「そうだよなあ、そうだよなあ」
「しゅわしゅわしないね」
父が首をひねり、母が怪訝そうに言います。
「ちっともしない」
わたしはうんうんとうなずいて、もう一口飲みます。炭酸の匂い、みたいなものはするのですが、あのしゅわしゅわと舌を突く感じはまったくありません。水、というのがやっぱりふさわしいでしょう。
「午後ちゃんが炭酸飲んでるだなんて、不思議な光景だなあ」
「しかも強炭酸」
わたしが暑い日にサイダーを飲むように——飲んだことはないですけれど——「ぷはあっ」とすると、父も母も笑いました。
「写真に撮っておきたいね」
「ラベルがちゃんと見えるようにしてね」
ひとしきり笑って、ペットボトルを父へ返しながら言います。
「それにしてもどうしちゃったんだろう、ぬけちゃったのかな」
このときばっかりは、大好きなにくじゃがもなおざらしでした。
「キャップの下の日付はなんて書いてある? こういう飲み物ってだいたい、製造日が書いてあるだろう」
近ごろ老眼に悩まされていた父は、ペットボトルをわたしの手へ戻しました。
「ああ、なるほど!」
「見てみる! えーっと……」
——2026.02.15.
ふりかえって後ろにあるカレンダーの日付を見ます。
「4ヶ月前だね」
「それなら作られたばかりだなあ、ぬけてるってこともなかろう」
わたしがうなずいて、母がビールを呑みます。ガラスのグラスの中で、白い泡がしゅわしゅわと上昇します。あれがペットボトルの中にも、あるはずだったのです。
わたしは食卓の下に置かれた、赤い紙パックに目をやりました。
「なんだか、芋焼酎のときのことを思い出すなあ」
「ああ、そんなこともあったねえ」
母に続いて、わたしもこっくりをします。
数年前、父がネットショッピングで買った芋焼酎。段ボール箱に一箱届いたそれからは、匂いがしなかったのです。さすがに1ダースも匂いのしないものを呑むのはいたたまれませんし、異常があってもいけませんから、父はそれをお酒の会社へ送り返しました。けれども「異常なしです」と言われ、結局あたらしいものが送られてきたのでした。
「注いだときも、おかしいなあとは思ったんだよ。しゅわしゅわーっと泡が登ってくるはずだろう、それがなかった」
ふんふん、とわたしと母はそろってうなずきます。わたしの手の中で、ペットボトルの液体がちゃぷんとゆれました。一瞬ひやりとしましたが、炭酸なんて入っていないものですから、なんともありません。
「そうして1杯目を呑んで、2杯目を呑んで、やっぱりしゅわしゅわないと。そんでもってペットボトルのほうを飲んでみたら、まったく水だったんだよ!」
「待って待って」
身振り手振りで語る父を、母が手で制します。
「おかしいなと思いながら、2杯も呑んだの?」
「いやあ」
父は一瞬母から目を逸らし、
「1杯目は氷が多いから、味なんてほとんどわからないんだよ」
「うーん、一理、ある……?」
わたしが首をかしげると、父は「ある、ある」と大真面目にうなずきます。
「ママがまちがって開けちゃったかな」
母が自分を指していいます。
「そんなことはないだろう、一口も飲んだ風でないし」
「夜、お水を用意したときによ」
ななめ上を向き、考えるような目をしています。わが家には夜眠る前、空いたペットボトルにお水を入れ、いつでも飲めるように置いておく習慣があります。
「だけど、使うペットボトルは絶対ラベルを取るようにしてるの。だからまちがうはずないんだけど……」
「そうだよねえ、ましてや、冷蔵庫に入れる必要もないもんね」
言って、わたしはペットボトルについた赤とクリーム色のラベルをパリリと鳴らしました。
「ラベルといえば。何ヶ月で炭酸が抜けます、とか、そういう記載はないんだろうかなあ」
父が少しひげの伸びたあごをなでながらいいました。父は祖父の家へ行くたび「おれは毎日剃っている」とドヤ顔をされていますが、自分も毎日そうする気にはちっともなっていないようでした。
「そんなの書いてあるかなあ」
「4ヶ月前につくられたってことだし、そのくらいで抜けちゃったら、炭酸としてちょっと売り物にならないよねえ」
そうだなあ、と父は首を捻ります。
「まあでも、炭酸が抜けてること自体めずらしかろう」
「たしかに、それもそうねえ」
「ちょっと見てみるよ」
わたしは両手でペットボトルを包み、クリーム色の地に、黒いインクで四角く囲まれた文字列に目を落としました。
ふと、その中の一文に目がひっかかります。
「ボトル上部に記載
——賞味期限」
わたしは「あっ」と声をあげました。
「しゅわしゅわしないね」
父が首をひねり、母が怪訝そうに言います。
「ちっともしない」
わたしはうんうんとうなずいて、もう一口飲みます。炭酸の匂い、みたいなものはするのですが、あのしゅわしゅわと舌を突く感じはまったくありません。水、というのがやっぱりふさわしいでしょう。
「午後ちゃんが炭酸飲んでるだなんて、不思議な光景だなあ」
「しかも強炭酸」
わたしが暑い日にサイダーを飲むように——飲んだことはないですけれど——「ぷはあっ」とすると、父も母も笑いました。
「写真に撮っておきたいね」
「ラベルがちゃんと見えるようにしてね」
ひとしきり笑って、ペットボトルを父へ返しながら言います。
「それにしてもどうしちゃったんだろう、ぬけちゃったのかな」
このときばっかりは、大好きなにくじゃがもなおざらしでした。
「キャップの下の日付はなんて書いてある? こういう飲み物ってだいたい、製造日が書いてあるだろう」
近ごろ老眼に悩まされていた父は、ペットボトルをわたしの手へ戻しました。
「ああ、なるほど!」
「見てみる! えーっと……」
——2026.02.15.
ふりかえって後ろにあるカレンダーの日付を見ます。
「4ヶ月前だね」
「それなら作られたばかりだなあ、ぬけてるってこともなかろう」
わたしがうなずいて、母がビールを呑みます。ガラスのグラスの中で、白い泡がしゅわしゅわと上昇します。あれがペットボトルの中にも、あるはずだったのです。
わたしは食卓の下に置かれた、赤い紙パックに目をやりました。
「なんだか、芋焼酎のときのことを思い出すなあ」
「ああ、そんなこともあったねえ」
母に続いて、わたしもこっくりをします。
数年前、父がネットショッピングで買った芋焼酎。段ボール箱に一箱届いたそれからは、匂いがしなかったのです。さすがに1ダースも匂いのしないものを呑むのはいたたまれませんし、異常があってもいけませんから、父はそれをお酒の会社へ送り返しました。けれども「異常なしです」と言われ、結局あたらしいものが送られてきたのでした。
「注いだときも、おかしいなあとは思ったんだよ。しゅわしゅわーっと泡が登ってくるはずだろう、それがなかった」
ふんふん、とわたしと母はそろってうなずきます。わたしの手の中で、ペットボトルの液体がちゃぷんとゆれました。一瞬ひやりとしましたが、炭酸なんて入っていないものですから、なんともありません。
「そうして1杯目を呑んで、2杯目を呑んで、やっぱりしゅわしゅわないと。そんでもってペットボトルのほうを飲んでみたら、まったく水だったんだよ!」
「待って待って」
身振り手振りで語る父を、母が手で制します。
「おかしいなと思いながら、2杯も呑んだの?」
「いやあ」
父は一瞬母から目を逸らし、
「1杯目は氷が多いから、味なんてほとんどわからないんだよ」
「うーん、一理、ある……?」
わたしが首をかしげると、父は「ある、ある」と大真面目にうなずきます。
「ママがまちがって開けちゃったかな」
母が自分を指していいます。
「そんなことはないだろう、一口も飲んだ風でないし」
「夜、お水を用意したときによ」
ななめ上を向き、考えるような目をしています。わが家には夜眠る前、空いたペットボトルにお水を入れ、いつでも飲めるように置いておく習慣があります。
「だけど、使うペットボトルは絶対ラベルを取るようにしてるの。だからまちがうはずないんだけど……」
「そうだよねえ、ましてや、冷蔵庫に入れる必要もないもんね」
言って、わたしはペットボトルについた赤とクリーム色のラベルをパリリと鳴らしました。
「ラベルといえば。何ヶ月で炭酸が抜けます、とか、そういう記載はないんだろうかなあ」
父が少しひげの伸びたあごをなでながらいいました。父は祖父の家へ行くたび「おれは毎日剃っている」とドヤ顔をされていますが、自分も毎日そうする気にはちっともなっていないようでした。
「そんなの書いてあるかなあ」
「4ヶ月前につくられたってことだし、そのくらいで抜けちゃったら、炭酸としてちょっと売り物にならないよねえ」
そうだなあ、と父は首を捻ります。
「まあでも、炭酸が抜けてること自体めずらしかろう」
「たしかに、それもそうねえ」
「ちょっと見てみるよ」
わたしは両手でペットボトルを包み、クリーム色の地に、黒いインクで四角く囲まれた文字列に目を落としました。
ふと、その中の一文に目がひっかかります。
「ボトル上部に記載
——賞味期限」
わたしは「あっ」と声をあげました。


