五月――。
昨日までの雨が空気を洗い、葉桜となった樹木の緑が目に鮮やかな朝。
第一中学校の昇降口前では
「よろしくお願いしまーす」
「お願いしまーす」
と男子二人の声がする。
探偵研究部の長身の部長・小川は、暑そうに全開にした学ランに、少し汗を滲ませながら力の入った声でビラを渡していく。
その隣。
一回り小柄の副部長・平屋は、指定の紺のセーターをふんわり萌え袖にしつつ、少し高めの声でビラを渡していく。
生徒たちは「探偵研究部」と書かれたビラを、くすくすと冷やかしに受け取ったり、あしらったりしながら校内に入る。
「アメでもつけなきゃ、今の時期は厳しいかな」と平屋がこぼす。
「ばか。それじゃ一発で生徒会に目をつけられる」
二人は目配せしながら
「お願いしまーす」
と続ける。
新入生獲得のための凸凹コンビによるビラ配りは、すでに毎朝の風物詩となっていた。
しばらくすると、校門前にキキっと黒塗りのハイヤーを停めて現れたのは、亜麻色の髪のショートカットと不思議と青みがかった瞳を持つ、入部を決めたばかりの有栖川美知、通称・未知の姿だった。
彼女の隣には、こちらもすっかりお馴染みになった黒スーツをビシッと決めたSP二人もついて来ている。
SPごと、パタパタと未知は駆け寄ってくる。
「先輩たち! ビラ配りやるなら言ってくださいよ! 一緒にやりますよ!」
と言って、平屋のビラの半分をひったくるようにもらう。
「いやー、SP付きの未知にお願いするのも悪いからさあ……」
小川はモゴモゴ言い淀むが、
「変な遠慮は無し! 一緒にやりましょう!」
光の強い目で二人を軽く睨んでから、登校する生徒たちに、
「おねがいしまーす」
と、さっさとビラを渡していく。
未知と、その後ろのSPに驚きつつも、生徒たちは興味深そうにビラを受け取っていった。
その姿に、小川も平屋もホッとする。
先月の、偽マタロウの大捕物のゴタゴタはあったが、学校はすっかりいつもの平和な風景に戻っていた。
一人の男子生徒がニヤニヤと笑いながら未知に近づいて来た。
雑に染めた茶髪のロン毛をハーフアップにしたチャラそうなその男は、ビラを一枚受け取ってから、その顔を覗き込む。
「よう、そこの可愛いお嬢さん。SPなんてつけて、一体何者なんだい?」
カッターシャツをゆるく袖まくりし、ダボついたベージュのニットベストを着崩した、流行りを追ったようなその男は、軽薄にウインクしながら声をかけた。
未知は、新種の虫でも見るように怪訝な顔をする。
「俺は、三年B組の高杉。よろしくな」
ついでとばかり、ほっぺたにまで触っていくから、未知は「うわぁー」と口角を下げてから手の甲でゴシゴシとその頰をぬぐう。
「おい、高杉! お前また性懲りもなく女子に変なちょっかいかけて!」
見かねた小川の怒号に、高杉はニヤニヤと笑い、肩をすくめる。
「可愛い子ちゃんに声をかけるのは、アムールの国なら当然のことだぜ」
「ここは、フランスじゃない。日本です!」
平屋が鋭く突っ込む。
「まあ、そう硬くなるなよ、お二人さん。
その、未知ちゃん? の才能は、もっと相応しい場所で活躍させるべきだね! どうだい? 今からでもうちの同好会に……」
その時、生徒会長のマタロウが、校門の挨拶運動を終え走って戻って来た。
小川と高杉を見るなり、
「お前ら! 朝っぱらから騒ぎ起こすなよ!」
と鋭く声をかけてから、直ぐににこやかに、
「未知くん、おはよう! 今日もSP付きの颯爽とした登校! さすがだね!」
と、未知の手を握り目を輝かせる。小川は、
(こいつもかよ……)
と天を仰ぐ。
「やはり、君のような優秀な人材は、生徒会に引き抜きたい!」
「こら! マタロウ! お前もか!」
小川は、マタロウと高杉を睨みつけ、未知を背中に隠した。
「俺たちの部員に、手を出すんじゃねえ!」
「なんだよ、小川。そんなに独り占めしたいのか?」
高杉がニヤニヤと笑うと、マタロウも負けじと声を荒げた。
「未知くんは、生徒会でこそ活躍できる人間だ! 探偵研究部なんかには、もったいない!」
三人の言い争いに、未知は困惑した表情を浮かべる。
「あの、私は……」
未知が何か言おうとしたその時、平屋が呆れたようにタブレットをシュッとフリックして、二人に見せる。
「高杉先輩、マタロウ先輩。未知さんは、もうすでに探偵研究部の正式な部員です。無理な勧誘は、部活動規則に反するんじゃないですか!」
画面の部活動規則には、
『本人の意思を無視した勧誘は厳に慎むべし』とある。
言い返す言葉もないマタロウ。
「ぐう!! なんてもったいない! 才能のムダ遣いだ!」
嘆かわしそうに苦悶の表情を浮かべる。
「まあ、いいさ。いつか、俺の魅力で君を同好会にふりむかせてみせるぜ!!」
高杉はそう言って、人差し指と中指を揃え「アデュー」と片手の挨拶を残して、さっさとその場を後にした。
「未知くん、本当に、このお荷物の部活でいいのかい……?」
未練がましくマタロウは言う。
「はい! もちろん!」
とはっきり言い切る未知に、小川と平屋はふっと笑顔を漏らした。
昨日までの雨が空気を洗い、葉桜となった樹木の緑が目に鮮やかな朝。
第一中学校の昇降口前では
「よろしくお願いしまーす」
「お願いしまーす」
と男子二人の声がする。
探偵研究部の長身の部長・小川は、暑そうに全開にした学ランに、少し汗を滲ませながら力の入った声でビラを渡していく。
その隣。
一回り小柄の副部長・平屋は、指定の紺のセーターをふんわり萌え袖にしつつ、少し高めの声でビラを渡していく。
生徒たちは「探偵研究部」と書かれたビラを、くすくすと冷やかしに受け取ったり、あしらったりしながら校内に入る。
「アメでもつけなきゃ、今の時期は厳しいかな」と平屋がこぼす。
「ばか。それじゃ一発で生徒会に目をつけられる」
二人は目配せしながら
「お願いしまーす」
と続ける。
新入生獲得のための凸凹コンビによるビラ配りは、すでに毎朝の風物詩となっていた。
しばらくすると、校門前にキキっと黒塗りのハイヤーを停めて現れたのは、亜麻色の髪のショートカットと不思議と青みがかった瞳を持つ、入部を決めたばかりの有栖川美知、通称・未知の姿だった。
彼女の隣には、こちらもすっかりお馴染みになった黒スーツをビシッと決めたSP二人もついて来ている。
SPごと、パタパタと未知は駆け寄ってくる。
「先輩たち! ビラ配りやるなら言ってくださいよ! 一緒にやりますよ!」
と言って、平屋のビラの半分をひったくるようにもらう。
「いやー、SP付きの未知にお願いするのも悪いからさあ……」
小川はモゴモゴ言い淀むが、
「変な遠慮は無し! 一緒にやりましょう!」
光の強い目で二人を軽く睨んでから、登校する生徒たちに、
「おねがいしまーす」
と、さっさとビラを渡していく。
未知と、その後ろのSPに驚きつつも、生徒たちは興味深そうにビラを受け取っていった。
その姿に、小川も平屋もホッとする。
先月の、偽マタロウの大捕物のゴタゴタはあったが、学校はすっかりいつもの平和な風景に戻っていた。
一人の男子生徒がニヤニヤと笑いながら未知に近づいて来た。
雑に染めた茶髪のロン毛をハーフアップにしたチャラそうなその男は、ビラを一枚受け取ってから、その顔を覗き込む。
「よう、そこの可愛いお嬢さん。SPなんてつけて、一体何者なんだい?」
カッターシャツをゆるく袖まくりし、ダボついたベージュのニットベストを着崩した、流行りを追ったようなその男は、軽薄にウインクしながら声をかけた。
未知は、新種の虫でも見るように怪訝な顔をする。
「俺は、三年B組の高杉。よろしくな」
ついでとばかり、ほっぺたにまで触っていくから、未知は「うわぁー」と口角を下げてから手の甲でゴシゴシとその頰をぬぐう。
「おい、高杉! お前また性懲りもなく女子に変なちょっかいかけて!」
見かねた小川の怒号に、高杉はニヤニヤと笑い、肩をすくめる。
「可愛い子ちゃんに声をかけるのは、アムールの国なら当然のことだぜ」
「ここは、フランスじゃない。日本です!」
平屋が鋭く突っ込む。
「まあ、そう硬くなるなよ、お二人さん。
その、未知ちゃん? の才能は、もっと相応しい場所で活躍させるべきだね! どうだい? 今からでもうちの同好会に……」
その時、生徒会長のマタロウが、校門の挨拶運動を終え走って戻って来た。
小川と高杉を見るなり、
「お前ら! 朝っぱらから騒ぎ起こすなよ!」
と鋭く声をかけてから、直ぐににこやかに、
「未知くん、おはよう! 今日もSP付きの颯爽とした登校! さすがだね!」
と、未知の手を握り目を輝かせる。小川は、
(こいつもかよ……)
と天を仰ぐ。
「やはり、君のような優秀な人材は、生徒会に引き抜きたい!」
「こら! マタロウ! お前もか!」
小川は、マタロウと高杉を睨みつけ、未知を背中に隠した。
「俺たちの部員に、手を出すんじゃねえ!」
「なんだよ、小川。そんなに独り占めしたいのか?」
高杉がニヤニヤと笑うと、マタロウも負けじと声を荒げた。
「未知くんは、生徒会でこそ活躍できる人間だ! 探偵研究部なんかには、もったいない!」
三人の言い争いに、未知は困惑した表情を浮かべる。
「あの、私は……」
未知が何か言おうとしたその時、平屋が呆れたようにタブレットをシュッとフリックして、二人に見せる。
「高杉先輩、マタロウ先輩。未知さんは、もうすでに探偵研究部の正式な部員です。無理な勧誘は、部活動規則に反するんじゃないですか!」
画面の部活動規則には、
『本人の意思を無視した勧誘は厳に慎むべし』とある。
言い返す言葉もないマタロウ。
「ぐう!! なんてもったいない! 才能のムダ遣いだ!」
嘆かわしそうに苦悶の表情を浮かべる。
「まあ、いいさ。いつか、俺の魅力で君を同好会にふりむかせてみせるぜ!!」
高杉はそう言って、人差し指と中指を揃え「アデュー」と片手の挨拶を残して、さっさとその場を後にした。
「未知くん、本当に、このお荷物の部活でいいのかい……?」
未練がましくマタロウは言う。
「はい! もちろん!」
とはっきり言い切る未知に、小川と平屋はふっと笑顔を漏らした。



