高校1年生。初恋グミは優しい味でした。

④寂しいってなに?

文化祭が終わってから1週間が経った。放課後、帰り道にあるファミレスで、僕たちは勉強をしていた。1週間後にある定期テストに向けてだ。来週のテストが終わって翌週のテスト返却を終えれば、すぐに冬休みだ。優征くんのお迎えがない日は、すっかり5人でやるのが定番になった。と言っても、僕と優征くん以外の3人は先週まで部活があったから、これまでは遅れての参加だったけれど。今週からはみっちり5人でやっている。

「ここはXにこの3を代入するんだ。そしたらこのyが解けるから……」

僕の右隣に座る優征くんは、優征くんの目の前に座っている前野くんに、数学を教えている。

「うわー! 待って待って。頭パンクしそう。なんでここに3を入れるの?! 」

前野くんはドリンクバーで作ってきた、メロンジュースとコーラを混ぜたジュースを啜りながら机に突っ伏した。

「タイム。ちょっと休憩させて」

前野くんは頭を上げられないみたいだ。

「またか? さっきもしただろ? このペースだと今日の分が終わらないぞ。家に帰ってから自分でできるのか? 」

優征くんは言う。最近まで仲違いしていたのが嘘みたいに、優征くんと前野くんは仲良くなった。ここまで仲良くなれるくらいだからこそ、あそこまで拗れていたのだろうな、と僕は思う。

「飛田の鬼! 」

前野くんは半泣きで顔を上げた。

「成績上げたいんだろ? ならできる時にやらないと。前野は普段は部活あるんだから詰め込まないとまずいだろ」

優征くんは抗議をものともしなかった。前野くんに教える合間に、自分の勉強もするのだからすごい。

「わかってるけどー。勉強キライなんだもん。本来こんな頭良い学校来れるような成績じゃなかったし」

前野くんは泣きごとを漏らす。

「でも食らいついて頑張っているじゃないか。夏休み明けから赤点も無いんだろ? やればできるんだから」

「飛田、好きー! 」

「ハイハイ。だから頑張ろうな」

前野くんの“好き”を優征くんは受け流したが、僕の胸は針で刺されたみたいに、チクリと音を立てた。文化祭が終わってから、僕の胸はなんだか変だ。チクチクと痛んだり、やたらと時間を止めたいと思ったりする。

それに、優征くんとふたりきりで勉強してた時は、僕のわからないところをつきっきりで教えてくれてたのに、と理不尽な不満が湧き上がってきて、僕は慌てて頭を振った。いけない。せっかく他にも友達ができて、優征くんは喜んでいるのだから。僕だって、他の人たちとも仲良くなれたことは嬉しいのに。友達をたくさん作るのは、僕の夢でもあったのに。

雑念を振り払うために、苦手な生物のテキストに集中した。……あれ? これ合っているっけ? ちがうような。問題から目を離さずに左手で消しゴムを探して掴んだ。やたらと大きくて、あれ? と見上げると、左隣に座っている風見くんの手だった。

「あ、ごめん。消しゴムと間違えた」

僕は軽く頭を下げた。その隣にあった、本物の消しゴムを掴んで書いたばかりの回答を消す。

「分からないところでもあった? 」

風見くんは少し吹き出しながらきいてくれた。風見くんの成績は、優征くんに次ぐ学年2位だと言うのを、僕は前回の掲示板から覚えていた。優征くんもそうだが、風見くんも決して自分の順位を自慢しないのがすごいところだ。

「あ、うん。あのさ、ここなんだけど」

僕が生物のテキストを寄せると、優征くんは振り向いた。

「葵、わからないところあるのか? 俺が教えてやるからちょっと待て」

「えっ。でも……」

前野くんに教えてるよね? と言おうとした時。

「待てよ! 俺を見捨てるなよ! 友達だろ! 」

前野くんがガシッと優征くんの手を掴んだ。さ、触った……。でも今、僕も風見くんの手を触っちゃったしな、と思い出す。冷静になれ、僕。

「前野のことも教えてやるから安心しろ。ふたりとも見るから離せ」

優征くんは軽く手を振って追い払った。その仕草にほっとすると同時に、もしも僕が触ってしまうことがあっても、同じように追い返されるのかと思うと、ズキン、と心が重くなった。前野くんの手が追い返されると言うことは、僕の手も追い返されるのだろう。

「飛田、リッキーに教えるの代わろうか? 数学でしょ? 俺でも見れると思うけど」

風見くんは言う。

「いや、大丈夫。風見もいま住田見てるところだろ? 席的にも俺が教えた方が都合がいいし大丈夫だ」

優征くんは手元のテキストから目を離さずに告げている。

「オッケー。アタルは回答進んだ? 」

風見くんが声をかけると、住田くんは「うーん、」と筆の進まない返事だ。

「葵、どこだ? 」

前野くんの質問が途切れたタイミングで、優征くんは聞いてくれた。

「あ、あのさ。ここなんだけど……」

風見くん側にあったテキストを、優征くん側に寄せた。

「ああ、これはな……」

分かりやすく説明してもらう。

「ありがとう」

お礼をして、問題に戻った。

教えてもらったことを踏まえながら次の問題を解いていると、僕のシャーペンを握る手に、なにかが触れた。見ると、優征くんの手だった。ぎゅ、としっかりと握られている。ドキ、と心臓は跳ねる。

「あ、ごめん。消しゴムと間違えた」

僕が見ると、優征くんはそう言った。

風見くんが烏龍茶を吹き出した。そしてゲホゲホと咳き込んでしまう。

「大丈夫? 」

僕は優征くんに手を握られたまま、風見くんに聞いた。脈拍は早くなる。

「だ、大丈夫、大丈夫。ごめん、ごめん」

「汚いよ、風見」

慌てて机を拭いている風見くんの返事に、住田くんが笑う。

「優征くん、消しゴム忘れたの? 」

まだ握られていたので、僕は聞いた。

「いや、忘れてない。えーと、ドコ行ったカナ」

なんだかカクカクした喋り方だった。そんな優征くんを、前野くんがまじまじと見つめていた。

「……目の前にあるだろ」

ズイっと前野くんが指さした先には、堂々と消しゴムが。

「ア、本当ダ。ありがとう、アリガトウ」

優征くんはようやく僕の手をパッと離したが、前野くんは怪訝な目で優征くんを見続けていた。