午後の日記帳 2026

2026年4月15日(水)


「午後ちゃんの文章で、小説を書いてみたらいいんじゃないの」

 白い器の煮物に手を伸ばしながら、父は言いました。そして両親からも「ちゃん」づけで呼ばれている箱入り娘が、わたしというわけです。

「うーん、どういうこと?」

 箸を止めて訊き返すと、父は宙に浮かぶものでもみるような目になりました。母もぽかんとしています。ただじっくり煮られたじゃがいもだけが、にっこりとほほえんでいました。

「……ほら、中学校を卒業するときの後輩へのお手紙とか、パパにくれるメッセージの文章とか、そういうの。小説を書くときの文章は型にはまってるっていうか、太宰っぽいというか」

 太宰の太の字も読んだことのないくせに、そんなことを言います。父は本を読まないひとです。わかったように言われるのは、なんだか悔しく思われます。わたしはひとくち、お茶を啜りました。

 しかしこれまでを思い返してみるならば、少しですがわかるような気がしました。小説というと、ドラマチックの塊です。はらはらするようなミステリを読んだあとの、ゆるやかなあとがきには、ずいぶんほっとさせられます。父が言っているのは、きっとそういうことなのでしょう。

 反抗期の身としてはちょっぴり言い返したい気もしますが、父の意見も興味深くはあるので、ディベートはやめにしました。

「なるほど」

「ミステリーでも殺人でもさ、午後ちゃんのほんわかした文章で書いたら楽しそうじゃない」

「ふむふむ……敬語調ってこと?」

「いやあ、そんな上辺のことじゃないよ」

「——むずかしいなあ」

 母はテニスの試合を見るように、ビール片手に父とわたしとを交互に見ています。

「ごめんごめん、パパいらないこと言ったか」

「ううん、面白そうじゃない。いつ書けるかわからないけど、なにか考えておくよ」

 そんなことを言って、その日その話はおしまいになりました。母が父に言われて、ウィスキーのお湯割りを作りにこたつから立ち上がりました。ただわたしの心に、好奇心とわだかまりとを残して。