探偵研究部。――カケラノセカイーー ② 部室争奪戦!

 五月――。
 昨日までの雨が空気を洗い、葉桜となった樹木の緑が目に鮮やかな朝。
 
 第一中学校の昇降口前では

「よろしくお願いしまーす」

「お願いしまーす」

 と男子二人の声がする。

 探偵研究部の長身の部長・小川は、暑そうに全開にした学ランに、少し汗を滲ませながら力の入った声でビラを渡していく。
 その隣。
 一回り小柄の副部長・平屋は、指定の紺のセーターをふんわり萌え袖にしつつ、少し高めの声でビラを渡していく。

 生徒たちは「探偵研究部」と書かれたビラを、くすくすと冷やかしに受け取ったり、あしらったりしながら校内に入る。

「アメでもつけなきゃ、今の時期は厳しいかな」と平屋がこぼす。

「ばか。それじゃ一発で生徒会に目をつけられる」

 二人は目配せしながら
「お願いしまーす」
 と続ける。

 新入生獲得のための凸凹コンビによるビラ配りは、すでに毎朝の風物詩となっていた。

 しばらくすると、校門前にキキっと黒塗りのハイヤーを停めて現れたのは、亜麻色の髪のショートカットと不思議と青みがかった瞳を持つ、入部を決めたばかりの有栖川美知、通称・未知の姿だった。

 彼女の隣には、こちらもすっかりお馴染みになった黒スーツをビシッと決めたSP二人もついて来ている。
 SPごと、パタパタと未知は駆け寄ってくる。

「先輩たち! ビラ配りやるなら言ってくださいよ! 一緒にやりますよ!」

 と言って、平屋のビラの半分をひったくるようにもらう。

「いやー、SP付きの未知にお願いするのも悪いからさあ……」

 小川はモゴモゴ言い淀むが、

「変な遠慮は無し! 一緒にやりましょう!」

 光の強い目で二人を軽く睨んでから、登校する生徒たちに、

「おねがいしまーす」

 と、さっさとビラを渡していく。
 未知と、その後ろのSPに驚きつつも、生徒たちは興味深そうにビラを受け取っていった。

 その姿に、小川も平屋もホッとする。

 先月の、偽マタロウの大捕物のゴタゴタはあったが、学校はすっかりいつもの平和な風景に戻っていた。

 一人の男子生徒がニヤニヤと笑いながら未知に近づいて来た。

 雑に染めた茶髪のロン毛をハーフアップにしたチャラそうなその男は、ビラを一枚受け取ってから、その顔を覗き込む。

「よう、そこの可愛いお嬢さん。SPなんてつけて、一体何者なんだい?」

 カッターシャツをゆるく袖まくりし、ダボついたベージュのニットベストを着崩した、流行りを追ったようなその男は、軽薄にウインクしながら声をかけた。
 未知は、新種の虫でも見るように怪訝な顔をする。

「俺は、三年B組の高杉。よろしくな」

 ついでとばかり、ほっぺたにまで触っていくから、未知は「うわぁー」と口角を下げてから手の甲でゴシゴシとその頰をぬぐう。
 
「おい、高杉! お前また性懲りもなく女子に変なちょっかいかけて!」

 見かねた小川の怒号に、高杉はニヤニヤと笑い、肩をすくめる。

「可愛い子ちゃんに声をかけるのは、アムールの国なら当然のことだぜ」

「ここは、フランスじゃない。日本です!」

 平屋が鋭く突っ込む。

「まあ、そう硬くなるなよ、お二人さん。
 その、未知ちゃん? の才能は、もっと相応しい場所で活躍させるべきだね! どうだい? 今からでもうちの同好会に……」

 その時、生徒会長のマタロウが、校門の挨拶運動を終え走って戻って来た。

 小川と高杉を見るなり、
「お前ら! 朝っぱらから騒ぎ起こすなよ!」
と鋭く声をかけてから、直ぐににこやかに、

「未知くん、おはよう! 今日もSP付きの颯爽とした登校! さすがだね!」

 と、未知の手を握り目を輝かせる。小川は、

(こいつもかよ……)

 と天を仰ぐ。

「やはり、君のような優秀な人材は、生徒会に引き抜きたい!」

「こら! マタロウ! お前もか!」

 小川は、マタロウと高杉を睨みつけ、未知を背中に隠した。

「俺たちの部員に、手を出すんじゃねえ!」

「なんだよ、小川。そんなに独り占めしたいのか?」

 高杉がニヤニヤと笑うと、マタロウも負けじと声を荒げた。

「未知くんは、生徒会でこそ活躍できる人間だ! 探偵研究部なんかには、もったいない!」

 三人の言い争いに、未知は困惑した表情を浮かべる。

「あの、私は……」

 未知が何か言おうとしたその時、平屋が呆れたようにタブレットをシュッとフリックして、二人に見せる。

「高杉先輩、マタロウ先輩。未知さんは、もうすでに探偵研究部の正式な部員です。無理な勧誘は、部活動規則に反するんじゃないですか!」

 画面の部活動規則には、
『本人の意思を無視した勧誘は厳に慎むべし』とある。

 言い返す言葉もないマタロウ。

「ぐう!! なんてもったいない! 才能のムダ遣いだ!」

 嘆かわしそうに苦悶の表情を浮かべる。

「まあ、いいさ。いつか、俺の魅力で君を同好会にふりむかせてみせるぜ!!」

 高杉はそう言って、人差し指と中指を揃え「アデュー」と片手の挨拶を残して、さっさとその場を後にした。

「未知くん、本当に、このお荷物の部活でいいのかい……?」

 未練がましくマタロウは言う。

「はい! もちろん!」

 とはっきり言い切る未知に、小川と平屋はふっと笑顔を漏らした。