探偵研究部。――カケラノセカイーー ② 部室争奪戦!

 波乱の運動会が始まった。

 午前中は、いつも通りの運動会。徒競走やクラス対抗のリレー競技。綱引きや棒倒しなどのオーソドックスな競技が続く。
 小川は俊足を生かしてクラスの得点に貢献したし、長ラン姿の応援団姿で場を沸かせる。
 平屋は、クラスリレーの走者順など、データに基づいてマネジメントして担任に褒められた。
 未知が、他の女子に混ざってポンポンを持ってチアリーディングをしたり楽しんでる姿を、SPたちも木陰でニコニコ見ていた。

 そして、弁当を食べてから、いよいよ生徒会主催の部室争奪トーナメントに移った。
 午前中のさわやかさが噓のように、校庭で部活同士固まり、コソコソ、ヒソヒソと作戦を練りながらの昼食。

 小川は特大のおにぎり(自作)、平屋はサンドイッチ(コンビニ)、未知はおいなりさん(お祖母様作)を食べながら、作戦会議をしていた。
 事前には「知力・体力・技術・運」の競技としか明かされていない。一体どんなお題が来るかは全く見当もつかないのだ。

「生徒会役員の口も堅くてさ、成瀬副会長に聞いても答えてくれなかったんだよな」

 と小川が言う。

「『体力』とか馬力系は小川先輩に任せて、『知力』は僕か未知に任せてくださいよね」
「『技術』……ってなんだと思いますか?」
「うーん。手先の器用さとか?」
「じゃあ運は?」
「くじ運?」

「ともかく、うちの学校は、正規の部活動は十四個あります。今回名乗りを上げたのが『オカルト研究会』。つまり、部室を持っていない部は、ビリの一つの部だけになるんです。ならば、ビリにさえならなければいい。いいですね。無理に一位を狙わなくてもいい! 確実に点数をとっていきましょう!」

 平屋がぴしゃりとそう言い切った。

 昼休みが終わろうとしている頃、平屋の姿が見えなくなった。
 小川と未知は、まあ平屋のことだし大丈夫だろ、と選手席に向かった。

 マタロウが朝礼台に立ちスピーチを始める。
 先日の校長からの無茶ぶりに生徒会室で突っ伏して泣いている姿はどこへやら。
 なんだか吹っ切れたような顔をして、拡声器を構えた。マイクじゃないのかよ、というツッコミは置いておく。

「あー、あー、本日は晴天なり。午後からの競技は、部活動対抗デスマッチだ! 事の起こりは、みんな知ってのとおり、部室のない『オカルト研究会』が『探偵研究部』の部室を奪おうといがみ合ったことから始まった。『よこせ』『いやだ』の一点張りだ。これが、民主主義か? いや、違う。我々は、公正を期して、この度、全部活動が参加する部室争奪トーナメント。通称――デスマッチを開催することにした」

 マタロウが大きく叫んだ。

「始めたのは『探偵研究部』『オカルト研究会』の馬鹿二人からだったが、それに乗る他の部活のおまえらも大概馬鹿だ! そして必死に企画した俺たち生徒会も大馬鹿野郎だ! 同じバカなら、本気出していくぞ!!」

「おおおお――!!!!」

 とあちこちから怒号が聞こえる。
 小川は思わず、

「昭和の少年漫画かよ……」

 と呟いた。
 マタロウが大きく叫ぶ。

「第一の試練は、まずは『運』。こいつを味方に付けるものが勝つ。『借り物競争』だ!」

 マタロウの号令で、一レーンから八レーンの部員たちが一斉に走り出した。
 小川は陸上部の次に着き、すぐさまカードを取った。

「美人」と書かれたカードだった。

「おーっと! 探偵研究部の小川君が、いきなり『美人』のカードを引いたぞ! 彼の審美眼に値する女子は、いったい、どの子だろう!」

 放送部が煽るように実況する。
 小川は、きょろきょろと眺めてから、すぐにテニス部に向かう。わあっと色めき立つ外野に構わず真っすぐに、テニス部の田代美幸を姫だっこして、一位でゴールインする。

「抱える必要ないでしょ!」

 と、真っ赤な顔をした田代に後ろから叩かれながら、小川は、

「美人って言ったら、田代だろ!」

 事も無げに言う。

「一〇〇ポイント先取! 天然タラシは健在です!」

 生徒会のお題はなかなか難しく「眼鏡をかけてる人」「ポニーテールの人」は当たりで、「好きな人」のような公開処刑もあり、美術部長と科学部長のまさかの小さな恋のメロディーが炸裂した。

「あ、あいつら、そういう……」

 と、小川はつぶやいた。

 次の走者は高杉だった。
 何とか穏便に事を進められるよう祈っていたが、高杉が手に入れたカードは、「この中で一番かわいい子」だった。

(はあ? イケメンの俺様は、誰選んでも角が立つじゃねえか!)

 と思った。その時だった。
 見たことのない女子が、目の前に立っていた。
 高杉の目が、その子にくぎ付けになる。

(うわ……かわいい。俺好みの、ロングヘアーのハーフアップ)

 自然なまん丸の茶色い目。小作りな顔。恥ずかしがり屋なのか、手を軽くグーにして、口元に添えてる。なぜか男子の青いジャージを着ていることも、気にならなかった。
 そして、極めつけは目が合ったと思ったら、いたずらっぽくウインクする。彼女の周りにキラキラとしたハートのエフェクトが飛ぶ。

(落ちた……。俺完全に)

 高杉はその子の前に立ち、手を差し出していた。

「あの……良かったら、俺と一緒にゴールしてくれませんか?」

 そう言うと、その子はにっこり笑って、高杉の手を取って、

「喜んで。高杉先輩」

 と、ニヤリと笑った。
 その瞬間、高杉の背中に衝撃が走る。
 声で分かった。

「おまっ! おまえ! 平屋か!!!」

 平屋は、グッと高杉の手を握った。

「コウイカの擬態からヒントをもらいましたよ!」

 そして、ゴールとは反対方向に高杉を引っ張っていく。

「コウイカ? なんのことだよ! 手を離せ! チェンジ! チェンジで!」
「借り物競争に、チェンジはありません!!」

 無情にもアナウンスが響く。

「おーっと。オカルト研究会の高杉君。謎の美少女(?)に連れ去られ、コースアウト! 失格です」

 かくて、高杉は、ポイント〇であった。
 未知が平屋から預かったタブレットには、このように書かれていた。

『コウイカ(海の変装の名手)
 コウイカのオスの中には、体の色や模様を瞬時に変えてメスそっくりに擬態する種類がいます。生存戦略――大きなオスに勝つために、小さなオスは半分だけメスに擬態して、大きなオスを油断させます。その隙に小さなオスは本物のメスを奪います』

「なるほど……」

 と、コースアウトしていく平屋と高杉を見送りながら、未知はつぶやいた。

 マタロウが大きく叫ぶ。

「第二の試練。次は知力勝負! 『答えはどっち?』だ。運動会に浮かれて、勉強を二の次にしていた脳筋どもには厳しい試練だ! 頭をひねってクリアするがいい!」

 小川は自分に言われているようで、盛大なあかんべをお見舞いした。

 知力勝負は、学園のトラックを一周走る間、三つのブースで問題を受け取り、正解のパネル(AかB)を目指して再び走る、という形式だった。(分からない場合は、一度コースアウトして他の部員同士相談して答えても良い)
 探偵研究部からは、未知が出場する。

「おい! 困ったら、すぐこっちに助けを求めにこいよ!」

 と小川が声をかける。

「はい、先輩!」

 未知は、小川の言葉に力強く頷いた。

「位置について……よーい、ドン!」

 号令と共に、体育会系の部活が一斉に飛び出す。並居る運動部に押されるように、未知は、華奢な体でなんとか集団についていっている状態だ。

 ――だが、勝負はブースに着いた瞬間に、決まった。

 最初のブースは「数学の文章問題」。多くの生徒がブースの机に置かれた問題用紙を手に取り、うんうん唸り始めた。ようやくブースに到着した未知はそれを一瞥しただけで、すぐさま走り出した。

 平屋(まだ変装を解かない)は、「え?」と信じられないものを見るように未知を目で追った。

(あいつ……走りながら計算してる)

 未知はBパネルを叩くと、ジャッジの役員が「正解!」と声を上げる。
 そして即座に次のパネルに向かって走り出す。
 走る速さは普通だが、頭の回転は一足先に回ってるようだった。

 次のブースは「英語の長文読解」。これもまた、一瞥さっと見ただけで問題を置いて走り出す。単独トップだった。

「A!」
「正解」

 せっかく後続が追い付いても、未知の回答の時間が早すぎて、追いつけないでいる。
 最後の問題は「古文」だった。
 初めて未知は問題を見てから、困った、という顔をした。

『名にし負はば 逢坂(あふさか)山の さねかずら』

 次の正しい下の句はなんだ。
 パネルA・「人に知られで くるよしもがな」
 パネルB・「人に知られで あふよしもがな」

 未知は焦った。

(百人一首は、履修してない!)

 あふさか山(逢う坂山)……ならば「あふよしもがな」(会うよしもがな)だろうか?
 でも、続く「さねかずら」って何?

 未知はふっと、小川と平屋のいるブースを見た。あそこまで言って助けを求めていたら、きっと脚力で他の部に負けてしまうだろう。
「さねかずら」……。似たような名前を聞いたことがある。
 あれは確か「さなづら」。

 ――そう。お祖母様が、手招いてくれた。

『美知ちゃん。こっちに来て一緒に食べましょう』

 差し出してもらったお菓子はとてもすっぱくて、苦手だった。
 濃い赤紫のゼリー。
 あれの原料は確か、「山ぶどう」。
 山ぶどうは、つる植物だ。
「――づ(ず)ら」はつる植物の日本名。

 だったら「さねかずら」も、つる植物の一種だろう。
 蔓(つる)……。

 夏の暑い日、屋敷の庭師さんが言う。家の楡の木にツタが絡まっていた。

『ツタは一度生えちゃうと大変なんだ。こうやって、手繰り寄せて、根から切らないと』

 庭師さんは、ぐいぐいと引っぱり、手繰り寄せ、長いつるが地面から飛び出してきた。

「手繰る」(たぐる)=「繰る」(くる)

 小川が、心配そうにこっちを見ている。
 手招くジェスチャーをしている。迷うくらいならこちらに来いという意味だろう。
 そう、「来る」という意味だ。

 つまりツル科の「さねかずら」は、蔓を「繰る」。そして恋人に会いに「来る」にかかる言葉――。

 未知は走り出した。
 そして、迷わず「A」のパネルを選んだ。「正解」のジャッジにガッツポーズし、ダントツ一位で一〇〇ポイントを奪取した。

「よっしゃあ! なんか分かんないけど、あいつ自力で解いたぜ!」

 小川も両手を上げた。

 隣で、平屋は「こっちに来たらすぐ教えたのに! かわいくない!」とタブレットで百人一首を出しながらぼやいていた。

 今のところ、探偵研究部、二〇〇ポイント満点の滑り出しだ。
 オカルト研究部は、借り物で〇ポイント、知力問題で、智子がなんとか五〇ポイント取って、すでに一五〇ポイントの差がある。
 これならいけるぞ、と三人で頷きあった。

 ところがである。

「では、いよいよ第三の試練。次は、『技術力』だ。技術と言ってもいろいろある。指先の器用さ、要領の良さ。動体視力もあるだろう。それから、コミュニケーション能力もだ。これらを融合したゲーム。それこそが、この『おさるのかごや』で玉入れ競争、だ!!」

 無表情の成瀬率いる生徒会執行部が、背中におさるのかごやよろしく、大きなかごをリュックのように背負ってやってきた。

「普通の玉入れは、動かぬかごに玉を入れるだけだが、このゲームは一味違うぞ。なぜならこの執行部役員たちの好感度がそのまんま点数に響くからな! 彼らの機嫌を損ねないように、うまくかごに玉を入れろ! 制限時間は三分だ」

 ゲームが始まった。
 探偵研究部は二戦目にあたっていたので、今は見学である。

 まずバスケ部。シュートの要領で次々に正確に玉をかごに向かって投げていく。
 長身のイケメン陽キャ集団たちに、黄色い声援がギャラリーから飛ぶ。すると余裕で手を振り返すバスケ部。

 しかし、そんな姿を執行部の男子(眼鏡・小柄・見るからに陰キャ)が頭に来たのか、かごに入った玉をすべてジャンプして放り出した。

「え? あんなのいいのか!?」

 と小川が声を上げる。
 慌てて、バスケ部長が執行部男子に何やら声をかける。その隙にどんどんと他のバスケ部員たちは玉を入れていく。
 どうやら彼をヨイショしているようだ。しかし、それも上から目線なのが気に入らないようで、またしてもジャンプですべての玉が外に出される。
 バスケ部員たちが焦りだした。

「くそう! いったい、どれが正解なんだ!」

 一方の女子テニス部。明るい女子の声が響く。

「お願ーい。そこ動かないで!」

 田代が執行部に、手を合わせてウインクしながら頼み込んでいる。すると、執行部の男子は顔を赤くしてピタリと止まった。あとは入れ食いだ。
 どんどん玉が入っていく中、田代は「何年生? そうなんだ。大人っぽいね。背が高いね? 音楽は何が好きなの? えー……推しは?」なんて世間話をしていく。あっという間にかごは満杯になる。さすが学園の姫であった。

 そしてオカルト研究会。
 なんと、女子テニス部に負けじと、かごがいっぱいになっている。
 それもそのはず。

「それでさ……そこの階段に入ると、生ぬるーい風が吹き込んできてさあ……女のか細い声が、『こっちよ……こっちよ……』って……」

 なんと、高杉が本領発揮で怪談を聞かせていた。ガチめに怖い語りに、恐ろしくも夢中になる執行部の背中にめがけて、智子は遠慮なく、どんどん玉を入れていく。

「あ、あんなのもありなの?」

 と小川は金縛りにあったように戦慄した。
 そうして、いよいよ探偵研究部の出番となった。

 なんと、おさるのかごは、副会長の成瀬今日子が背負っている。全く表情筋を動かさないその強敵感に、三人はたじろぐ。

 ――一体、どこをとっかかりに近づけばいいというのだ。

 平屋は「うわー。マタロウ会長の恣意を感じる……!」と呻いた。

「パン!」と開始の号令と共に、未知と平屋はとにかく成瀬の背中のかごに向けて玉を投げていく。
 しかし、背中に目でもついているのだろうか。俊敏な動きで、玉を入れまいと成瀬は避けていく。小川はじりじりと成瀬に近づいて話をしようとするも、成瀬の方は一歩も近づけまいと後ろに下がって行く。
 小川は「副会長……成瀬さん……!」と声をかけ続けるが、どんどん遠ざかる。

(くそう、好きな映画の話? 音楽? どの話題を振ればいいんだ……?)

「えーっと、好きな……好きな果物は……?」

未知と平屋は小川が外しまくっているのを冷静に見ていた。普段は天然タラシなのに、肝心の時はヘタレらしい。

「えーと。豚骨と、醬油と、味噌。ラーメンどれが好き?」

謎の情報だ。成瀬はまだまだ離れていく。これでは玉は届かない。
 小川は、観念したように、上を向いてから、最後にしっかりと成瀬今日子を見た。

「今日子ちゃん」

そう、名前で呼んだら、成瀬が止まった。
 すかさず未知と平屋がボールをかごに入れたところで、終了――時間切れであった。

玉入れの結果
 一位――女子テニス部、オカルト研究会 一〇〇点
 ……
 十二位:探偵研究部 三〇点
 ……
 最下位:バスケ部 〇点

総合点で、探偵研究部は、二三〇点。
 オカルト研究会は、一五〇点。
 点差は縮まった。