言語士誕生

 数日後

 再びあのカレーの店に行ってみるとなにやら人だかりができていた

「なんだなんだ?」

「なんかイベントでもやってるのか?」

「え!参加したい」

 俺たちは近付いてみた。すると、俺たちに気付いた人々が次々に道を開けてくれる。両脇に寄った人々の間に一本の道筋ができた。

 申し訳ないなと思いつつそこを通って店に入る。すると、

「いらっしゃいま……あ!貴族さんたち、待ってたよ!見てよこの盛況っぷり。あんたたちのおかげで店が大繁盛だよ」

 中に入ると、そこにはたくさんの人、人、人。しかもみんなカレーとマンゴーを食べているではないか……どういうこと?

「あんたたちが来た後、あっという間に有名店になっちまった。貴族ですら虜になるカレーってことでみんなどれだけ美味しいんだって。すっかりハードルが上がっちまったよ」

 そう言ってサラさんは次の注文を取りに行く。とっても忙しそうだ

 今日のところは退散することにした

「いやー大変なことになってたねー」

「俺たちのせいで盛り上がっちまって、俺たちが入れなくなるって、本末転倒だな」

「でもまぁ、お店が繁盛してくれるのはいいことだよね!俺たちなんか英雄になった気分!」

 と、このときの俺はただただ浮かれていたのである。

 そのときひとりの男が影から現れて声をかけてきた

「ねぇ、君たち。そこの我々は貴族ですって風貌で語ってるお気楽な貴族様たち!」

 なんだなんだ?嫌味か?振り向くとそこにいたのは紫がかった茶髪に碧の瞳が印象的な男が立っていた

「ごきげんよう」

「ご、ごきげんよう」

 何者?街の人たちと同じような格好をしているけれど、どこか異国情緒を感じる彼は俺たちをじっと見つめると一呼吸置いてこう言った

「君たち晩餐会に興味はない?」

 はい?ばんさんかい。晩餐会ってあの晩餐会?富裕層が集まってお食事をするあれか

「実は近々王都で晩餐会が開かれるんだけどそこでカレーが振る舞われるんだ。君たちそろそろカレーが食べたいんじゃない?」

 それはたしかにそうだ。俺たちはあの魅惑の食べ物を身体が求めていた。が、しかしサラさんのお店は入ることができないほど人で溢れている……

 背に腹は変えられん

「その晩餐会っていつ行われるの?」

 気付くと俺は男に聞いてしまっていた

 その瞬間男の口元が少しだけ歪んだような気がした


 晩餐会の夜

 俺たちはおめかしをしていざ、カレーを食べに行かんとしていた

 晩餐会は王宮付属の迎賓館で行われる。ナタリア施設長に手紙を書いた。すると、すぐに返事が来て俺たちも晩餐会に参加することができるようになった。施設長のお家、ヘイゼルバーン家ってけっこうなお家柄だよな……と俺はこのとき思ったが、細かいことは考えないようにした。いまはカレーのことだけを考えよう!そう、心に決めたのである

 ざわざわと会場は高貴な衣装を身にまとい、きらびやかな装飾と明かりのもと、参加する人で溢れていた

 みな会う人、会う人知り合いなのか挨拶を交わしている

 俺たちはというと、当然のことながら誰にも声をかけられない。それどころか、ひそひそとこちらに怪訝な目を向ける人々もちらほら見受けられる

 そんなとき、「やぁ」と声をかけてくる人がひとり

「君たちヘイゼルバーン家のご子息だろう?初めまして、私はフランツ・フォン・ヴェルデンベルクと申します。ナタリア施設長から君たちを案内するよう言われた者だよ」

 フランツさんは気さくな方みたいで一応迎賓館という場所柄、丁寧に接してくれているがところどころ親しみやすさの滲む男性だった

 ナタリア施設長のはからいに頭の下がる思いだった

 俺たちはフランツさんとしばらく懇談していた

 すると俺たちの会話を聞いていた周囲の人々が口々に噂をし始める

「ヘイゼルバーン家のご子息ですって」

「ヘイゼルバーン家ってあの……?」

「ご主人を亡くされて奥様は田舎の方へ移られたと聞いておりましてよ」

「ご子息がいらっしゃったのね、初耳だわ」

 なんだか注目を浴びてしまった……
 ヘイゼルバーン家って何者なの?


 しばらくすると、ひとりまたひとりと用意された長テーブルの席に着いていく

 俺たちもフランツさんの横に座った

 今パーティーの主催者であろう人が壇上に上がる

「ごきげんよう、みなさん。本日は御足労いただき誠に光栄にございます……」

 なんだか長々と話していたがあんまり覚えていない

 20分後

「それでは、有意義な時間をごゆっくりお楽しみくださいませ、カンパ~イ」

 ようやく乾杯をして、各々食事を始めた

 俺たちの前にはフレンチのコースが振る舞われた。すると、メインに入りあの独特の香りが辺りに漂ってきたではないか

 きたきたきたーっ!!

 お腹の中心をやんわりと刺激するあの香り、虫が騒ぐのを抑えるのにこっちは必死になるしかない強制感、でも嫌じゃない

 粛々と運ばれてくる独特な形状の銀色のカップ。注ぎ口がそれのためだけに作られましたと言わんばかりである。

 待ちに待ったあの食べ物だ!俺たちは期待に胸を膨らませた。しかし……

 周囲の様子がどこかおかしい

 眉間にシワを寄せる人々、顔を背ける者、鼻を押さえる者、それを前にしてみなどこか嫌悪の表情を浮かべていた

 え、そんなにこれが嫌なの……?

 俺は理解に苦しんだ。しかし、だからと言って食べない理由にはならない

 俺たちは率先してそれに口をつけた

 次の瞬間、舌に乗る野菜や果物の甘さ、しっかりと煮込まれてどろりとしたそれに魂ごと持っていかれそうになる!そして、その後にくるピリッとした辛さがさらなる食欲を刺激する

「美味い!」

「これこれ!さすがだな~辛さも抑えられてる」

「食べやすくて、どんどんスプーンが進む」

 俺たちは夢中で食べた。それはもう周りのことなんて気にならないほどに

 ある伯爵がおそるおそるスプーンですくう。それを持ち上げ……ピタッと止まる。が、しかし周囲の視線が伯爵へと集まる。その視線により後に引けなくなる。もうどうにでもなれ!と意を決してそれを口へと運ぶ

 周りが息をのむ。

 ごくり……

 どっどっどっ心臓の音がうるさい

 ……ぱくっ

 もぐっもぐっもぐっ

「……本当だ、美味しいぞ」

「え……?そうなの?」

「私も食べてみようかしら」

「こんな食べ物、初めてだ」

 気付くとさっきまでの嫌悪が嘘のように皆食べ始めたではないか、びっくり

 まぁ俺たちは気にせず食べ進めて気付いたらデザートが来ていたのだけれど

 デザートはマンゴープリン

 え!プリンにしちゃったの?なんてファンタスティックなことしちゃったの

 俺はまたもや夢中で食べていた

「ミチル、そろそろ帰るぞ」

「え、もう終わり?まだなんか出てこないの?」

「デザートまで出たから終わりだ」

「ミチル、食い意地張りすぎ」

 ベニートに促され、ランにたしなめられ俺は迎賓館を後にした

 次の日、大変なことになるとは露知らず

 そして、壇上からほくそ笑むひとりの男がいたことも……