高校1年生。初恋グミは優しい味でした。

6時間目のホームルームでは、予定通り文化祭についての話し合いが行われようとしている。文化祭実行委員の前野くんと、学級委員長の風見くんが黒板の前へ出て行った。僕の両隣はがら空きだ。

「はい、じゃあお前らよろしく〜」

佐合先生はふわぁ、とあくびをして窓側の空き椅子に腰掛けた。

前野くんはウキウキと始めた。

「なんか意見、やりたいことある人ー! 」

「「「はいっ! 」」」

各所から手が上がる。

「お化け屋敷! 」

窓際の佐藤くんが言うと、「俺も俺も」と、数人が同意して手を下げた。すると、佐合先生が鼻で笑う。

「あのなぁ、他校の女子とか呼んでキャッキャッ盛り上がろうって魂胆のところ水を差すようで悪いけど、ウチの学校は暗幕を使った出し物は禁止だ。色々ルールがあんの」

えー! と何人もがブーイングをあげる。そっか、文化祭なんて普段は学校にいない女の子とおしゃべりできるチャンスだもんね。

「じゃあなんだったらいいのさ! 」

佐藤くんは膨れていた。

「あー? 暗幕を使わなければだいたい大丈夫だ。言っとくけど、各クラスで女子客の奪い合いだからな。てか凛輝、説明しろ! 」

佐合先生は腕を組みながらクラスを鎮めた。

「えー! 俺も初めてだからわかんねぇよ! しおりは文字いっぱいで嫌になったし! 先生教えろよ! 」

反論する前野くん。

「何言ってんだ。ちゃんと仕事しろ、仕事」

佐合先生は煩わしそうに手を振る。

「先生にだけは言われたくねぇよ! 」

前野くんが勢い込むと、クラス中が「たしかに」と爆笑した。なんか、前野くんって佐合先生と話す時、すごく楽しそうだ。

みんなが笑っている中で、チラリ、と窓際の優征くんを見ると、真顔のまま黒板を見ていた。何を考えているのだろう。

風見くんが場を引き締めるように、軽く手を叩いた。

「はい、他に意見ある人ー? 」

「えー、なんか女子が来てくれそうなヤツ! 」

今度は真ん中の席の田中くんだ。

あっ! と言うように黒板の前の前野くんがニヤリとした。

「じゃあさ、女装喫茶は? 」

クラス中がモゴモゴと顔を見合せた。

「俺たちが着んの? それ」

佐藤くんは聞く。

あんまり着たくないなぁ、と僕は思った。女の子に間違えられそうなことは勘弁だ。

「逆に誰が着んの? 」

前野くんはキョトンとしている。

「えぇ……。それは女子、嬉しいのか? リッキー着られるの? 」

佐藤くんは言う。

「俺は着られるけど。せっかくの文化祭だぜ? いつもと違うこと、してみたいだろ! 」

前野くんの元気な声の後に、住田くんはポツリと言った。

「女の子は男の子の女装とか大好きだよ。似合ってるのはもちろん、似合っていないのも好きみたい」

そしてヒラヒラと漫画本を掲げた。男の人ふたりが抱き合っている表紙だ。

「あ! アタル! 何持ってるんだよ! 」

前野くんはやたらと焦っていた。

「姉ちゃんのBL本。女装のメイド服も、ストレートに執事服も好きみたいよ。この人たち、着せられてるもん」

「アタル! そんなもん、堂々と持ってきて見せびらかすなよ! 」

前野くんは顔を真っ赤にして、ツカツカと住田くんの机に歩み寄った。

「なに怒ってるの? 」

のんびりした声を出した住田くんから、前野くんは漫画本を取り上げた。

「んなもん学校で読むな! 」

顔を真っ赤にしていた。

「えー。返して。姉ちゃんに怒られる。ただの漫画だよ? 」

住田くんは困っているらしい。おっとりした話し方からあまりそんな感じはしないが。

「先生! これ没収して! 」

前野くんは住田くんのお姉さんの漫画本を、佐合先生に押し付けた。背表紙には、メイド服と執事服を着た男性ふたりが描かれていた。

「嫌だよ。めんどくさい。別に授業中に読まなきゃ漫画禁止じゃないし。風見、よろしく」

佐合先生は押し付けられた漫画本を、黒板の前で微動だにしなかった風見くんにさらに押し付けた。

「先生のバカ! 頼りにならない! 」

前野くん、どうしたんだろう?

佐合先生は溜息をつくと、小さな駄々っ子をあやすような声を出した。

「凛輝、何があったか知らないけどな、あんまりキャンキャン吠えるな。いい子にしてろ。ほら、お手」

佐合先生が差し出した手に、前野くんは真っ赤に震えながら手を出した。

「誰が犬だ! 」

クラスメイトたちは爆笑して、戸惑っていた場は和んだ。

「それで結局なにするんだ? 飲食するなら早く提出しないと枠がなくなるぞー」

サッと手を離した佐合先生は執り成した。テクニシャンだなぁ。

「なぁ、女装と執事喫茶でよくね? 」

前野くんはまだ少し赤い顔で、張り切って提案した。クラスメイトたちは、うーん、と考えている。

「まぁ女の子たちが来てくれるって言うならそれでもいいけど……。女装ってメイドでしょ? 誰がやんのそれ。ちょー似合うヤツか、ちょー似合わないヤツがやらないと痛くね、それ」

ボールペンを回しながら言う佐藤くんの言葉に、みんなはうーんと首を捻った。女装がメイド服になっているのは、住田くんのお姉さんの漫画本にとっても影響されているような……。

「日下」

前野くんに熱い視線を送られた。

「な、なに……」

そんなに見つめられるなんて、嫌な予感が……。

「日下さ、やってくれない? メイド服。このクラスでちょー似合うヤツって言ったらお前だろ」

前野くんが言うと、クラスメイト中の視線が一気に飛んできた。優征くんも見ている。転校初日ぶりの瞳の集まり具合に、僕は怯んだ。

「ええ、でも……」

心の底から執事服が良かった。似合わないとしても。

あちらこちらから、「転校生の日下か、似合うんじゃね? 」なんて声が聞こえてくる。

前野くんは僕の席の前まで来ると、机の上に置いていた戸惑う僕の手を、両手でギュッと握りしめた。

「頼む!! 売上のため! 絶対似合うって! 校内で1位になったら、1ヶ月学食無料券出るんだよ! クラス全員分の! 」

そ、そんな……。

「マジ?! 学食! 」

ドン、と後ろの住田くんの椅子が倒れた。いきなり立ち上がったから。

「お願い、日下」

住田くんがものすごく見つめてくる。初めてこんなに熱い住田くんを見た。

「絶対かわいいよ、日下くん! 」

佐藤くんまで叫んだ。それに釣られるように「頼む! 」とみんなから言われてしまう。もう逃げられないよ……。
視線を感じて顔を向けると、優征くんと目が合う。僕と一緒に歩く時、いつもしてくれている心配そうな顔だった。トントン、と優しく肩を叩かれて上を向いた。風見くんだ。

「そんなにみんなで寄ってたかって言ったら日下が困るだろ。日下、どうする? やりたくないならやらないって言っていいんだよ」

風見くんが神様に見えた。でもみんなは、「風見、余計なこと言うな! 」「えー! もったいない! 」と口を揃えて残念そうにする。

僕を息をぎゅっと吸ってから笑ってみた。笑えていますように。

「……やるよ! 僕、頑張るから! 」

「マジ?! ありがとう!! 」

前野くんは握ったままの手をぶんぶんと振った。みんなからも「ありがとう! 」「日下様! 」「日下くんの女装楽しみ! 」と拍手が上がる。優征くんだけは、僕を変わらない目で見ていた。

「本当に大丈夫? 」

コソコソと耳打ちするように風見くんは言ってくれる。

「うん、平気だよ! 」

僕は元気に返事をしてみた。1度やると言ったのだ。取り返しはつかない。

みんなの盛り上がりを鎮めるようにして、佐合先生は足を組み直した。

「おいお前ら、メイド服と執事服は分かったけど、飲食なんだろ? 一体何を提供するんだ? それを決めないと申請出せないぞ」

その言葉に、前野くんは握ったままだった僕の手をバッと離して教卓に戻って言った。

「先生、何食べたい? 」

「俺に聞いてどーする。女子高生の食いたいもんなか知らねぇよ」

佐合先生は呆れたように眉をひそめた。

「リッキー! そんなおじさんに聞いたってわかるわけないだろ! 本田先生辺りに聞こうぜ! 」

佐藤くんは言う。美術の本田先生は、学校の中でも数少ない若い女性の先生だった。

クラスメイトたちから、「佐合をつけあがらせるな! むしろもっと俺たちに奢れ! 優しくしろ! 」と、クレームが飛び交う。

「誰がおじさんだ。言いたい放題だな、お前ら。俺は男には優しくしないんだ。代わりに女の子にはチョー優しいよ」

佐合先生は鼻で笑って腕を組んだ。そうかな? けっこう僕たちにも優しいと思うけれど。

佐藤くんはゲンナリとした顔で舌を出した。

「ウゲー。いちばんキモイおじさんだよそれ」

釣られるように、クラスメイトの大多数はキモっと声を上げた。優征くんに至っては、眉間に皺を寄せていた。

「……嘘つき」

前野くんが俯いてそう呟いたのは、教卓のそばにいた僕にしか聞こえていなかったと思う。……前野くん?

「先生、飲食は何が多いですか? 」

冷静に聞いたのは風見くんだった。

「そうだな。クレープ、タピオカ、たこ焼き、ポテトフライ、辺りじゃないか? 女子の客入りを期待して無難なラインナップだな」

住田くんはうーん、と首を捻って言った。

「それだとほかのクラスと差別化できないね。日下は? 何食べたい? 」

みんなの目がふたたび僕に。

「ぼく? 」

「うん。女の子役をやってもらう日下は何を食べたいかなって」

住田くんの目は真剣だった。もしかして、女の子として何が食べたいか聞かれている? そんなの分かるわけないよ。でもみんなの目は期待に満ちていて、無視できない雰囲気だ。えーと、女の子女の子……。身近な女の子として僕の脳裏に浮かんだのは、4歳の紬ちゃんだった。

「グミは? 女の子、グミ好きだよね」

いつもプリンセスになりきりながら、グミを頬張っている紬ちゃん。

「おー! いいんじゃね? さすが日下! 可愛い顔してるだけある! 」

前野くんが元気に褒めてくれた。さっきまで少し落ち込んでいたように見えたけれど、調子が戻っていて、僕はひとりで安心した。

「グミか。いいんじゃない? 俺の彼女もグミ好きだよ」

風見くんが頷いてくれる。へぇ、彼女いるんだ。わかる気がした。

クラス中から、「彼女持ち爆発しろ! 」「友達紹介しろ! 」などと好き勝手な声がした。

「嫌だよ。友達紹介なんかしたらお前らがっつくだろ。怖がらせたくないんだよ」

風見くんは苦笑いだ。

みんなは泣き真似をして、「うるせー! 」「カッコつけるなよー! 」とクレームをつけている。

「まあグミでいいでしょ? 」

みんなの文句をその一言で収めると、クラス中が満場一致な雰囲気になった。風見くんってすごいな。

「決まったらなら書いて提出しろー」

佐合先生は教卓に置き去りにされていた書類に視線を寄越した。

「はーい。店名はそーだな……」

前野くんはうーん、と少し首を捻ってから、黒板にチョークを軽快に走らせた。

『メイド&執事喫茶〜グミパーティーへようこそ! 〜』

「これでどう? 」

前野くんがみんなを振り返る。

「「「いいじゃん! 」」 」

みんなで即座に頷いて、文化祭については決まった。