日付:四月某日
午前八時。校門前。今日も異常なし……いや、異常あり。
探偵研究部の小川先輩♡。今日もまた、新入生探しに奔走している。
彼の言動は、実に無防備だ。あの天真爛漫な笑顔。困っている人を見ると、無条件で助けてしまう天然のヒーロー。あの笑顔。
――脳内で、すでに一〇八回はループ再生している。
心底、あのテニス部に入った女子になりたかった。そこ代われ。
マタロウ会長は、小川先輩♡の探偵部の活動を、いつか潰すべき邪魔ものとして胡乱な目で見ているようだが私は違う。
なぜなら、一挙手一投足、曇りなき眼ですべて見ている。
忘れもしない、彼との初めての出会い。
――廊下の曲がり角でぶつかったあの瞬間。
「大丈夫?」
と差し出された、日に焼けたその大きな手。
そして太陽の如きその笑顔に、
私の心は根こそぎ刈り込まれてしまった。
――彼は探偵研究部とは名ばかりの、私の心を奪った大泥棒!!
さて、話を戻そう。
今日の彼の探偵活動は部活見学は、柔道部だったか。この間、月を名乗る華奢な女の子が、大男相手を投げ飛ばしていた。まさか女の子があんな動きを……。
探偵研究部の新入生も、何か気になったようでしきりに写真をタブレットで撮っている。
もし、小川先輩♡が見切れているなら、そのデータはこちらに提出するように。
ああ……汗が光っている小川先輩♡も男らしくて素敵……。
いっそ、胴着になってその体に密着……いや、いかんいかん(ゲフンゲフン)
もとい、生徒会副会長として見過ごすわけにはいかない。
今日の業務日誌には、こう記しておこう。
「探偵研究部・小川の動向を、厳重に監視すること」
日付:四月某日 放課後
今日子、動きます。
富谷マタロウ会長は校舎の屋上から、拡声器で叫んだ。
「でかした! 探偵部!」
私はその隣で、会長の拘束を黙々と解いていた。
そう。この日、小川先輩♡を助けるために、私も動いた。
事の起こりは早朝の昇降口。彼の姿を目に焼き付けるため、柱の陰にいたというのに。
「成瀬副会長」
まさかまさか声をかけられるなんて!
小川先輩♡は、いつになく真剣な目で、見つめている。
私じゃなく、下駄箱を。
「今日、マタロウは挨拶運動をしていないの? あいつの上靴がないから、多分校舎内にいると思うんだけど、どこに行ったか探してくれない?」
――ああん。そんな甘い声で頼まれたら、断るわけ無いじゃないですかー♡
私は会長を捜し校内をくなまく歩いた。
いったいどこに行ったのか。
生徒会室はもちろん、体育館も、音楽室にもいない。そして、私は気づいた。屋上をまだ見に行っていない。
普段は鍵の掛かっているはずのその扉は、あっけなくカラカラと開いた。
そして、目にしたその光景は、異常事態を伝えていた。
体操服のTシャツに短パン。眼鏡を取られて、口はタオルで塞がれている。手は結束バンドで拘束されたマタロウ会長がそこにいた。異常事態を伝えるべく、すぐさま拡声器を生徒会室から持ち出した。
――マタロウ先輩に化けていた不審者は無事捕まった。
今回の事で、ますます小川先輩♡の探偵としての才能と、初恋泥棒としての底知れない魅力を感じることができた。
普段いがみ合っているマタロウ会長の、日ごろのちょっとした変化も見逃さない、その鋭い直感力。
――ああ、そのまっすぐな瞳で射抜かれたい♡
「ニセモノを捕まえることができたのは、探偵研究部のおかげだ」
と、めずらしく会長は感謝していた。
それは同意だ。
――いやいや、やはりそれはおかしい。
本当に感謝されるべきは、私だ。
校内をへとへとになるまで歩き回って、拉致された現場を見つけて拘束を解いたのは私なのだから。
会長は私にもっと感謝の言葉をかけていいと思う。
「今日子君。部室棟ばかり見てないで仕事して」
といつもの超現実主義者な声がする。
私は、表情筋を一切動かさず、あの色の褪せたトタン屋根の部室を眺める。
ガラス窓から、愛しい先輩と、あとはどうでもいい二人――探偵研究部の姿が見える。
それにしても、小川先輩♡。なぜ、その直感を持って、私のあふれんばかりのこの思いには気づいてくれないのだろうか。私のこの、一切の表情を動かさない、クールな態度も。
いつか気づいて欲しくて、私は人差し指を拳銃のように、
「バン!」
と彼に向かって打ち込んだ。
日付:五月某日
今日は、人生で最も忙しい一日だった。
マタロウ会長は、小川先輩♡と高杉先輩にそそのかされ、とんでもないイベントを企画してしまった。副会長の私をはじめ、執行部になんの相談もなく!!!
その名も「部室争奪デスマッチ」。
全校生徒を巻き込む、学園史上最大の大運動会。その運営は、すべて生徒会に一任された。
朝から晩まで、走り回りっぱなしだった。 借り物競争の準備、クイズの作成、玉入れの準備、鬼ごっこのトラック準備……。
特にマタロウ会長の厨二感漂うマイクパフォーマンスには辟易した。
対する小川先輩♡の応援団の長ラン姿は、心のメモリーに永久保存したいぐらいの凛々しさだった。これぞ目福……!!
しかし、思いもしないハプニングも起こった。借り物競争で、小川先輩♡が田代美幸さんを、まさかまさかの、ひ、ひひひひ姫抱っこ――!! ちょっと美幸さん! そこ代われ!!(二回目)
そして、小川先輩のライバルというのもおこがましいオカルト研究会の高杉先輩が、見慣れぬ女子(?)に連れ去られていた。
そしてその子は小川先輩の傍に座る。小川先輩は一瞬びっくりしたようにその子を見て、納得したようにうなずいてから、また何事もなかったように前を向いた。
え? 知り合い? あんた誰? ちょっと名を名乗れ!!
******
おさるのかごやなんて時代錯誤のゲームと思っていたら、神が私に天国を見せてくれた。小川先輩♡と私の直接対決!
これはもうデートと言っても過言ではないのでは??
彼が私に話しかけてくれる。すぐさま返事をしたかったけれど、執行部である私はそれが今はできない。ロミオとジュリエットのような悲恋……。
しかし次の瞬間、彼が叫んだ。
「今日子ちゃん!」
ファーストネーム呼びよ!
なんという衝撃と破壊力。すべてがフリーズしてしまい、本当に天に召されるところだった。
******
そして、しっぽとり鬼ごっこで、後輩を守りながら戦う真剣な眼差し。
あぁ……格好良い。握りしめられてるハチマキになりたい。
そして、最終決戦。砂埃だらけになりながら、低レベルの罵り合いを始めるピュアな小川先輩♡と高杉先輩。
マタロウ会長の仲裁が入ったものの、その時、私が見たものは、二人の、とても幸せそうな笑顔だった。
(て……てえてえ……!!!)
今後、探偵研究部の部室は、オカルト研究会と共同スペースになる。
明日からも、私は、彼らのドタバタ劇を、完璧にサポートしよう。私のこの熱いハートが、誰にもばれないように、表情筋を一切動かさずに。
業務日誌には、こう書いておく。
「探偵研究部・小川の動向を、厳重に監視すること。さらに、高杉の動向も同様とする。監視を強化すべし」
【生徒会日記① 成瀬今日子】・了
午前八時。校門前。今日も異常なし……いや、異常あり。
探偵研究部の小川先輩♡。今日もまた、新入生探しに奔走している。
彼の言動は、実に無防備だ。あの天真爛漫な笑顔。困っている人を見ると、無条件で助けてしまう天然のヒーロー。あの笑顔。
――脳内で、すでに一〇八回はループ再生している。
心底、あのテニス部に入った女子になりたかった。そこ代われ。
マタロウ会長は、小川先輩♡の探偵部の活動を、いつか潰すべき邪魔ものとして胡乱な目で見ているようだが私は違う。
なぜなら、一挙手一投足、曇りなき眼ですべて見ている。
忘れもしない、彼との初めての出会い。
――廊下の曲がり角でぶつかったあの瞬間。
「大丈夫?」
と差し出された、日に焼けたその大きな手。
そして太陽の如きその笑顔に、
私の心は根こそぎ刈り込まれてしまった。
――彼は探偵研究部とは名ばかりの、私の心を奪った大泥棒!!
さて、話を戻そう。
今日の彼の探偵活動は部活見学は、柔道部だったか。この間、月を名乗る華奢な女の子が、大男相手を投げ飛ばしていた。まさか女の子があんな動きを……。
探偵研究部の新入生も、何か気になったようでしきりに写真をタブレットで撮っている。
もし、小川先輩♡が見切れているなら、そのデータはこちらに提出するように。
ああ……汗が光っている小川先輩♡も男らしくて素敵……。
いっそ、胴着になってその体に密着……いや、いかんいかん(ゲフンゲフン)
もとい、生徒会副会長として見過ごすわけにはいかない。
今日の業務日誌には、こう記しておこう。
「探偵研究部・小川の動向を、厳重に監視すること」
日付:四月某日 放課後
今日子、動きます。
富谷マタロウ会長は校舎の屋上から、拡声器で叫んだ。
「でかした! 探偵部!」
私はその隣で、会長の拘束を黙々と解いていた。
そう。この日、小川先輩♡を助けるために、私も動いた。
事の起こりは早朝の昇降口。彼の姿を目に焼き付けるため、柱の陰にいたというのに。
「成瀬副会長」
まさかまさか声をかけられるなんて!
小川先輩♡は、いつになく真剣な目で、見つめている。
私じゃなく、下駄箱を。
「今日、マタロウは挨拶運動をしていないの? あいつの上靴がないから、多分校舎内にいると思うんだけど、どこに行ったか探してくれない?」
――ああん。そんな甘い声で頼まれたら、断るわけ無いじゃないですかー♡
私は会長を捜し校内をくなまく歩いた。
いったいどこに行ったのか。
生徒会室はもちろん、体育館も、音楽室にもいない。そして、私は気づいた。屋上をまだ見に行っていない。
普段は鍵の掛かっているはずのその扉は、あっけなくカラカラと開いた。
そして、目にしたその光景は、異常事態を伝えていた。
体操服のTシャツに短パン。眼鏡を取られて、口はタオルで塞がれている。手は結束バンドで拘束されたマタロウ会長がそこにいた。異常事態を伝えるべく、すぐさま拡声器を生徒会室から持ち出した。
――マタロウ先輩に化けていた不審者は無事捕まった。
今回の事で、ますます小川先輩♡の探偵としての才能と、初恋泥棒としての底知れない魅力を感じることができた。
普段いがみ合っているマタロウ会長の、日ごろのちょっとした変化も見逃さない、その鋭い直感力。
――ああ、そのまっすぐな瞳で射抜かれたい♡
「ニセモノを捕まえることができたのは、探偵研究部のおかげだ」
と、めずらしく会長は感謝していた。
それは同意だ。
――いやいや、やはりそれはおかしい。
本当に感謝されるべきは、私だ。
校内をへとへとになるまで歩き回って、拉致された現場を見つけて拘束を解いたのは私なのだから。
会長は私にもっと感謝の言葉をかけていいと思う。
「今日子君。部室棟ばかり見てないで仕事して」
といつもの超現実主義者な声がする。
私は、表情筋を一切動かさず、あの色の褪せたトタン屋根の部室を眺める。
ガラス窓から、愛しい先輩と、あとはどうでもいい二人――探偵研究部の姿が見える。
それにしても、小川先輩♡。なぜ、その直感を持って、私のあふれんばかりのこの思いには気づいてくれないのだろうか。私のこの、一切の表情を動かさない、クールな態度も。
いつか気づいて欲しくて、私は人差し指を拳銃のように、
「バン!」
と彼に向かって打ち込んだ。
日付:五月某日
今日は、人生で最も忙しい一日だった。
マタロウ会長は、小川先輩♡と高杉先輩にそそのかされ、とんでもないイベントを企画してしまった。副会長の私をはじめ、執行部になんの相談もなく!!!
その名も「部室争奪デスマッチ」。
全校生徒を巻き込む、学園史上最大の大運動会。その運営は、すべて生徒会に一任された。
朝から晩まで、走り回りっぱなしだった。 借り物競争の準備、クイズの作成、玉入れの準備、鬼ごっこのトラック準備……。
特にマタロウ会長の厨二感漂うマイクパフォーマンスには辟易した。
対する小川先輩♡の応援団の長ラン姿は、心のメモリーに永久保存したいぐらいの凛々しさだった。これぞ目福……!!
しかし、思いもしないハプニングも起こった。借り物競争で、小川先輩♡が田代美幸さんを、まさかまさかの、ひ、ひひひひ姫抱っこ――!! ちょっと美幸さん! そこ代われ!!(二回目)
そして、小川先輩のライバルというのもおこがましいオカルト研究会の高杉先輩が、見慣れぬ女子(?)に連れ去られていた。
そしてその子は小川先輩の傍に座る。小川先輩は一瞬びっくりしたようにその子を見て、納得したようにうなずいてから、また何事もなかったように前を向いた。
え? 知り合い? あんた誰? ちょっと名を名乗れ!!
******
おさるのかごやなんて時代錯誤のゲームと思っていたら、神が私に天国を見せてくれた。小川先輩♡と私の直接対決!
これはもうデートと言っても過言ではないのでは??
彼が私に話しかけてくれる。すぐさま返事をしたかったけれど、執行部である私はそれが今はできない。ロミオとジュリエットのような悲恋……。
しかし次の瞬間、彼が叫んだ。
「今日子ちゃん!」
ファーストネーム呼びよ!
なんという衝撃と破壊力。すべてがフリーズしてしまい、本当に天に召されるところだった。
******
そして、しっぽとり鬼ごっこで、後輩を守りながら戦う真剣な眼差し。
あぁ……格好良い。握りしめられてるハチマキになりたい。
そして、最終決戦。砂埃だらけになりながら、低レベルの罵り合いを始めるピュアな小川先輩♡と高杉先輩。
マタロウ会長の仲裁が入ったものの、その時、私が見たものは、二人の、とても幸せそうな笑顔だった。
(て……てえてえ……!!!)
今後、探偵研究部の部室は、オカルト研究会と共同スペースになる。
明日からも、私は、彼らのドタバタ劇を、完璧にサポートしよう。私のこの熱いハートが、誰にもばれないように、表情筋を一切動かさずに。
業務日誌には、こう書いておく。
「探偵研究部・小川の動向を、厳重に監視すること。さらに、高杉の動向も同様とする。監視を強化すべし」
【生徒会日記① 成瀬今日子】・了

