言語士誕生

 飾り気なんてなんにもない殺風景な天井が見える。別に期待なんてしてなかったけど、前世?に戻ってないかな~なんて浅はかなことを考えながら重いまぶたを上げた。

 そこは見たこともない天井。あぁ、やっぱり転生したんだ。ぼーっと白さだけを見つめる俺に

「気付いたか?」

 声をかける者あり。すーっと目線を左にずらすと隣にベッドがありそこに腰かけて本を読んでいる赤髪の子供がいた。

 あ、さっきの子……。意識を失う前、俺の視界の最後に入ってきたあの子だ。

 俺は反射的に起き上がろうと試みた
が、くらくらと再び視界が揺れた

「あ、おい! 無理するな」

 赤髪の子が近寄ってきて俺の背中を支える

「大丈夫か?」

「あ、うん。平気。だいぶよくなった」

「……」

 ん?沈黙……

「ねぇ、この部屋は?」

「……あ、ああ。ここは俺たちに割り当てられた部屋だ俺とお前はルームメイトになった」

「なるほど、そういうことか。ところで、この施設? 自体は何な訳?」

「は? お前何も知らずにここに来たのか」

「うん。言われるがまま、流されるまま、水の上を、漂うように……」

 俺がそこまで言うと赤髪くんは

「あきれたやつ……」

 と、斜め下を向きながらため息を吐く
 その姿がやけにサマになっていたのでなんとなく揺れる赤髪に手を伸ばした。

 するっと触れたそれは思いの外柔らかかった。

 ガタッ

「な、なにすんだよ。お前……」

 赤髪くんが後ずさってしまった…
 驚かせて、申し訳ない。

「いや、そこに赤髪があったから?」

 なんてね、と笑う俺を見て再びため息の音が聞こえる。

「……その様子なら大丈夫だな。
ところでお前、本当にベリー語が喋れるんだな。この国の人間で俺以外に喋れるやつ初めて見た」

「え? さっきの……ご婦人と紳士のお二人も話していたよね?」

 俺が素直な疑問をぶつけると、赤髪くんは言い放った

「けっあいつらはこの国の人間じゃねぇよ、敵国の回し者の連中だ」

 え?どういうことだ?ここに着くなり、俺の世話をしてくれたというのに敵?回し者?
 あ、そういえば。俺はその敵国とやらから連れてこられた人質だとかなんとか言ってたな。それってつまり、ご婦人たちから見れば俺は自国の保護対象ってことか。え、じゃあ……

「君はなんで保護されたの? ……それに他の子たちも」

「お前、本当に何も知らないでのこのここの屋敷までついてきたんだな」

 いや、ついてきたというか連れてこられたというか……まぁ。俺はその先を促すべく、えへへ……と愛想笑いで返した。

「気持ち悪いな」

 な、失礼な。子供だからってなんでも言っていいわけじゃないんだぞ!キッと俺は睨み付けてみた

「ふっ全然こわくねぇな」

 うっ、この方30数年生きてきて喧嘩と言えるほどの喧嘩をしたことがないのでムカついてもこの程度の抵抗しかできない。いや、そもそも喧嘩なんてしようとも思わない、あはは……となんとなく笑って流すのが常である。俺はそうやって生きてきた

「ねぇ、赤髪くん。」

「……なんだ? てかその呼び方やめてくれ、俺はベニートだ。」

「俺は……ああ、俺は誰だ?」

「そうか、お前記憶喪失なんだったな。忘れてたわ」

 おい、忘れるな。俺の大事な設定だぞ。

「そうなんだよ、どっかに頭ぶつけたみたいで」

「へぇ。じゃあ、俺が名前つけてやるよ」

 え、なんか分かんないけどろくな名前つけなさそうだからできれば遠慮したいんだが

 俺が渋い顔をしていると、

「大丈夫だって! 俺にまかせとけっ」

 と、押しきられてしまった
……断れない日本人の性かな。。

「そうだなぁ……お前の髪の色、あの花に似てるな」

 ん?それって……

「もしかして、サクラ?」

「そうそう、サクラサクラ……え?」

 その瞬間、時が止まったようにベニートの目が大きく開いたままこちらを向く。

「ん?」

 どうかした?

「お前……なんで、和梨語を知っているんだ……?」

は?ワナシゴ?ワナシ語?わなし語?
とは、なんぞや

「ベニート?」

 ガタンッ!!

「お前……! いったい何者だ?ベリー語といい、和梨語といい。なんでお前が知っているんだ……まさか、お前……も、転生者……?」

 お前、も?てことは……

「え、まさか……ベニートも?」

 そのまさかだったみたいだ。ベニートは首をブンブン縦に振って肯定していた。それはそれは嬉しそうに

 それから俺はベニートにこの国のことについて教わった

 この国、ナランハ国の今の現状は順調とは程遠いものだった。長く続いた戦争は先日の奇襲が原因となり俺が今いるこのナランハ国はかなり追い込まれた。実質敗戦国となり、完全に国の内政機能が破綻する前に白旗を上げた。その後、敵国……元敵国、ベリー国が領地を管理することになり、そこで住民のデータが必要になり俺たちの名前と住所を聴取していたようだ。そこであぶれた者、俺たちのような孤児は身寄りがないため一ヶ所に集められベリー国の監視のもとこの孤児院で過ごすことになった。という訳らしい。

 まぁ、俺としてはこの世界に来てまだ3日と経っていないのでどちらが勝っても負けても知ったこっちゃない。とりあえず美味しいご飯が食べられて、ふかふかのベッドで寝られればそれでいいというもの。
だが、ベニートは違ったらしい。

「ベニートはいつからこの国にいるの?」

「生まれたときからだ」

「え? そうなの? 純転生者じゃん」

「転生者に純も不純もあるのか?」

 あるよ。だって俺はなんか転生だか転移だかワープだかなんだか分かんない状態で来たもん。

「前世の記憶は生まれたときからあったの?」

「いや、しっかり思い出したのは2年前だ」

 おお、割と最近。

 なるほど、それまではこの世界のこの国の住民として生きてきた訳か。だからベリー国に対して敵意剥き出しなのね。納得かも。
 でも、まぁ昨日の友は今日の友って言うし……

 とは、さすがに言えない。
 その辺俺はわきまえている。

「ところで、ベニート。ワナシ語ってなぁに?」

「和梨語か?まぁとっても分かりやすく言えば、日本語だ」

 は?え?ん?にほん語……って、あの日本語?

「どゆこと?」

 はぁ……とまた、ため息を吐いてベニートが続ける

「この国の言語はだいたい俺たちがもといた世界の言語に対応している」

「ほう……」

「分かっていないようだが、続けるぞ。例えば、和梨語。これはさっき言ったように日本語と瓜二つだ。それにベリー語、これは俺たちのいた世界では英語に相当する。次にこの国の言語ナランハ語、これはスペイン語と似ている」

「あ、じゃあさサクラを知ってたってことはベニートは日本語を話せるってこと?」

「いや、話せはしない。たまたま知っていただけだ。サクラは有名だ、アニメのキャラクターの名前にもなってるだろ?」

 なんとなく、あれかなって検討をつけてみる。うん。たぶん、あれだ。

「じゃあさ、じゃあさ、ベニートの母国語ってなぁに?」

 俺は子供のように好奇心いっぱいでベニートに聞いた

「俺の母国語はスペイン語だ。でも英語も日常的に使ってた。この世界の母国語はナランハ語。偶然なのか必然なのか、対応している言語同士になる」

「あ、だから俺も和梨語しゃべれたんだーだって俺日本人だもん」

 いや、元日本人?No, No大和魂は消えておりませんぜ~

 と、どこに向かって言っているのか分からないがとりあえず主張しとく

「なぁ……もしかしてなんだけど、お前もといた世界でアメリカ英語も話せたんじゃないか?」

 え?

「なんで?」

「だって……お前が倒れる直前、“俺の生命線ー!!” ってクラン語で叫んでたろ?」

「クラン語? ベリー語じゃなくて?」

「ベリー語のなかにもいろいろあるんだよ。俺はベリー語が話せるけど、メインで使ってるのはクラン語なんだ。ちなみに施設長たちが使ってるのはベリー語だけど、その中でもフレーズ語って言って、上流階級だけが使う言葉だ」

「上流階級? 確かに俺とは育ちが違う感じがしたな~」

「ああ。丁寧過ぎて逆に何言ってんのかわかんねぇけどな」

 ベニートが何か言ってる。それはそうとして、あのときベニートだけが咄嗟に反応してくれたのは俺が無意識にクラン語?とやらを話したせいか。なんだ、俺を助けようとしてくれた訳じゃないんだ。ふーん、そうか。なんかショックだな。

「まぁ、いいか」

「なにが?」

「なんでもない」

「……で、お前。英語とかスペイン語も話せたのか?」

「いや、全然」

「話せないんか~い」

「……」

 果たしてそのツッコミは英語やスペイン語にあったのだろうか
ベニートの謎は深まっていくばかりであった……。


 とりあえず、今は俺の頭がパンクしそうなのでお勉強はこの辺で切り上げて
 ぐぅぅと泣いているお腹を慰めるためにベニートと下の階にある食堂に向かった。

 そこに着くと、

「うわぁぁあ~」
 思わず歓喜の声が出た。

 長テーブルの上に並んでいたのは美味しそうなスペイン料理!
 ん?スペイン料理?

 右を見ればスペインのオムレツ、“トルティージャ”、左を見ればニンニクにオリーブオイル、硬くなったパンに出汁を入れて煮込んだスープ、“ソパ・デ・アホ”!

 そしてそして、極めつけはやっぱりこれ魚介をサフランライスと煮込んだ定番スペイン料理、“パエリア”!

 なんということでしょう。色とりどりの食材を使ったこんなに美味しそうなお料理が食べられるなんて夢のようだ

 お前なんでそんなに知っているんだ?という目で真ん前に座るベニートが見つめてくる

 それはね、俺は食べ物には目がないからだよ!

 シンプルな理由だろ?さぁ、食べるぞ~


 20分後

「はぁ~もう食べられない! 美味しすぎるよ~」

 と、俺は泣きそうになりながらスプーンを置いた

 すると、

「どうですか? 腹の虫は落ち着きましたか?」

 ご婦人が声をかけてきた

「はい! とっても美味でした」

「それはよかった」

「はい~」

「落ち着いたところで、あなたにひとつ提案なのですが、ここで過ごすにあたりいろいろと管理が必要なんです」

 管理……ああ、あれのことか

「そこで、あなたのお名前を決めようと思うのですが、何がいいかしら」

 チラッとご婦人はベニートを見る

 その視線に対し、すっと反らしたベニート。

 ん?なんだ、いまの

「ベニート、なにか案はないかしら?」

 と、なぜかベニートに振るご婦人。
 え?俺の名前なんだけど……

「ああ、ベリー語では分からないんでしたね」

 そう言うとご婦人はなにやら紙に書き出しそれをベニートに見せる。

 ベニートは頷くと、分厚い本を持ってくる

 その本の表紙には

 “和梨語辞典”

 と書いてあった

 ベニートはパラパラパラとページをめくると、すっとある一語を指差す

 そこには

 “満ちる”

 と書いてあった

「ああ、それでは今日からあなたの名前はミチルね! よろしくね、ミチル」

 え?決まった?俺の名前、決まったの?

 ぱちぱちぱち~と拍手をする面々。

 そうか、ミチルなのか。


 部屋に戻ると、先ほどの一件をベニートに問いただす

「ああ、さっきのはナタリア施設長が見せてきた紙に“この子の名前をあなたが決めてちょうだい”と書かれていたから。俺が、適当に選んでおいた」

 え、適当なの?もっと丁寧に選んでよ~と思うものの案外悪くない名前だなとも思う。

 まぁ、いいか。といつものように俺が流していると

 くいっと着ているシャツの裾を引っ張られた

 ん?ベニートが引っ張っている

「……そ」

「え?」

「……うそだ。本当はお前の名前、めちゃくちゃ考えた」

 お?

「それは……ありがとう。」

 ベニートの顔を見ると顔を手で押さえていた。
 うつむき加減でも分かる、顔の赤さをごまかすように……

 ベニートは続けて言った

「それ……俺の好きな……好きなキャラクターの名前なんだ」

 俺は思った。

 あ、こいつオタクだな

 と。


「あと、俺この施設内ではベリー語を話せない設定になっているからみんなの前ではベリー語で話しかけるなよ」

 そんな大事なこと今言うなよ

 こっちは自分がベリー語を話してんだか、ナランハ語を話してんだか分からないんだよ!

 ん?そういえば、俺どうやってこれらの言語たちを使い分けているんだ……?

 俺の能力の謎が解き明かされるのはもう少し先になるのであった……