ガタガタと揺れる。暑い太陽の眼差し、馬車の後ろ、屋根はない。本来は天幕として幌が被せてあっただろうそこは人の手でやられたのか動物にやられたのか、はたまた爆撃にやられたのかは分からない。ただものを運ぶためだけにつくられたような簡素な車体に乗せられどこかに向かっているのだった……なんてことだ。座っているだけなのに強い日差しが体力を消耗させていく。周りにいるのは子供。金髪の子や黒髪の子、茶髪の子や赤髪の子。小さい子たちばかり、この子たちの体力もそろそろ限界が来るかもしれない。俺もそのうちの一人なんだが……な……。
「おい、起きろ。着いたぞ」
ペチペチと頬を軽く叩かれ起こされる。うー……せっかく気持ちよく眠っていたのに。起こしやがって……そう思いながら俺は身体を起こす。そのとき、ポトッと頭から何かが落ちた
「お、おい。お前……」
ん?俺の顔に何かついているのか?と思ったが
「いや、なんでもない。降りろ」
言われるがままに俺は馬車を降りる。他の子たちも同じように降ろされていくが、ざっと10人ほどだろうか、みんな自力で立てるだけの力は残っていたようだ。よかった……
全員がまとまって見上げた先には鉄柵の門がそびえ立つ。その奥でカタンと戸が開き、中から一人のご婦人が現れた
見たところ60代くらいだろうか?少し白髪混じりの髪を後ろでひとつに束ねてお団子にしている。飾り気はない。服も濃い緑色のドレスを着ていて落ち着いているが、どこか上品で一目で俺とは育ちが違うことを感じさせた
その横にはメイドさんらしき人の姿、こちらはご婦人よりずいぶんと若く見える
彼女はギギギィー……と音を立て少し重そうにゆっくりと鉄柵を開けていった
柵が開いたところで、ご婦人が背筋を伸ばしにこやかな笑みを湛えてこちらに歩み寄る。
「みなさん、こんにちは。ここの施設長をしておりますナタリア・ヘイゼルバーンと申します。みなさんは今日からここで一緒に暮らすことになりました。詳しいことは少し休んでからお話しします。長旅で疲れたでしょう、さぁ中へお入りなさい」
門をくぐると茶色い木でできた戸をメイドさんが開けてくれる。ありがとうございます。と、心のなかで思いながら中に入ると、そこにはひとりの男性が立っていた。白髪の長い髪をひとつに束ねて後ろに流しているご高齢の紳士である。こちらを見ている白髪の紳士は、にこりともせず引き締まった表情をしておそらく二階へと続く階段の前に立っていた。側には白い壁、床は木でできており建物は先日の爆撃にやられることなくしっかりと残っていたらしい。
そう、先日この国は敵国の奇襲に合い俺がいた街は破壊されてしまったのだ。俺は砲撃を知らせる鐘の音が響いた瞬間に駆け出し、シェルターに避難した。命は助かったが、外に出た瞬間に絶句した。元の美しいカラフルな街並みは見る影もなくなっていたから。思い出なんてたいして持っていない街並みだったが綺麗なものが一瞬で粉々に壊されてしまう光景はあえて見たいと思うものではなかった。
呆然と立ち尽くしていたところに親切な大人がやってきて手を引かれた。そして人が集まる場所、おそらく避難所に身を寄せる。しばらくすると、そこに役人がやってきて整列し、住所と名前を言うよう人々に促した。一応その列に並び俺の番が回ってきた。しかし、俺は無言のまま。役人が怪訝な顔をする
「おい、坊主。名前は?」
「……ぁ、えと……分かりません」
役人がもっと怪訝な顔をして言った
「頭でも打ったか?」
これは比喩でもなんでもなく、その通りの意味で物理的に頭を何かに打ち付けたのかという意味だろうが、そうではない。奇跡的にとでもいうべきか、あの砲撃に巻き込まれたにしてはたいしたケガはしていなかった。
じゃあなぜ住所どころか名前すら言えないのかというと……
「……そうみたいです。起きたら忘れていました」
俺は嘘を吐く。生きていくためにはそれが正しいだろうと直感が働いたからだ。
目の前の役人はうーん、と少し考えた後、
「いま痛みはないのか?」
「はい、特には」
「じゃあ、とりあえず一番奥の列に並べ。医者はどこも手一杯だ。向こうに着いてから診てもらうといい」
俺は言われたとおり一番奥の子供だらけの列に移動した。が、はて向こうとは?
ここで待てと言われればここで待つし、向こうに行けと言われれば向こうに行く。
一応この国の行政は信頼しているので変なことはされないだろうと思っているのだが、少々楽観的すぎるだろうか……しかし、俺がいた場所ではこんな場面に出くわしたことがない。さっきいた場所ではなくここに来る前、もっと分かりやすく言えばこの世界に来る前のことである。
俺はここに来る前、日本のスーパーで働いているごくごく平凡な30代男性であった
ある日、ひとりで冷凍庫の作業をしていたところ冷凍されているはずの魚が一匹飛び出してきた。そこまでは驚かなかったのだが……いやそこで驚けよって話なんだけど、驚いたのはこの後だから仕方ない。魚が飛び出してきたところを覗くと光が見える。人工的な光ではない、太陽光のようなそれに気付くと手を伸ばし、ずずずーっ!と吸い寄せられそのまま光に吸い込まれる。ビシャバシャバシャっ!!と、周りで魚が跳ねた!気付くと川の中に立っていたのだ。これが転生というやつか。いや転生というよりワープだけど一応、ええーっ!!大きな声で驚いてみた。いつもは周りの目を気にして外では出せない声だ。森に囲まれていたのでいいかと思って……いや、そんなことはどうでもいい。それより俺はふと川の水に浸かっている自身の足を見て長靴を履いていたことに安堵した。加えて足がつく深さだったことも不幸中の幸いというべきか、濡れずに済んだので転生のことは良しとしよう。
ただ、ひとつ困ったことがある。身体が縮んでしまっていたことだ。
川から上がり、森の木の横に立ち、その辺にあった枝で自身の頭の位置に印を付ける。木から少し離れて印の付いた位置を確認する。身長は120cmほどか、年齢は5、6歳といったところ
うーん、前世の記憶は残っていないようだな……。
どうしたものかこの世界がどんな世界なのか、人間が主な世界なのか、安全な場所なのか、というか今俺はどこにいるんだ?皆目検討もつかない。
しばし考えた末、俺は意を決して川を下ってみることにした
こういう場合、街があるとしたら川下だろうという安直な考えかもしれないがそれしか思い付かなかったのでしょうがない
街に行ってみればこの世界がどんな世界なのかだいたい分かるだろう。
歩きだした俺だったが、さっき長靴で安堵したという言葉をすぐに撤回したくなった。
ぶかぶかすぎて歩きにくい……。しかも、服もぶかぶか……。引きずっているので仕方なく下着とその上から白い作業服一枚を着る格好になる。スカートみたいになって若干恥ずかしかったが、そんなことは言ってられない
その格好のまま川を下ると無事街にたどり着いた。奥に海も見える。ん?なんか艦隊らしきものが停まってるな。大きくてかっこいいな~なんてこのときの俺は平和ぼけした思考でその光景を眺めていた……
さて、街のようすを観察する。
最初はほっとした。とりあえず人間中心の社会のようだと。しかも一見豊かに見える。そう、一見だ。一本路地に入れば俺と同じくらいの子供がお腹を空かせて道端に座り込んでいた
俺もその子たちと同じに見えたのだろう
俺を怪しむものは誰ひとりとしていなかった。皮肉なものだ。だが、今はこの子たちに紛れて過ごそうと決めたそのとき、ドーン!ドーン!ドガーン!という撃音とともにカンカンカンカンカンと鐘の音が荒々しく辺りに響く
その場にいた人々が一斉に走り出す
俺は例によって同調圧力には弱いのでみんなと同じ方向に走る
そして、たどり着いたのはシェルター
上ではバーンッ!!ボーンッ!!ドガーンッと聞いたこともないような音がする
俺はじっとする。いや、怖くて動けなかったというほうが正解かもしれない……。
その後はご承知の通りだ。身よりのない子供はまとめて荷馬車に乗せられここに連れてこられた。
今俺と子供たちは建物の一階、食堂らしきところで待機している。目の前には長テーブル。そこにあるイスに座る。
飲み物が配られた。水だ。さっきから食べ物らしき匂いもする。奥で料理をしている気配!うーん、いい匂いとそちらの方をくんくんと嗅いでみる。とにかくお腹が空いていた。感覚も敏感になっていたところにこの匂いだ!とりあえず食事にはありつけそうということで安心したら、ぐぅぅとお腹が泣いた
うう……早く食べたい……。
そんなことを思っていると、さっきのご婦人が現れて俺たちと同じテーブルに座る。あ、同じテーブルに座るタイプのご婦人なんだ。よかった、優しそうで。
「みなさん、少し落ち着きましたか?」
それだけ言ったところで
ご婦人があ、と一瞬動きを止め側にいた白髪の紳士の顔を見る。
紳士は、なにやら紙を取り出してすぐ隣にいた子供のひとりに手渡す。その子はしばらくそれを眺めると隣の子に渡した。次々と紙が子供たちに回し渡されていき、ついに俺の番がきた。どれどれ?何が書いてあるんだ?と思いそれを見る
「 <×"☆€···]·※♪&=%··$';
&5'-]※&=☆*%··.□-'€♪·
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え、暗号?俺が戸惑っていると
「どうしたんですかね?」
「もしかしてこれも読めないのかもしれません……」
と、ご婦人と紳士が話し出す
俺は慌てて、
「あ、すみません。これが何の意味なのかわからなくて……」
と言った。その瞬間、ご婦人と紳士は目を見開いて俺の顔を凝視した後、二人して顔を見合わせた。
何事?
「あの……どうかしましたか?」
おそるおそる尋ねてみる
「あなた、ベリー語が話せるんですか?!」
え?べりぃ語?何のことだ
「あの……べりぃ語とはなんですか?」
「あなたベリー語が分からずにベリー語を話しているのですか?」
だからべりぃ語とはなんぞや……と思ったが、ここで怪しまれると困るのでここは必殺キオクソウシツを使おうと思う
「すみません、俺実は砲撃の衝撃で頭を打ったようで記憶がおぼろげで……」
とそれっぽいことを言ってみる
「まぁ、それは……」
ご婦人が口を押さえて同情を含んだ目をこちらに向ける
「君、ベリー語は話せるようだがライト文字は読めないのかね?」
「はぁ……ライト文字? は読めないようです……」
「それは実に不思議なことだ」
「本当に……ベリー語が話せてライト文字が読めないなんて……」
え、それってそんなにおかしいことなの?もしかして、この世界ではライト文字?ってのがごく一般的な文字だったりする?俺より小さそうな子とかも読めてるようだったし
「あなた、生まれはどこなのか分かるかしら?」
「いえ、覚えていません……」
「ベリー語が話せるとしたらもしかしたらラズ国かクラン国かもしれませんな。だが、この髪色は珍しい」
「この国にいたということは……」
二人は目を見合わせる
「誘拐され、人質になっていた者やもしれません……」
「おお……なんてこと……!」
そう言って二人は目頭を押さえて下を向く。なるほど、俺は敵国から人質として連れてこられた可哀想な子としてこの二人には見えているのか
それより髪色ってなんだ?俺は気になって側にあった水の入っている銀色のコップを見る。そこに反射して映る自分の姿は……
そこでようやく自分の容姿の珍しさに気付く。なんと俺の髪は乙女も羨むピンク色ではないか!まるで水辺に浮かぶ桜の花びらのように光を通して輝いている!それは自分で言うのもなんだが、神秘的で人の目を惹きそうだ。……でも、なんで街にいたときは誰も気にとめなかったのだろうかと、ふと考える。ああ、そうかあのときは作業用の衛生キャップを被っていたんだった
……なるほど。これは使えるぞ。
この状況を逆手にとって同情を買い、おいしいものをより多く頂けるように仕向けようではないか!俺の頭のなかはすでに食べ物のことでいっぱいだった。
「まぁ……なんて呆けた顔をしているのでしょう」
「なんてことだ。爆撃のショックで記憶を失ったやもしれん……気力も底を尽きかけている」
おっと、いかんいかん顔がゆるみすぎた
俺は表情筋を引き締める、ぐっ。
「おお、戻った」
「よかったわ……あなた今日はもうゆっくり休んで明日に備えなさい」
え?食事は?!食事はどこ?
「俺の生命線ーっ!!」
と言って勢いよく立つ。その瞬間ぐらっと視界が揺らぐ。そのままふらふら~と身体ごと揺れると同時に
「いけない!あなた大丈夫?!」
ご婦人の慌てた声が聞こえる
俺はどうすることもできず後ろへと倒れていくのだった……
しかし、視界が暗くなる寸前に俺は気付く
“俺の生命線”と言ったあのとき、俺の目の前に座っていた赤髪の子だけが目を見開いたことを……
「おい、起きろ。着いたぞ」
ペチペチと頬を軽く叩かれ起こされる。うー……せっかく気持ちよく眠っていたのに。起こしやがって……そう思いながら俺は身体を起こす。そのとき、ポトッと頭から何かが落ちた
「お、おい。お前……」
ん?俺の顔に何かついているのか?と思ったが
「いや、なんでもない。降りろ」
言われるがままに俺は馬車を降りる。他の子たちも同じように降ろされていくが、ざっと10人ほどだろうか、みんな自力で立てるだけの力は残っていたようだ。よかった……
全員がまとまって見上げた先には鉄柵の門がそびえ立つ。その奥でカタンと戸が開き、中から一人のご婦人が現れた
見たところ60代くらいだろうか?少し白髪混じりの髪を後ろでひとつに束ねてお団子にしている。飾り気はない。服も濃い緑色のドレスを着ていて落ち着いているが、どこか上品で一目で俺とは育ちが違うことを感じさせた
その横にはメイドさんらしき人の姿、こちらはご婦人よりずいぶんと若く見える
彼女はギギギィー……と音を立て少し重そうにゆっくりと鉄柵を開けていった
柵が開いたところで、ご婦人が背筋を伸ばしにこやかな笑みを湛えてこちらに歩み寄る。
「みなさん、こんにちは。ここの施設長をしておりますナタリア・ヘイゼルバーンと申します。みなさんは今日からここで一緒に暮らすことになりました。詳しいことは少し休んでからお話しします。長旅で疲れたでしょう、さぁ中へお入りなさい」
門をくぐると茶色い木でできた戸をメイドさんが開けてくれる。ありがとうございます。と、心のなかで思いながら中に入ると、そこにはひとりの男性が立っていた。白髪の長い髪をひとつに束ねて後ろに流しているご高齢の紳士である。こちらを見ている白髪の紳士は、にこりともせず引き締まった表情をしておそらく二階へと続く階段の前に立っていた。側には白い壁、床は木でできており建物は先日の爆撃にやられることなくしっかりと残っていたらしい。
そう、先日この国は敵国の奇襲に合い俺がいた街は破壊されてしまったのだ。俺は砲撃を知らせる鐘の音が響いた瞬間に駆け出し、シェルターに避難した。命は助かったが、外に出た瞬間に絶句した。元の美しいカラフルな街並みは見る影もなくなっていたから。思い出なんてたいして持っていない街並みだったが綺麗なものが一瞬で粉々に壊されてしまう光景はあえて見たいと思うものではなかった。
呆然と立ち尽くしていたところに親切な大人がやってきて手を引かれた。そして人が集まる場所、おそらく避難所に身を寄せる。しばらくすると、そこに役人がやってきて整列し、住所と名前を言うよう人々に促した。一応その列に並び俺の番が回ってきた。しかし、俺は無言のまま。役人が怪訝な顔をする
「おい、坊主。名前は?」
「……ぁ、えと……分かりません」
役人がもっと怪訝な顔をして言った
「頭でも打ったか?」
これは比喩でもなんでもなく、その通りの意味で物理的に頭を何かに打ち付けたのかという意味だろうが、そうではない。奇跡的にとでもいうべきか、あの砲撃に巻き込まれたにしてはたいしたケガはしていなかった。
じゃあなぜ住所どころか名前すら言えないのかというと……
「……そうみたいです。起きたら忘れていました」
俺は嘘を吐く。生きていくためにはそれが正しいだろうと直感が働いたからだ。
目の前の役人はうーん、と少し考えた後、
「いま痛みはないのか?」
「はい、特には」
「じゃあ、とりあえず一番奥の列に並べ。医者はどこも手一杯だ。向こうに着いてから診てもらうといい」
俺は言われたとおり一番奥の子供だらけの列に移動した。が、はて向こうとは?
ここで待てと言われればここで待つし、向こうに行けと言われれば向こうに行く。
一応この国の行政は信頼しているので変なことはされないだろうと思っているのだが、少々楽観的すぎるだろうか……しかし、俺がいた場所ではこんな場面に出くわしたことがない。さっきいた場所ではなくここに来る前、もっと分かりやすく言えばこの世界に来る前のことである。
俺はここに来る前、日本のスーパーで働いているごくごく平凡な30代男性であった
ある日、ひとりで冷凍庫の作業をしていたところ冷凍されているはずの魚が一匹飛び出してきた。そこまでは驚かなかったのだが……いやそこで驚けよって話なんだけど、驚いたのはこの後だから仕方ない。魚が飛び出してきたところを覗くと光が見える。人工的な光ではない、太陽光のようなそれに気付くと手を伸ばし、ずずずーっ!と吸い寄せられそのまま光に吸い込まれる。ビシャバシャバシャっ!!と、周りで魚が跳ねた!気付くと川の中に立っていたのだ。これが転生というやつか。いや転生というよりワープだけど一応、ええーっ!!大きな声で驚いてみた。いつもは周りの目を気にして外では出せない声だ。森に囲まれていたのでいいかと思って……いや、そんなことはどうでもいい。それより俺はふと川の水に浸かっている自身の足を見て長靴を履いていたことに安堵した。加えて足がつく深さだったことも不幸中の幸いというべきか、濡れずに済んだので転生のことは良しとしよう。
ただ、ひとつ困ったことがある。身体が縮んでしまっていたことだ。
川から上がり、森の木の横に立ち、その辺にあった枝で自身の頭の位置に印を付ける。木から少し離れて印の付いた位置を確認する。身長は120cmほどか、年齢は5、6歳といったところ
うーん、前世の記憶は残っていないようだな……。
どうしたものかこの世界がどんな世界なのか、人間が主な世界なのか、安全な場所なのか、というか今俺はどこにいるんだ?皆目検討もつかない。
しばし考えた末、俺は意を決して川を下ってみることにした
こういう場合、街があるとしたら川下だろうという安直な考えかもしれないがそれしか思い付かなかったのでしょうがない
街に行ってみればこの世界がどんな世界なのかだいたい分かるだろう。
歩きだした俺だったが、さっき長靴で安堵したという言葉をすぐに撤回したくなった。
ぶかぶかすぎて歩きにくい……。しかも、服もぶかぶか……。引きずっているので仕方なく下着とその上から白い作業服一枚を着る格好になる。スカートみたいになって若干恥ずかしかったが、そんなことは言ってられない
その格好のまま川を下ると無事街にたどり着いた。奥に海も見える。ん?なんか艦隊らしきものが停まってるな。大きくてかっこいいな~なんてこのときの俺は平和ぼけした思考でその光景を眺めていた……
さて、街のようすを観察する。
最初はほっとした。とりあえず人間中心の社会のようだと。しかも一見豊かに見える。そう、一見だ。一本路地に入れば俺と同じくらいの子供がお腹を空かせて道端に座り込んでいた
俺もその子たちと同じに見えたのだろう
俺を怪しむものは誰ひとりとしていなかった。皮肉なものだ。だが、今はこの子たちに紛れて過ごそうと決めたそのとき、ドーン!ドーン!ドガーン!という撃音とともにカンカンカンカンカンと鐘の音が荒々しく辺りに響く
その場にいた人々が一斉に走り出す
俺は例によって同調圧力には弱いのでみんなと同じ方向に走る
そして、たどり着いたのはシェルター
上ではバーンッ!!ボーンッ!!ドガーンッと聞いたこともないような音がする
俺はじっとする。いや、怖くて動けなかったというほうが正解かもしれない……。
その後はご承知の通りだ。身よりのない子供はまとめて荷馬車に乗せられここに連れてこられた。
今俺と子供たちは建物の一階、食堂らしきところで待機している。目の前には長テーブル。そこにあるイスに座る。
飲み物が配られた。水だ。さっきから食べ物らしき匂いもする。奥で料理をしている気配!うーん、いい匂いとそちらの方をくんくんと嗅いでみる。とにかくお腹が空いていた。感覚も敏感になっていたところにこの匂いだ!とりあえず食事にはありつけそうということで安心したら、ぐぅぅとお腹が泣いた
うう……早く食べたい……。
そんなことを思っていると、さっきのご婦人が現れて俺たちと同じテーブルに座る。あ、同じテーブルに座るタイプのご婦人なんだ。よかった、優しそうで。
「みなさん、少し落ち着きましたか?」
それだけ言ったところで
ご婦人があ、と一瞬動きを止め側にいた白髪の紳士の顔を見る。
紳士は、なにやら紙を取り出してすぐ隣にいた子供のひとりに手渡す。その子はしばらくそれを眺めると隣の子に渡した。次々と紙が子供たちに回し渡されていき、ついに俺の番がきた。どれどれ?何が書いてあるんだ?と思いそれを見る
「 <×"☆€···]·※♪&=%··$';
&5'-]※&=☆*%··.□-'€♪·
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え、暗号?俺が戸惑っていると
「どうしたんですかね?」
「もしかしてこれも読めないのかもしれません……」
と、ご婦人と紳士が話し出す
俺は慌てて、
「あ、すみません。これが何の意味なのかわからなくて……」
と言った。その瞬間、ご婦人と紳士は目を見開いて俺の顔を凝視した後、二人して顔を見合わせた。
何事?
「あの……どうかしましたか?」
おそるおそる尋ねてみる
「あなた、ベリー語が話せるんですか?!」
え?べりぃ語?何のことだ
「あの……べりぃ語とはなんですか?」
「あなたベリー語が分からずにベリー語を話しているのですか?」
だからべりぃ語とはなんぞや……と思ったが、ここで怪しまれると困るのでここは必殺キオクソウシツを使おうと思う
「すみません、俺実は砲撃の衝撃で頭を打ったようで記憶がおぼろげで……」
とそれっぽいことを言ってみる
「まぁ、それは……」
ご婦人が口を押さえて同情を含んだ目をこちらに向ける
「君、ベリー語は話せるようだがライト文字は読めないのかね?」
「はぁ……ライト文字? は読めないようです……」
「それは実に不思議なことだ」
「本当に……ベリー語が話せてライト文字が読めないなんて……」
え、それってそんなにおかしいことなの?もしかして、この世界ではライト文字?ってのがごく一般的な文字だったりする?俺より小さそうな子とかも読めてるようだったし
「あなた、生まれはどこなのか分かるかしら?」
「いえ、覚えていません……」
「ベリー語が話せるとしたらもしかしたらラズ国かクラン国かもしれませんな。だが、この髪色は珍しい」
「この国にいたということは……」
二人は目を見合わせる
「誘拐され、人質になっていた者やもしれません……」
「おお……なんてこと……!」
そう言って二人は目頭を押さえて下を向く。なるほど、俺は敵国から人質として連れてこられた可哀想な子としてこの二人には見えているのか
それより髪色ってなんだ?俺は気になって側にあった水の入っている銀色のコップを見る。そこに反射して映る自分の姿は……
そこでようやく自分の容姿の珍しさに気付く。なんと俺の髪は乙女も羨むピンク色ではないか!まるで水辺に浮かぶ桜の花びらのように光を通して輝いている!それは自分で言うのもなんだが、神秘的で人の目を惹きそうだ。……でも、なんで街にいたときは誰も気にとめなかったのだろうかと、ふと考える。ああ、そうかあのときは作業用の衛生キャップを被っていたんだった
……なるほど。これは使えるぞ。
この状況を逆手にとって同情を買い、おいしいものをより多く頂けるように仕向けようではないか!俺の頭のなかはすでに食べ物のことでいっぱいだった。
「まぁ……なんて呆けた顔をしているのでしょう」
「なんてことだ。爆撃のショックで記憶を失ったやもしれん……気力も底を尽きかけている」
おっと、いかんいかん顔がゆるみすぎた
俺は表情筋を引き締める、ぐっ。
「おお、戻った」
「よかったわ……あなた今日はもうゆっくり休んで明日に備えなさい」
え?食事は?!食事はどこ?
「俺の生命線ーっ!!」
と言って勢いよく立つ。その瞬間ぐらっと視界が揺らぐ。そのままふらふら~と身体ごと揺れると同時に
「いけない!あなた大丈夫?!」
ご婦人の慌てた声が聞こえる
俺はどうすることもできず後ろへと倒れていくのだった……
しかし、視界が暗くなる寸前に俺は気付く
“俺の生命線”と言ったあのとき、俺の目の前に座っていた赤髪の子だけが目を見開いたことを……
