言語士誕生

 今日のランチはリモーネ国の海鮮料理

 港が近いので新鮮な食材を仕入れることができるようだ

 トマトソースで煮込んだものが特に美味しい

 ランチは美味しいのだが気になることがひとつ

 俺の目の前にはベニートが座っている。これはいつもと同じだ。
 でもその左隣、いつもは空いているその場所に見慣れない顔があった。紺色の髪を揺らしながら熱々のスープを口に運んでいる

 その身体は小刻みに震えていた

 もしかしたら俺と同じように何がなんだか分からないままここに連れてこられた子なのかもしれない

 そうと分かれば放っておけない

 ここに来て他の子たちと過ごすうちにいつの間にか正義感が育っていたようだ
 俺にもそんな心があったんだな~と遠いところから自分を見る。一年で少しは成長しているところがあってほっとする

 そんなことを思っていると俺の視線に気付いたのか紺色髪の子がチラッとこちらを見た
 俺は、大丈夫だよという気持ちを込めてにこっと微笑んでみる
 紺色髪の子はじーっとこっちを見てから焦ったようにきょろきょろしてスープへと視線を戻した

 とりあえず少しは安心してもらえたかな


 しばらく食事をすすめていると、紺色髪の子がなにやらもぞもぞしだした

 それを目敏く見抜いたのはお皿を下げにきたメイドさん

「あら、坊っちゃんお花摘に行きたいのですか?」

 そう、俺たちはここでは坊っちゃんと呼ばれている。一応ご婦人の子供たちという役割らしい

 ご婦人は恵まれない子供たちを引き取ってここ、ヘイゼル孤児院で育てている。食事や衣服を提供し教養まで授けてくれているのだ

 最初は貴族様の気まぐれなのかと思っていたが、かなり環境的には整っている

 戦火に巻き込まれたときはどうしようかと思ったが、行き着いた先がここでよかったかもしれない

 ベニートはまだご婦人たちを完全には信じてないようだけど俺は一応信頼しているつもり

 そんな孤児院のメイドさんたちも最低限の教養を身につけた人たちで言葉遣いも丁寧極まりない

「坊っちゃん、お花摘でしたらそちらの通路を奥に行かれて右手になります」

 と、メイドさんは言った

 紺色髪の子はその言葉を聞いて首をかしげている

 大丈夫かな?俺、口出ししてもいいかな?

 えーい!こういうときは思いっきりが肝心だ

「えと、トイレはそっちの奥を進んで右側だよ」

 こっそり伝えてみた

 俺はときどきこうやって子供たちと俺たちをお世話してくれる大人たちとの間に入って通訳?的なことをしている。俺的には同じようにしか聞こえない言葉だけどみんなには通じないらしい

 俺の言葉を聞いて紺色髪の子は慌てて奥に駆けていった
 戻ってきたその子は席に着くと俺の方を向いて安心した笑みをひとつくれた

 正直うれしかった。誰かの役に立てたことが……ここに来て世話になることばかりだったから初めて得た手応えに勝手に頬が緩む

 ランチを食べ終わって俺が部屋に戻ろうとしたそのとき……

 くいっ

 と、服の裾を引っ張られた
 ん?と振り向くとさっきの紺色髪の子がそこにいた。俺よりも少しだけ小さいその子は上目遣いでもじもじとしながら俺を見る

「どうしたの?」

 聞いてみると、

「お…おれ、ラン……さっきはありがと」

「あ、間に合ってよかったね!」

 と俺が言うとランと名乗った少年は少し頬を赤らめた

「ごめんごめん、からかいたかった訳じゃないんだ。俺はミチル、よろしくね」

「よ、よろしく……ぅ、うぇんっ」

 俺が自己紹介するとランは初めての場所で張っていた気が緩んだのか泣き出してしまった。俺は最初こそ慌てたが、この子を安心させてあげたいと思ってそっと頭をなでた

「大丈夫、大丈夫」

「うぇ……うわぁぁぁん」

 うわっもっと泣き出してしまった!

「ミチル、何泣かせてるんだよ」

 ベニートに責められる

「えっ! ちがう、慰めようとして」

「うわぁぁぁあ、ありがとぉぉぉお」

 とランはたがが外れたように声をあげた

 感謝してくれるのはいいけど、声をもっと抑えてくれ……

 このままでは変に目立ってしまう。俺は場所を変えることにした

「ラン! 施設を案内するよ、ついてきて」

「っう……うん!」

 ランはようやく泣き止んで俺の後をとことこついてきた。俺の服の裾は握ったまま……

 俺はランを連れて施設内を案内して回った。なぜかベニートもついてきた

「ここが学習ルームだよ、本もたくさん置いてあって自由に読んでもいいんだ。じゃあ次に行こうか……」

 ん?ふと右隣を見ると俺の目線より少し低い位置でランが目を輝かせて本棚を見つめている。
 すると、左隣、俺よりも少し高い位置で本を持ちながらベニートが得意気に言う。

「ここにはいろんな国の言語辞典も置いてあるんだぜ、俺はすでに3分の1を読破した」

 それに対し、ランが声高らかに主張した

「おれ! 辞典よりも小説が読みたい!」

 ベニートの目が点になった。それを無視して俺は聞いてみた

「ランはどんな小説が好きなの?」

「えっとね、えっとえっと、冒険! 俺、おっきくなったら旅に出たい!」

「へぇ~いい夢だな~」

 もう夢があるのか、いいなぁ俺なんて30数年生きてても夢なんてなかなかできなかったぞ。と、かつての自分を思い浮かべ落ち込んでいると

「ミチルは夢、ないのか?」

 ベニートが珍しく真面目な顔して聞いてきた

「夢? 夢ね~」

 考えながら辺りを見回す、ふとベニートが持っている本が目に留まった。そこには

 “リモーネ語辞典”と書かれていた

 俺はなんとなくその本が気になってベニートに尋ねる

「ベニート、それってそんなにおもしろい?」

「ああ、いろんな国の言語を学ぶことは世界を広げてくれるからな。ミチルも読んでみるか?」

 なんとなく普段本なんて読まない俺が興味を持つなんて気の迷いといえば気の迷いかもしれない。ランチ前のチンチラの言葉が引っ掛かっていた……訳ではない。うん。

「ちょっと、読んでみようかな」

 俺はランのための施設案内を終えると、自室に戻った。

 さっそくベニートから借りたリモーネ語辞典をパラパラとめくる。そこには単語だけでなくリモーネ語の仕組み、文法が割と詳しく載っていた。

 ・リモーネ語はほとんどの単語が母音で終わる
 ・アクセントの位置が大事
 ・歌うように響かせて

 ……なるほど。上ふたつはなんとなく分かるけど、3つ目はなんだ?歌うように……とは

 意味が分からん

 俺は悩んだ挙げ句、向かい側のベッドに腰かけて別の辞典を読んでいるベニートに尋ねた。

「ねぇベニート、この歌うように響かせてってどういうこと?」

「ああ、それな。リモーネ語を聞いたことない人にとっては分かりにくいよな。リモーネ語はそこに書いてある通りまるで歌うようにしゃべるんだよ。おもしろいだろ」

「へぇ~聞いてみたいな、ちょっとしゃべってみてよ」

「リモーネ人は明るい人が多いです」

「ふ~ん、で、話してみてよ」

「いや、いまリモーネ語話したんだけど」

「えっ話したの?そうなのか……俺、やっぱり違いが分かんないや」

「ああ……そうなのか……でも文法は学んでて損はないんじゃないか?将来誰かに教えることもできるし」

「なるほど~ベニートは先生を目指してるの?」

「いや、そういうわけでもないけど」

「なんだ……違うんだ。でも確かに文法を教えることを目標に言語を学ぶのも悪くないな」

 俺はそれから時間があるときに言語辞典を開くようになり、ベニートの特別授業を受けるようになった。思いの外その時間は楽しくてあっという間に時が過ぎた

 そんなある日、俺のもとを白髪の紳士が訪れる。

「ミチルよ、勉強は楽しいか?」

「はぁ、まぁ暇潰しにはなります」

「暇潰しか……まぁ、よい。実は今日君のもとを訪れたのはひとつ頼みがあってだな」

「頼み?何ですか、改まって」

「実はな、近々ここをナランハ国の外相が視察に訪れることになったのだ。そこで、君に通訳をお願いしたいと思っておるのじゃが、どうだろうか」

 通訳?この俺に?俺なんかに務まるのだろうか……

「他に頼める者がおらぬのだ。引き受けてはくれぬかの」

「はぁ、まぁ俺でよければ」


 外相による視察日

「なんて賢い子なんだ!ぜひ、これからも私の通訳としていろいろ手伝ってくれ」

 俺は紳士による施設案内に同行し無事に通訳としての役目を終え外相に気に入られた

 まぁ、俺的には単に紳士が話したことをそのまま外相に伝えて外相が話したことをそのまま紳士に伝えただけなんだがな

 こんなんで通訳としての役目を果たせるなんて、楽な仕事だなぁと思った。

「俺でよければ、ぜひ」

 こうやって俺の通訳生活が始まったのだ

 それから数年経ったある日の夜、自室の窓辺で昼間のうちに熱せられた夜気を追い払うように窓から入る風に当たっていると

「調子はどうかの」

 いつぞやのモフモフが窓から話しかけてきた

「え、そっから来るんだ」

「悪いか」

「ここ2階なんだけど」

「我にそんなことは関係ない」

「何者なの?」

「我はチンチラぞよ」

「あ、そうでした……それで、何の用ですか」

「おぬし、才能を見つけたようじゃの」

「あ、はい。スキル言語士ってこういうことだったんですね」

「……まぁ、よかろう」

 なんか間があったな……

「おぬし、あれからステータスページを開いておるかの」

 ステータスページ……そういえば開いてないな

「いえ、全然」

「開いてみるがよい」

 言われるがまま、俺は以前やったようにハートを手で作って、割って、頭の両側に付ける……なんだっけ

「“オープン・ステータス”じゃ」

「オープン・ステータス」

 ブォンッと音を立ててステータスページが現れた

 そこには“スキル言語士”と変わらず表示されていた。しかし、以前とは違うところがある。それは……

「スキルレベル Lev.75……え?下がってない?」

「下がっておるな」

 なんで……?

「まぁ気にするでない」

 チンチラさんが言うなら……

「おぬし、才能は生かせておるかの?」

「はい、おかげさまで」

「……では、楽しく生かせておるかの?」

「……はい」

 俺は即答できなかった。楽しいかと問われるとどうなのか……自分でも分からない。でも、生かせてはいると思う。俺はどこか心に寂しさを感じた。能力を手に入れて、使用している。このままで大丈夫、そう言い聞かせてはみたものの、俺がやりたいことは本当にこれなのか分からなくなっていた。

「……中身が伴っておらずとも生かすことはできる。しかし、本当にそれでよいのかのぉ……」

 チンチラさんはそれだけ言うとすーっと消えていった。

 俺は夜の中に光る星々をしばらく眺めながら散りばめられた言葉のヒントを拾い集めようとしていた