高校1年生。初恋グミは優しい味でした。

今日はついに文化祭1日目だ。雲ひとつない晴天の土曜日。これ以上ない文化祭日和だ。無事に準備は終わり、みんなバタバタと衣装に着替えている。さっそく執事服に着替えた前野くんが、ピンクのフリフリを手に僕に近寄ってきた。

「日下、これ。みんなでデコっておいたから。2日間よろしくね! 売上は日下にかかっている! 」

「うん! がんばるよ! 執事服似合うね! 」

僕は覚悟を決めて衣装を受け取ろうとした。よし! みんなの学食券!

「おい、葵にだけプレッシャーをかけるな」

まだ制服のままの優征くんは、ヒョイっと横からメイド服をかっさらった。

「日下だけじゃねぇよ、別に。なんなんだよ、飛田は」

前野くんは牙を向いたが、風見くんが制止した。

「こら、リッキー。朝から突っかかるな。早くしないとオープン間に合わないぞ」

「だって! 」

悔しそうにする前野くん。

そこに大人の影がやってきた。キッチンとなる家庭科室を手伝っていたはずの佐合先生だ。

「俺の衣装もあるってマジ? 」

今にも優征くんに飛びつきそうだった前野くんは、ピクリと佐合先生に向き直った。

「先生! あるよ! 先生も執事だよ!」

不機嫌はどこへやら。犬だったら、しっぽをブンブン振っていそうだ。

「執事?! うわ、オッサンの執事って痛いだろ! 着なくちゃダメか? それ」

佐合先生はあからさまに顔を歪めた。

「ダメに決まってるじゃん! こっち来て! 」

前野くんは佐合先生のワイシャツの裾をグングンと引っ張り、更衣室になっている暗幕の後ろへ消えていった。

「今のうちに着替えておいて」

ナイス佐合、と呟いてから風見くんは言った。

「ああ。そうする」

優征くんは頷くと、僕の肩を抱いて教室を出た。連れてこられたのは廊下の最奥、誰もいない踊り場だった。

「先に体操服に着替えろ。俺も着替えるから」

いつの間に、僕の体操着まで優征くんは持っていた。後ろを向いた優征くんは着々と着替え始めた。

「こんなところで着替えていいのかな? 」

体操服を受け取って、僕も背を向けた。制服のボタンを外しながら聞く。一応、割り当てられた教室で着替えることになっている。

「大丈夫だろ。誰もいないし」

「うん」

更衣室でみんなと着替えたくなかったからありがたかった。

「体操服着たか? 」

「うん」

しばらくしてから聞かれて、返事した。優征くんは僕の前に回ってきた。手には、ピンクのメイド服が握られている。

「……本当にいいんだな? 改造して俺が着てもいいんだぞ」

そんなことできるの?! と驚くが、もう頑張ると決めたんだ。それに、直前になって急に変えたらみんなに変に思われる。デコレーションだって、僕のためにみんながしてくれたんだ。

「うん。大丈夫だよ! 」

「わかった。じゃあ、はい」

優征くんはメイド服のファスナーを全開にして、着やすいように僕の足元に広げてくれる。僕は何も言わずに、その輪の中に入った。甲斐甲斐しく袖を通してもらい、あとはファスナーを閉めるだけになる。

「閉めるからな」

後ろに回ってもらうと、最下層にあるファスナーに手をかけられる。文化祭は一般の人もくるから、なんかあったらと思って怖い。けれど、震えそうな膝をパンッと叩いて自分を鼓舞した。

これは魔法だ。紬ちゃんがドレスを着たらプリンセスになるように、僕もこれを着ている間はメイドになりきるんだ。

「うん! お願い! 」

ファイトポーズをして、強く頷いた。

ジーッと丁寧に上げられて、1番上の小さなホックを留められる。驚くくらい、自分に馴染んでいた。さすが僕のサイズ。

「変じゃない? 」

くるりと回って、優征くんに見せた。鏡がないから、自分で見られない。その事が少し救いな気もした。

「可愛い」

まっすぐに言われて、僕は俯いた。ありがと、とゴニョゴニョする。ずっと顔に視線を感じていたのに、急に視線が外れた。

「すごいデコられてるなこれ」

僕も優征くんの視線を追いかける。サテン風のピンクの生地なのは変わらないけれど、スカートのプリーツに合わせてシルバーのラインストーンが乗せられてギラギラしている。胸元にはぷくっとした元気なピンクのリボンが付いており、リボンの留め具にはザラザラのいちごグミを模した飾りが付けられている。そして、全体にわたって小粒のグミのような飾りが縫われている。

「ね、すごい付けてくれたんだ 」

みんなの気合いを感じた。

「紬が喜びそうだな。着たいって言いそう」

優征くんも腕に縫いつけられたグミを手に取って言う。

「たしかに」

紬ちゃんもお母さんと遊びに来ると言っていた。

紬ちゃんで和んだところで、僕はようやく優征くんの執事姿を見る余裕ができた。僕と一緒に着替えていたのだ。

「優征くん、カッコイイね。似合う。前野くんのとなんか違うね」

白地シャツの三角形の襟には、黒いタイ。グレーのベストに、縞模様の黒いパンツ。そして何よりも、ウエストでキュッと留められたボタンを境目に、斜めになった前裾から後ろを包むようなシルエットの、ロング丈のジャケット。これが優征くんの長身と、大人っぽさを引き立てていてとてもカッコイイ。

「ありがとう。俺のは“モーニング”って型らしい」

白い手袋を直しながら、少しはにかむ。こんなに大人っぽいのに、仕草はいつもの優征くんで安心した。

「……好きな人が見たら惚れちゃうかもよ? 」

執事服の優征くんを見て、素敵だと思わない人はいないと思う。

「それならよく見せびらかさないとな」

優征くんは、目元が無くなってしまいそうなほどの笑みをした。

文化祭に来るの? と聞こうとしたけれど、聞けなかった。もしも来るなんて言われたら、メイド服を頑張れないと思ったから。

「そろそろ戻ろうか」

僕は教室への道を先導しようとした。優征くんはグングンと追い抜いて、半歩先を歩いた。いつもみたいに。

「今日はコケないように気をつけろよ。人がいっぱいくるからな。無理して料理を運びすぎるな」

「うん」

まだ始まってもいないのに注意を受ける。我ながら全部やりそうなので、素直に受け止める。

「スカートなんだから、気をつけろよ。誰かにスカートの中を見たいとか言われても断れよ」

「そんなこと言う人いないよ?! 」

とんでもない注意に、思い切り見上げた。

「いや、いる。スカートめくりもされないようにしろよ」

嘘、と絶句する。

「容赦ないやつもいるからな。隙を見せるな」

やたらと厳しく言われている。

「そんな……。スカートの下ってどうせ体操服のハーフパンツだよ? それに、僕は男なんだけど。めくってどうするの? 」

女の子のスカートなんて絶対にめくってはダメだ。いや、男の子のもダメだけれど。そもそも体操服を下に着ている男子のスカートをめくる意味もわからない。

「葵が男だからだ。しかも下に服を着ているとなれば、気軽にめくる男がうじゃうじゃ湧いてくるかな。いいか、絶対にめくらせるなよ」

「う、うん……」

ギラギラした迫力に気圧されて、つい頷いた。

教室の前に到着した。優征くんが扉を開けると、みんなの視線が全て僕に集まった。目の前に優征くんがいるのに、あきらかにみんな僕を見ていた。

「日下、やっぱりめっちゃかわいー! 」

佐藤くんが叫ぶと、他の人たちも「カワイイ! 」と口々に褒めてくれる。

「ありがとう。たくさんデコってくれて」

お礼を言うと、前野くんがズイっと僕の前に出てきた。

「カワイイだろ? 似合うと思って。なあ、それちゃんと下履いてるの? 」

スカートに手をかけられそうになり心だけ焦ると、優征くんが前野くんの手をピシッと弾き飛ばした。期待に満ちていたみんなの目が、一瞬で緊張に変わった。

「イッテ! 何するんだよ! 」

前野くんは思い切り優征くんにガンを飛ばしていた。この迫力の優征くんを睨むことができるなんて、前野くんはすごい。

「それはこっちのセリフだ。スカートの中なんて見ようとするんじゃねぇよ」

優征くんも思い切り睨み返している。前野くんの顔が真っ赤になった。

「そんな言い方するなよ! 俺はただ確認しようと! 」

どうしよう喧嘩になっちゃう、と僕はオロオロした。大丈夫だよ、と言って収めるべきだろうか。でもそれだと優征くんが怒りそうだ。僕だってめくられていい気はしない。

こんな時に出てきてくれるのは、やっぱり風見くんだった。風見くんの執事服もモーニングだった。

「ほらもうやめろって。喧嘩するな。ムキになるなよ。1位獲るんだろ? 」

風見くんの手は前野くんの背中へ。

「……わかったよ」

しぶしぶ、と言ったように前野くんは肩を落とした。

「バカ。あんまり日下にちょっかいをかけるな。飛田が怒るだろ」

前野くんの背中をさすっている風見くんの言葉が聞こえてくる。

「俺、本当に確認しようとしただけなのに……」

前野くんの拗ねきった声だ。

「わかってるって。でもいきなりめくるのはまずいだろ? よく考えろって」

「うん……」

前野くんが泣きそうな顔で俯くので、僕はなんて声をかけたらいいのか分からなかった。優征くんをチラリと見上げると、くっきりと眉間に皺を寄せていた。怖いよ。

「日下、ごめん。怖かった? 」

聞いてくれた前野くんからは、もう涙の気配はなかった。風見くんの慰めで落ち着いたらしい。

「あ、だ、大丈夫だよ! 」

怖かったけれど、そう言ったらクラスの雰囲気が悪くなりそうで。僕は精一杯笑った。同時に、優征くんの眉間の皺は最高深度に達していて。まずい。

けれどもなんとかいい感じにまとまったところで、パンパンっと風見くんが手を叩いた。

「はい、ではそろそろ時間なので。『メイド&執事喫茶〜グミパーティーへようこそ! 〜』を開店したいと思います。みんな、頑張るぞー! 」

「「「おーっ!! 」」」

みんなが拳を振り上げた。僕も振り上げた。優征くんは眉間に皺を寄せたまま振り上げていた。みんなが役割ごとに散ると、優征くんに肩をがっしりと掴まれた。心配、と気持ちが伝わってくる。

「本当に気をつけろ」

「うん」

僕は心して頷いた。

ついにオープンして、1組目のお客さんがやってきた。高校生の女の子2人組。

「い、いらっしゃいませ! 」

メイド服を着ているのは僕しかいないので、基本的に全テーブルに挨拶へ行くことになっている。僕の休憩の為に、店の看板に、『※メイドがいないこともあります。ご了承ください』の文言を書いている。

「えー! かわいい! 本当に男の子? 」

僕と同じくらいには背の高い、茶髪ショートの女の子が言ってくれる。

「はい、男です……」

ゴニョゴニョと下向きになる。

もう1人の、小柄でロングの女の子が覗き込んできた。

「へー。すっごく可愛いね。白い肌も、大きな瞳に長いまつ毛も……。なんか小動物みたいって言うか。もー」

「「ちょー可愛い! 」」

2人の声が揃ってしまい、僕は「ありがとうございます」と小さな声で言うしか無くなってしまう。

「反応まで可愛い」

茶髪の子が言う。からかわれているのかもしれないけれど、これは恥ずかしい。

横からスっと優征くんがやってきた。

「いらっしゃいませ。こちらメニューになります」

女の子ふたりの目線は吸い寄せられるように優征くんへ。

「お決まりになりましたらお呼びください」

優征くんは去る時、僕の腕を引っ張った。小声でささやく。

「もういいだろ、このテーブル」

「失礼しますッ」

僕は慌てて頭を下げて、テーブルを後にした。

「今の執事の人、ちょっと怖かったけどカッコよかったね」

茶髪の子がロングの子にそう話しかけたのを僕は聞いてきた。

ドリンク作りコーナーになっている、パーテーションの裏へ戻った時、優征くんは言った。

「ひとつのテーブルにあんまり長居するな。ほら、5番まで満席だぞ。メイドは葵しかいないんだから、短時間でパパっと回れ」

いつの間にそんなに人が。入口を見ると、列まで出来ている。

「ごめん、そうだよね。パパっと全席回ってくる」

行こうとすると、ちょっと待て、と引き止められた。

「3番はもうオーダーもらってるから。ドリンクのジンジャエールだけ先に持って行ってくれ」

言いながら、優征くんはテキパキとプラコップ4つにジンジャエールを注いでくれた。お盆に乗せて渡される。

「わかった! ありがとう! 」

僕は受け取って、こぼさないように注意しながら窓際の3番席に持っていった。近所の男子中学生の4人組のようだ。登下校中に何度も見かけた学ランを着ている。

「あ! メイドさんだ! 」

ジュースを渡す前から、坊主頭の子がはしゃぎ声を上げた。すると周りの子も、「めちゃかわいい! 」と驚くくらい盛り上がった。

「あの、こんにちは。ジンジャエール4つです」

そーっとジンジャエールを1つずつ置くと、ありがとうございます! とみんな丁寧に挨拶をしてくれた。

「本当に男なんですか? 」

背が高くて眼光の鋭い男の子が聞いてくる。僕のすぐ横に座っている。

「男だよ。ここは男子校だから」

僕はニコッと笑って答えた。なんだか少し、こう聞かれることに慣れてきた。

「めっちゃ似合ってますね」

そう言いながら、高身長の彼は、何食わぬ顔で僕の太ももを触ってきた。

「え?! 」

驚いて腰を引いてしまう。

「当店はお触り禁止です」

駆け足でやってきたのは、優征くんだ。手には色鮮やかなグミパーティーセットを載せている。空いている片手で、僕の腰をぐっと引き寄せてテーブルから距離を置いた。太ももから中学生の手が離れたのでほっとする。

「はーい。すみません」

残念そうに、高身長の彼は唇を尖らせた。

「あの、どうしたらこの学校に入れますか?! 」

グミパーティーセットをテーブルに置いた優征くんを、坊主の子がキラキラと見上げていた。

「勉強をがんばれ。それだけだ」

優征くんは無骨に答える。

「俺、いま成績がオール3くらいなんです。さすがにここ受けるのは厳しいですよね? 野球してて、ここに入りたいんですけど」

坊主の子はため息を吐いてジンジャエールを啜った。オール4はないと、正直この学校への入学は難しい。

「何年生だ? 」

優征くんは聞く。

「3年生なんです……。もう時間もないし、野球推薦ももらえなくって。あの、凛輝先輩ってこのクラスですよね。俺、中学の後輩で。また一緒に野球したくって。こんな頭いいところ無理だって自分でもわかってるんですけど」

前野くんを追いかけたい、ということだろう。そういえば、前野くんは野球推薦だと言っていた。受験まであと3ヶ月でオール3は諦めた方がいい気がする。

「そうか。どうしても前野と野球がしたいなら諦めるな。前野は今年の夏の甲子園への出場権をかけた決勝戦でも登板したんだぞ。活躍した」

けれど、優征くんから出た言葉は正反対だった。それに、日頃折り合いの悪い前野くんのことを褒めた。憧れているという後輩に気を遣ったのだろうか。優征くんの言葉は続いた。

「自分なんかって諦めたら何事も終わりだ。どうしてもって覚悟なら単願にして少しでも合格点を下げるんだな。幸いここは私立だからそれが出来る。学校推薦はもらえないのか? 」

「凛輝先輩が出たことも、そして惜しくも敗退しちゃったことも知っています。球場まで観に行きました。声をかけたら、「来年はお前も一緒にな! 」なんて凛輝先輩言ってくれて」

でも、とつづけた。

「学校推薦はまだわからなくて。担任には言ってみたんですけど、これまで授業中にさんざん寝ちゃって態度が良くなかったからって。成績も足りないし、すんなりあげられないって。顧問の先生が冬休みギリギリまで考えるって言ってくれたんですけど。親には諦めろって言われてて」

坊主の彼は苦笑いをした。

「なんだまだ頑張れそうな余地があるじゃないか。テストの点数をひたすら上げたり、提出物の質を上げたりして努力をアピールしろ。そんなことを言ってくれる先生はちゃんと考えてくれるだろうから」

優征くんの言葉に、坊主の彼の目はキラキラと輝いた。頑張りたかったから、この文化祭に来てくれたに決まっている。

「まだ頑張ってもいいですかね! 」

「頑張って無駄になることはない。知識は資産だから。頑張れよ」

ポン、と優征くんは頭に手を置いて励ました。初対面の中学生にこんなに親身になれるなんて、なんて面倒見がいいんだろう。

「ありがとうございます! 俺頑張ります! 」

坊主の彼は立ち上がって、キチッと背中を折った。

優征くんがテーブルを離れるのについて行き、ドリンクキッチンに戻ると、風見くんがひたすらにオーダーを回していた。

「悪い。任せきりにして」

優征くんが片手を挙げて風見くんに詫びる。

「大丈夫。悪いんだけど、リッキー捕まえてきてきてくれない? 宣伝してくる! って看板持って行ったのはいいんだけど張り切りすぎたのか、行列を捌ききれてないんだよね。一旦宣伝はストップしないと。グミ作りも間に合っていないし」

どうやら、予想をはるかに超える客入りのようだ。

「わかった。探してくる」

早速出口に向かった優征くんを引き止めて慌てて言う。

「あのさ、僕が行こうか」

2人になったら、喧嘩になってしまうかもしれない。

「いや、葵はいいから。俺が探す」

「うん。日下はテーブル回ってきて欲しいな。はい、これ。1番さんのドリンク持って行って」

2人ともに拒否され、風見くんにはカルピスを持たされた。その間に優征くんは出ていってしまう。

カルピスを届けて、ほかのテーブルにも挨拶を済ませてから戻り、僕は風見くんに聞いてみた。

「風見くん。優征くんと前野くんってなんか仲悪いよね? どうしてなのか知ってる? 」

こんな風に探ったら嫌かな、と思いつつもずっと気になっていた。

「あー、仲悪いって言うか、リッキーがやたらと突っかかってるっていうか。いつもごめんね」

風見くんはドリンクの残量を確認しながら苦笑いをする。

「なんで僕に謝るの? 」

「ふたりに挟まれて大変でしょ? まぁさ、正直に言うとリッキーが悪いんだけどね。俺もその時その場には居なくて、後から他の子に聞いた話なんだけど。まだ入学したばっかりの4月頃のことなんだけどさ。天井のあの柱あるじゃん」

風見くんは天井の真ん中に走った柱を指さして続けた。

「あれにビニール紐をかけてね、ターザンごっこしようってリッキーが言い出したんだって。後ろにあるロッカーの上から掛けた紐に飛び乗って、キック力で前に滑って黒板の前に着地っていうのを。で、リッキーは小柄で運動神経もいいから軽々それをこなしたんだけど、相当楽しかったみたいでみんなもやってみなよって勧めたんだって」

「え?! 」

僕にはそんなことできそうもないと、話を聞いているだけでわかる。紐に飛び乗る、の時点で怪しい。失敗してロッカーの上から落ちて怪我するのが目に見えている。

「けっこうクラスに人がいたらしいんだけど、リッキーだから完全に楽しさだけでそれを言ってたらしくてさ。入学時からあんな感じだから。で、ほぼ強制でアタルにやらせたらしくてさ。嫌がってたみたいなんだけどね。アタルは運動神経はあんまりで。マンガ描くのは上手いんだけど」

住田くんがどうなったか見えているような。

「押し負けたアタルがやってみたんだけど、まあ見事に紐に飛び移れなくてロッカーから落ちてさ。床に落下しそうになった危機一髪ってところで飛田が庇って助けたんだって。アタルはおかげで無傷だったけど、飛田は庇った右手を捻挫しちゃって」

「なんか優征くんらしいね。見えちゃって助けちゃったんだろうね」

きっと、優征くんはそうなるとわかっていたのだろう。

「うん。で、リッキーが『大丈夫? 』って飛田に聞いたら、『嫌がってるヤツに無理やりやらせるんじゃない! 住田が可哀想だろうが! しかもそんな危ないことを教室でやるなバカ! 』ってそれはもうすごい剣幕で怒鳴ったらしくてさ」

飛田くんのモノマネが似ていて笑ってしまった。

「自分が怪我しても、住田くんのために怒ったんだね。優征くんは」

「そうなんだよ。でもそれに対してリッキーは「そんなつもりはない! 面白いからすすめただけなのに! 」ってキレちゃって。怪我させちゃった罪悪感もあったんだろうけど。それから、あんな感じに。目立つリッキーが避けているせいなのか、怒鳴り様があまりに怖かったせいか、飛田はみんなになんとなく距離を置かれるようになっちゃって。悪いヤツじゃないってみんな分かってるはずなんだけどな。アタルも恩人なはずなのに怖かったみたいで未だに苦手みたい。でも飛田はそれに文句を言ったり責めたりする性格じゃないだろ? 怖がられてるのわかってるみたいで、みんなから一歩引いてたよ」

「なるほど。ありがとう、教えてくれて」

きっとその事件で優征くんに対するみんなの空気が固まってしまって、打ち解けられないままここまで来てしまったのだろう。せっかく面倒見が良くて優しいのに、無愛想なせいか損をしている。

「だから日下が転校してきて、飛田が気軽に話せるヤツができて良かったって思ったよ。ありがとう」

風見くんは学級委員長なんだな、と実感した。立派な人だ。

「風見くんってみんなのことよく見てるんだね。さすが学級委員長」

「なんか恥ずかしいから秘密な。日下が転校してきた日の佐合はナイスだったよな。一緒に掃除させられたでしょ? 」

全く恥ずかしくなさそうに風見くんは言う。

「うん。委員会のこと忘れてたって佐合先生言ってたけど」

「あー、あんなの嘘嘘。わざとだよ。たぶん飛田と相性良さそうだと思ったんだよ、日下のこと。もし相性悪そうな転校生だったら、一緒に掃除させられたのはたぶん俺だった」

ジュースの在庫を補充しながら風見くんは言う。僕も見習って、プラコップの予備を出した。

「そうなの? 」

意外なことを聞くことができた。

「たぶんね。佐合も心配してたんだよ、飛田のこと。佐合はテキトーそうに見えてしっかり手綱握っとくタイプだからな」

「佐合先生に対して似たようなこと、優征くんも言ってたよ」

2人で笑いあっていると、扉から喧嘩する声が聞こえてきた。優征くんと前野くんだ。

「ほら見ろ! こんなに並んでるんだぞ! 状況を確認してから客を入れろよ! 誘っておいてあんまり待たせたらクレームになるだろ! 」

優征くんの声だ。

「そんなこと言ったってお客さんを入れてこそだろ! 」

果敢に言い返すのは前野くん。

「やってるね〜」

喧嘩してる! と慌てた僕とは反対に、呑気に言ったのは隣の風見くんだ。

ふたりともズカズカと教室へ入ってきた。

「そうだ、お前の後輩が来てたぞ。くりくり坊主の。お前に憧れてるって言う」

優征くんは窓際に目を向けると、坊主の彼を指さした。4人組は帰ろうと腰を上げたところだった。

「あ! 戸村! 来てたなら言ってくれればいいのに! 」

「凛輝先輩! 」

前野くんが駆け寄っていくと、戸村くんは花が咲いたみたいに笑った。ほかの3人も「ちわーすっ」と挨拶していたので、どうやら全員前野くんの野球部の後輩らしい。

5人はしばらく話すと、会計に向かって行った。前野くんがレジをする。

「えっとー。グミパーティーセット2つにジンジャエール4つね。合計で1000円! 」

はーい、と戸村くんは素直に頷いたが、ほかの3人は「え? 」という顔をしていた。すると即座に配膳をしていた優征くんがレジに近づいて行く。僕は新しいお客さんを案内しているときだった。

「待て。合計で800円だ。グミパーティーセットがひとつ200円を2つ。それからジンジャエールは1杯100円で4つ。800円だろ。ひとり200円だ」

「あ、本当だ。ごめん」

前野くんは素直に後輩たちに謝った。

「しっかりしてくださいよ、凛輝先輩! 」

戸村くんは笑って流してくれたが、ほかの後輩3人はちょっと不満気な顔をしていた。

「間違えてしまって申しわけございません」

優征くんが丁寧に謝ると、そんな3人の顔からも角が取れて言った。優征くんが大人に見える。

「ちょ。後輩にそんな頭下げなくても」

前野くんは驚いた顔で優征くんを見上げた。

「関係ない。お前もちゃんと謝れ」

優征くんは前野くんの頭をぐっと持って下げさせた。

「なにするんだよ! 」

「いいですよ。凛輝先輩ってたまに抜けてますから」

僕の太ももを触ってきた高身長の子がそう言ってくれて、その場は収まった。

その後も喫茶の大盛況は続いて、僕たちは慌ただしく働き続けた。その中で1番レジを打っていたのも、配膳をしていたのも、お客さんに細かな配慮をしていたのも、優征くんだった。