授業内容はほとんど耳を素通りして放課後になった。ホームルームが終わっても、僕は机に縫い付けられていた。緊張してしまって。
「葵」
優征くんに呼ばれて、ギギギっと音がしそうなほど不自然に振り向いた。
「帰ろう」
その言葉に、僕は壊れた振り子みたいに頷いた。
廊下をふたりで歩いていると少しだけ慣れてきて、ロボット仕掛けを人間らしく進歩させることができた。あれ? そっちは駐輪場じゃ? と思いつつもついて行くと、優征くんはやっぱり自転車を取り出した。相変わらず、紬ちゃん用のミルキーピンクの子ども用椅子が付いている。優征くんは自転車を押してのんびりと歩き出したので、横に並んだ。
「今日お迎え? 」
お迎えじゃない日は、優征くんは徒歩だ。紬ちゃんが入ることに、ホッとすると同時にガッカリする。わざわざ宣告されていたから、期待していたのだと今思い知る。
「いや。朝寝坊してチャリで爆走してきたから」
眉間に皺を寄せながら口は笑うという器用な芸当を、優征くんはしてみせた。寝坊なんて珍しい。
「そうなの? 全然気づかなかった。……楽しみにしてたのは僕だけなのかなって思ってた」
らしくなく気にして、何度も整えた髪型は風に吹かれて乱れた。
「そんなわけない。楽しみだったから、寝坊したんだ。これ、バレンタイン」
優征くんから、化粧箱が渡された。あまりに立派なそれに、自分ももっとちゃんとすればよかった、と後悔する。正直、自分のを出すのが恥ずかしくなった。既製品に見えるようにキレイに、でも手軽にラッピングしたこれ。……渡すって決めていたから。
「ありがとう。僕からも、これ」
でも優征くんの顔がぱっと輝いたから、後悔なんて吹き飛んだ。前言撤回。渡せてよかった。
「ありがとう! 食べていいか? 」
「あ、うん」
ドキドキしながら、優征くんを見る。チョコを溶かして付けただけだから、まずいはずがないと思う。でもまずかったら嫌だ。すごく嫌だ。
「うまい。もしかして、葵が作ってくれた? 」
とろけそうなほどにニコッと笑って、でも優征くんは袋を閉じてしまった。お、お世辞?
「ううん! 僕作ってないけど。……お世辞言わなくていいよ」
「そうか? マジでうまいって。残りはゆっくり楽しむよ。葵からもらったのに無くなったらもったいないだろ」
真剣な顔で言う。きゅーっと顔が赤くなって、心臓がドクンドクンと、こぼれてしまいそうなくらい膨れ上がる。隠すために、慌ててもらった箱を開けた。
「ぼ、僕も食べよう! 」
「うまいといいけど」
涼しい顔の優征くん。
化粧箱を開けると、ハート型グミのチョコがけがたくさん並んでいた。僕が渡したものにとても似ていた。こっちは宝石のように輝いているけれど。
「……似ているね」
「そうだな」
きゅ、と嬉しそうに優征くんは目尻を萎める。
ピンクハートのホワイトチョコがけをひとつ取って、口に運ぶ。食べてみると、グミというよりゼリーのような優しさがあった。すごくおいしい。僕の渡したチョコと見た目は似ていても、中身は違う。
「おいしい」
「よかった。俺が作ったんだ、それ」
優征くんは手作りを白状してきた。
「ど、どこから?! 」
「グミから。グミって言うかゼリーみたいになったけど」
「す、すごい! 」
チョコをかけただけなんて、言わなくてよかったと思った。
その時、優征くんと僕のスマホが同時にバイブした。
ふ、と笑って優征くんはスマホ画面を見せてきた。まるで印籠のように。
「やっぱり葵も作ってくれたんだな」
優征くんのスマホには、手作りの証拠写真があった。僕が作ったグミチョコレシピのスクショが。
「え?! なんで優征くんのスマホに?! 」
「エアドロで事故ったんでしょ」
ポケットの中で知らぬ間に事故を起こして、転送されてしまったらしい。最新の技術にイマイチついていけていない。
「え! あ、あ……嘘」
どうしよう、どうしようとキョロキョロする僕に、優征くんは優しい顔で眉を下げた。僕の描いたデッサンにそっくりの顔だった。僕のいちばん好きな顔。
「葵。俺、葵のことが好きだよ。友達としてだけじゃなくて、恋愛として」
優征くんと何度も登下校している繁華街の道では、たくさんの人々が往来していた。目の前にある行きつけのファミレスには、ダブルデートらしき男女カップルの高校生たちが入っていくところだった。そんな人前で、優征くんはキッパリと告白してきた。
「好き? 僕のことを? 」
ファミレスの扉前で、2組の高校生カップルが足を止めてこちらを見ていた。
「うん。葵のことが好き。気づかなかったか? 」
躊躇せずに、優征くんは何度も言い切る。
――思い上がりじゃなかった。僕が気づいてしまうくらいには、優征くんは気持ちを隠さない。いつ気づいたかは、はっきりとはわからないけれど。でも、どこかでわかっていた。
「……気づいていたよ」
頷くと、優征くんはグミチョコを渡した時以上に笑った。にっこりと、笑顔の見本みたいに。
気づきながらも肯定しきれないでいたのは、僕の弱さだった。今もむき出しの“好き”を人前で晒すのが怖い。別に男同士だから怖いんじゃなくて、どちらかが女の子でも怖かったと思う。大事なものをたくさんの人に見せるのが怖い。
「葵は? 葵は俺のことどう思う? 」
優征くんは、紬ちゃんに聞く時よりも優しく聞いてくれる。
自分も伝えたい。優征くんの自転車に付いた子ども用の椅子。ダサいだろ、と苦笑しながらも紬ちゃんに向けている優しい顔。クラスメイトと仲良くしたいけれどどうしたらいいかわからないと悩んでいたのに、僕のために自ら悪者になってくれて、言い訳せずに守ってくれた。僕が誤解をとかなかったら、優征くんは僕をひとりでクラスメイトに混ぜて、よかったな、と笑うつもりだったのだろう。
優征くんのそういう所が好きだ、と思う。矛盾に葛藤して悩みながらも、人に優しくできるその強さが、好きだ。そして自分を犠牲にしてしまうその弱さも、好きだ。
――僕も同じくらい強くならなくちゃ。そうじゃなきゃ、この気持ちは一生伝えられないだろう。そんなのは嫌だ。
「好きだよ。僕も、優征くんのこと、好き」
まっすぐ。自分の持てる力のすべてを使って告白した。
「ありがとう。俺たち付き合おう」
「うん」
耳まで赤くなりながら頷くと、優征くんはくっつきそうなくらい顔を近づけてきた。恥ずかしくなって目をつむると、ちゅ、とやわらかく口にキスをされた。……人前なのに。
ファミレス前の2組の男女カップルから、大拍手が飛んできた。
「おめでとー!! 」
「幸せになれよ! 」
ダブルカップルはみんな笑顔で、まるで友達みたいに、僕たちを祝福してくれた。
「ありがとう」
優征くんは片手を軽く挙げて涼しい顔だけれど、僕の顔は真っ赤だ。なんで優征くんはそんなに余裕があるの? ずるいよ。
恥入りが冷めない僕に、優征くんは言った。
「自転車の紬の椅子をダサいと思ってた。そんな俺を大嫌いだと思ってた俺のことを、肯定してくれてありがとう。カッコイイって言ってくれてありがとう」
優征くんはどうして自分のことを好きなんだろう。頭の片隅で考えてしまって、ずっと知りたいと思っていたことが、今やっとわかった。
「僕、優征くんが悩んでるところも好きだよ。優しいから、全部守ろうとして悩むんだよ」
ぎゅ、と自分から優征くんの手を握った。紬ちゃん用の椅子の、すぐ下のハンドルに置かれている大きな手にかぶさる。
「全部なんて守れないこと、本当はわかってるんだけどな。でももう少し、守ろうとしてもいいかな? もう子どもじゃないけれど」
「うん。僕も頑張るよ。優征くんの強さに追いつけるように」
「うん。一緒に来て」
上にかぶさっていた僕の手に、下から優征くんの長い指が絡んできた。
いつの間にか高校生カップルはファミレスの席に着いているのが、磨りガラス越しに見えた。街行く人々は、誰も僕たちのことを見ていなかった。男同士の僕たちが結ばれたことを、当たり前の光景として受け入れてもらっていた。
優征くんはやたらと生真面目な顔をして言った。
「葵、紹介する。俺の恋人になった日下葵だ」
「知ってる」
餃子を食べた時の約束を守られて、僕は吹き出した。
繋いでいる手に、僕はさらに力を込めた。決して離さないように。優征くんも、僕が痛くないギリギリの力で握り返してくれた。
――明日も、これから大人になっても、当たり前みたいにふたりでいられますように、と僕は願った。
【完】
「葵」
優征くんに呼ばれて、ギギギっと音がしそうなほど不自然に振り向いた。
「帰ろう」
その言葉に、僕は壊れた振り子みたいに頷いた。
廊下をふたりで歩いていると少しだけ慣れてきて、ロボット仕掛けを人間らしく進歩させることができた。あれ? そっちは駐輪場じゃ? と思いつつもついて行くと、優征くんはやっぱり自転車を取り出した。相変わらず、紬ちゃん用のミルキーピンクの子ども用椅子が付いている。優征くんは自転車を押してのんびりと歩き出したので、横に並んだ。
「今日お迎え? 」
お迎えじゃない日は、優征くんは徒歩だ。紬ちゃんが入ることに、ホッとすると同時にガッカリする。わざわざ宣告されていたから、期待していたのだと今思い知る。
「いや。朝寝坊してチャリで爆走してきたから」
眉間に皺を寄せながら口は笑うという器用な芸当を、優征くんはしてみせた。寝坊なんて珍しい。
「そうなの? 全然気づかなかった。……楽しみにしてたのは僕だけなのかなって思ってた」
らしくなく気にして、何度も整えた髪型は風に吹かれて乱れた。
「そんなわけない。楽しみだったから、寝坊したんだ。これ、バレンタイン」
優征くんから、化粧箱が渡された。あまりに立派なそれに、自分ももっとちゃんとすればよかった、と後悔する。正直、自分のを出すのが恥ずかしくなった。既製品に見えるようにキレイに、でも手軽にラッピングしたこれ。……渡すって決めていたから。
「ありがとう。僕からも、これ」
でも優征くんの顔がぱっと輝いたから、後悔なんて吹き飛んだ。前言撤回。渡せてよかった。
「ありがとう! 食べていいか? 」
「あ、うん」
ドキドキしながら、優征くんを見る。チョコを溶かして付けただけだから、まずいはずがないと思う。でもまずかったら嫌だ。すごく嫌だ。
「うまい。もしかして、葵が作ってくれた? 」
とろけそうなほどにニコッと笑って、でも優征くんは袋を閉じてしまった。お、お世辞?
「ううん! 僕作ってないけど。……お世辞言わなくていいよ」
「そうか? マジでうまいって。残りはゆっくり楽しむよ。葵からもらったのに無くなったらもったいないだろ」
真剣な顔で言う。きゅーっと顔が赤くなって、心臓がドクンドクンと、こぼれてしまいそうなくらい膨れ上がる。隠すために、慌ててもらった箱を開けた。
「ぼ、僕も食べよう! 」
「うまいといいけど」
涼しい顔の優征くん。
化粧箱を開けると、ハート型グミのチョコがけがたくさん並んでいた。僕が渡したものにとても似ていた。こっちは宝石のように輝いているけれど。
「……似ているね」
「そうだな」
きゅ、と嬉しそうに優征くんは目尻を萎める。
ピンクハートのホワイトチョコがけをひとつ取って、口に運ぶ。食べてみると、グミというよりゼリーのような優しさがあった。すごくおいしい。僕の渡したチョコと見た目は似ていても、中身は違う。
「おいしい」
「よかった。俺が作ったんだ、それ」
優征くんは手作りを白状してきた。
「ど、どこから?! 」
「グミから。グミって言うかゼリーみたいになったけど」
「す、すごい! 」
チョコをかけただけなんて、言わなくてよかったと思った。
その時、優征くんと僕のスマホが同時にバイブした。
ふ、と笑って優征くんはスマホ画面を見せてきた。まるで印籠のように。
「やっぱり葵も作ってくれたんだな」
優征くんのスマホには、手作りの証拠写真があった。僕が作ったグミチョコレシピのスクショが。
「え?! なんで優征くんのスマホに?! 」
「エアドロで事故ったんでしょ」
ポケットの中で知らぬ間に事故を起こして、転送されてしまったらしい。最新の技術にイマイチついていけていない。
「え! あ、あ……嘘」
どうしよう、どうしようとキョロキョロする僕に、優征くんは優しい顔で眉を下げた。僕の描いたデッサンにそっくりの顔だった。僕のいちばん好きな顔。
「葵。俺、葵のことが好きだよ。友達としてだけじゃなくて、恋愛として」
優征くんと何度も登下校している繁華街の道では、たくさんの人々が往来していた。目の前にある行きつけのファミレスには、ダブルデートらしき男女カップルの高校生たちが入っていくところだった。そんな人前で、優征くんはキッパリと告白してきた。
「好き? 僕のことを? 」
ファミレスの扉前で、2組の高校生カップルが足を止めてこちらを見ていた。
「うん。葵のことが好き。気づかなかったか? 」
躊躇せずに、優征くんは何度も言い切る。
――思い上がりじゃなかった。僕が気づいてしまうくらいには、優征くんは気持ちを隠さない。いつ気づいたかは、はっきりとはわからないけれど。でも、どこかでわかっていた。
「……気づいていたよ」
頷くと、優征くんはグミチョコを渡した時以上に笑った。にっこりと、笑顔の見本みたいに。
気づきながらも肯定しきれないでいたのは、僕の弱さだった。今もむき出しの“好き”を人前で晒すのが怖い。別に男同士だから怖いんじゃなくて、どちらかが女の子でも怖かったと思う。大事なものをたくさんの人に見せるのが怖い。
「葵は? 葵は俺のことどう思う? 」
優征くんは、紬ちゃんに聞く時よりも優しく聞いてくれる。
自分も伝えたい。優征くんの自転車に付いた子ども用の椅子。ダサいだろ、と苦笑しながらも紬ちゃんに向けている優しい顔。クラスメイトと仲良くしたいけれどどうしたらいいかわからないと悩んでいたのに、僕のために自ら悪者になってくれて、言い訳せずに守ってくれた。僕が誤解をとかなかったら、優征くんは僕をひとりでクラスメイトに混ぜて、よかったな、と笑うつもりだったのだろう。
優征くんのそういう所が好きだ、と思う。矛盾に葛藤して悩みながらも、人に優しくできるその強さが、好きだ。そして自分を犠牲にしてしまうその弱さも、好きだ。
――僕も同じくらい強くならなくちゃ。そうじゃなきゃ、この気持ちは一生伝えられないだろう。そんなのは嫌だ。
「好きだよ。僕も、優征くんのこと、好き」
まっすぐ。自分の持てる力のすべてを使って告白した。
「ありがとう。俺たち付き合おう」
「うん」
耳まで赤くなりながら頷くと、優征くんはくっつきそうなくらい顔を近づけてきた。恥ずかしくなって目をつむると、ちゅ、とやわらかく口にキスをされた。……人前なのに。
ファミレス前の2組の男女カップルから、大拍手が飛んできた。
「おめでとー!! 」
「幸せになれよ! 」
ダブルカップルはみんな笑顔で、まるで友達みたいに、僕たちを祝福してくれた。
「ありがとう」
優征くんは片手を軽く挙げて涼しい顔だけれど、僕の顔は真っ赤だ。なんで優征くんはそんなに余裕があるの? ずるいよ。
恥入りが冷めない僕に、優征くんは言った。
「自転車の紬の椅子をダサいと思ってた。そんな俺を大嫌いだと思ってた俺のことを、肯定してくれてありがとう。カッコイイって言ってくれてありがとう」
優征くんはどうして自分のことを好きなんだろう。頭の片隅で考えてしまって、ずっと知りたいと思っていたことが、今やっとわかった。
「僕、優征くんが悩んでるところも好きだよ。優しいから、全部守ろうとして悩むんだよ」
ぎゅ、と自分から優征くんの手を握った。紬ちゃん用の椅子の、すぐ下のハンドルに置かれている大きな手にかぶさる。
「全部なんて守れないこと、本当はわかってるんだけどな。でももう少し、守ろうとしてもいいかな? もう子どもじゃないけれど」
「うん。僕も頑張るよ。優征くんの強さに追いつけるように」
「うん。一緒に来て」
上にかぶさっていた僕の手に、下から優征くんの長い指が絡んできた。
いつの間にか高校生カップルはファミレスの席に着いているのが、磨りガラス越しに見えた。街行く人々は、誰も僕たちのことを見ていなかった。男同士の僕たちが結ばれたことを、当たり前の光景として受け入れてもらっていた。
優征くんはやたらと生真面目な顔をして言った。
「葵、紹介する。俺の恋人になった日下葵だ」
「知ってる」
餃子を食べた時の約束を守られて、僕は吹き出した。
繋いでいる手に、僕はさらに力を込めた。決して離さないように。優征くんも、僕が痛くないギリギリの力で握り返してくれた。
――明日も、これから大人になっても、当たり前みたいにふたりでいられますように、と僕は願った。
【完】
