高校1年生。初恋グミは優しい味でした。

デッサンの授業が始まってから1ヶ月、10月のはじめになった。週に1回の美術の授業は5回目。ドジを踏んだ足はすっかり良くなった。優征くんのヒヤリハットチェックは続いているけれど。

授業が始まる前の10分休憩で、デッサンの準備をする。自分の絵を持ってきて、イーゼルに乗せる。やわらかく線を重ねて描いている優征くんは少しずつ、全貌が見えてきていた。

優征くんはトイレに行っているので、優征くんの分も代わりに用意していると、僕の絵を見ているクラスメイトがいた。坊主頭でムードメーカーの、前野凛輝(まえのりき)くんだ。

自分の絵の前に戻るのに緊張する。前野くんとはまだ、話したことがなかった。前野くんだけではなく、優征くん以外のクラスメイトと、ロクに喋れていない。ようやくクラスメイト全員の顔と名前が一致したところだ。友達をつくる! と意気込んだ目標は、夢として終わるんじゃないかと怖くなっている。

よし戻る! と意気込むと、前野くんがくるりと僕の方を見た。空いていたふたり分位の距離を、サラッと詰められて、バレないように息を飲む。

「日下って絵うまいな」

まるでとっくに友達だったかのように、前野くんはニッと笑った。

「そ、そうかな? 」

対して、初対面丸出しになった。絵を描くのは好きなんだ、とさえ言えない。

「うん。ペア、飛田だよね? こんな優しそうな飛田見たことないと思うけど、この絵を見ていると、見たことあるみたいに思えてくる」

前野くんは、僕の未完成なデッサンをまじまじと見つめると、感心したように言ってくれた。

「あ、うん。優しいところを描こうと思って」

声は飛び跳ねた。分かってもらえてうれしくて。

前野くんは、ふーん、と言いながら、僕をじっと見つめてきた。探るような目だ。

「飛田って日下の騎士(ないと)なの? 」

騎士? 僕にとって騎士は物語上の人物で、強くてカッコイイということしか思いつかない。

「カッコイイってことだよね? うん! 優征くんはいつも優しくてカッコイイよ! 」

紬ちゃんには王子様に見えているみたいだけれど、前野くんには騎士に見えているらしい。僕にはどうだろう、と少し考えて、優征くんは優征くんだよな、としか思えなかった。

「ソウダネ……」

なぜか半信半疑のように、前野くんはカチコチと頷いた。

美術室の重たい扉が開いて、優征くんが戻ってきた。

「俺も戻るわ。いつも飛田とばっかりいるから話しかけづらかったけど、また話そうぜ! 」

じゃ! と手を振られる。

「あ、うん! ありがとう! 」

僕も手を胸まで上げて、力なく振り返してみた。優征くんといると話しかけづらいってなんだろうと思ったけれど、出来上がっている空気に入りづらいのは分かる。人と話すのが上手そうな前野くんも同じなんだな、と胸を撫で下ろした。

チャイムが鳴って、美術の授業は始まった。ザッザッザッ、と今日も少しずつ優征くんを作っていく。

「前野と何話してたんだ? 」

相変わらず緻密に僕を測って描いている、優征くんは聞く。

「この絵、優征くんが優しそうだって褒めてくれて。あと、また話そうって言ってくれて」

「そりゃよかったな」

優征くんは、難易度の高い折り紙みたいな、複雑な笑い方をした。初めて見る表情だった。

「優征くん? 」

「ん? 」

もういつもの顔に戻っていた。集中して、僕を描き写している。

「……なんでもない」

思わず呼んだけれど、どう聞けばいいのかわからなくて、黙り込んだ。