉を引っ込めてよかった、と心の底から思った。週の半分もお迎えに行っているなんて、頑張っているに決まっている。僕だったら、多分しんどい。自分で言い出したと言っていたけれど、小さな紬ちゃんを守ることにプレッシャーを感じることもあるだろうと、僕にも想像できた。責任感の強い優征くんの性格ならなおさら。
頼りになる背中に揺られて、マンションの下に着いた。馬車から下ろされるみたいに、優しく下ろしてもらう。怪我した直後より、痛みはだいぶマシになっていた。
「重いのにありがとう。それに、遊べなくなってごめんね」
今日はせっかく誘ってもらったのに。僕はいつもタイミングが悪い。
「ぜんぜん重くなかった。治ったら遊ぼうぜ。ほら元気出せよ」
優征くんは未開封の新品のグミを僕に差し出してきた。初恋グミ、と書かれたハート型のグミだった。
「え。丸ごとなんて……」
「お見舞いってことで」
やっぱり時々大人みたいだ、と思った。
