「ドーマ、ピューディ、カルオ、テーリク……我が国が抱える占星術師全員が同じことを言うか」
「はい、災厄の出現位置以降は、やはり災厄のことを占うことはできないそうです」
災厄の出現に即座に動き出す国ばかりではない。予言に踊らされず、慎重に事態を見極めてから動き出す国もある。
コルセート国の南西に位置する都市国家ファーラレリはその慎重な国の一つだ。
王であるラチノースは占星術師の話を聞いて、指でとんとんと音を立てる。
都市国家ファーラレリは、かつて傭兵国家バルドラの領内を流れる河川の近くに作られた町に過ぎなかった。山に囲まれて交通の便も悪く、国内でも重要視されていない程度の町だ。
当時バルドラを統べていた王は、戦争と聞けば稼ぎ時だと、あちこちに自国の民を傭兵として派遣していたが、金を払えばどの国にも加担をするその方針が疎まれ……稼ぎ時だったはずの戦争を仕掛けられて滅んだ。
自国が狙われるとは夢にも思っていなかったのか、あっけなく。
国が滅亡する前にファーラレリがバルドラから独立できるよう根回ししていたのが、当時の都市長であり、王ラチノースの曽祖父である。
他の歴史ある国に比べれば新興国家であり、ようやく安定した現在を手に入れることができたファーラレリにとって、災厄の出現は歓迎したいものではなかった。災厄の出現に目の色を変えて短絡的に行動を起こすことはしない。
「他国と違って、誰も逃げ出していないのが不幸中の幸いではあるが……問題は捜索のほうだな」
災厄の出現場所は魔境の樹海。人間が踏破できない瘴気漂う魔物の巣。
星すら見させてくれない分厚い葉の天蓋。無限に並ぶ樹木の景色。
瘴気が濃くなれば魔物の活動も活性化して、さらに命の危険は増す。
迷わないように進むだけでも手一杯……他の国は数に任せているようだが、ラチノースの考えは逆だった。
「王よ。やはり増員を……」
「王ではなく市長と呼べ」
「いえ、ですが……」
「王では貴様らとの距離が遠すぎる。ここは都市国家ファーラレリ。わざわざ民との距離が遠い呼び方にする必要はない」
側近はラチノースの考えに少しの不満を表情に表した。
「それと、増員はなしだ。魔境の樹海に増員を送ったところで被害が大きくなる。行かせるなら他国の傭兵や冒険者だが、基本的には信用ならん。効率は悪くとも、魔境の樹海で確実に生き残れる実力を持った少数精鋭に任せるべきだ。人数が必要になるのはもっと後になる」
側近はさらにわかりやすく、不満を表情で表した。
ここまで露骨な表情が許されるのはこの国の風通しによるものであろう。
そんな時、入室の合図にラチノースは許可を出す。
「ただいま戻りました、ラチノース様」
「ここから二週間で樹海と往復できるのは君くらいなものだ、リーニャ」
市長室――側近は頑なに謁見の間と呼ぶ――に入ってきたのは耳が長く、褐色の肌を持つ種族ダークエルフ。先頭に立つダークエルフは、後ろに率いている者達よりも小柄ながら最も堂々としていて、その威容は他と隔絶していた。
都市国家ファーラレリが誇る異能使い、名をリーニャ。
元は自然と生きるエルフ種の彼女らは、適正、実力共に魔境の樹海を探索するのに最も適した部隊といえよう。
「災厄とやらは発見できたか」
「いえ、災厄と思わしき存在は何も。もっとも、高いところにあるのであれば見逃しているかもしれません。私は見ての通り、小柄で可愛いダークエルフなもので」
「はっはっは。そうか、私としたことが、魔境の樹海に生息する樹木の背が軒並み高いことを失念していたよ。我々が巨大と感じるのだから、君にとっては森が木々ではなく山々に感じただろうさ」
入室早々、軽口を言い合えるのが彼等の日常といえる。
「報告があるというのだから発見はあったのだろう」
「はい。占星術師が予言した災厄の出現位置で、悪斑狼の死体を発見しました。自然死ではなく殺されています」
「あれをか? あれを殺す……? 災厄とやらの仕業か?」
「わかりません。ですが、足や体を綺麗に斬られて殺されていました。災厄であっても災厄を持ち出した人物であっても、少なくとも悪斑狼を倒せるレベルの存在であることは間違いないかと」
「やはり君達を送って正解だったな。まさしく魔境の樹海の名の通り、悪斑狼がいるような場所に下手な人員は送れん。命の無駄は私の避けるところだ」
ラチノースはわざとらしく側近に視線をやった。
不満そうではあるが、すっかり大人しい。
「災厄の消息は?」
「とにかく情報が少ないのでまだ何も……一先ず、樹海の付近や持ち去られた可能性を考えて近隣の村を捜索する予定です。次の報告は遅れるかと」
「では災厄が生物であるというエルフ種の情報……他国はどこまで?」
占星術師が災厄について何も占えない中、長寿であるエルフ種には代々伝わる伝承として災厄について記されたものがある。その伝承によれば災厄とは生物らしい。異種族だろうが国民として受け入れる都市国家ファーラレリならではの情報のリードだった。
「恐らくまだ気付いていないでしょうが、捜索が難航すればその結論には辿り着くかと」
「だろうな。他の捜索部隊が馬鹿であれ、と願うことを命令にするわけにはいかん」
ラチノースは指でとんとんと音を鳴らす。
苛立ちからではなく、考える癖のようなものだろうか。
「……私は、災厄を使って国を発展させようなどとは考えていない」
「な……!?」
「……」
突然何を言い出すのかと隣の側近は驚いた。
災厄が手に入れば時代の覇者となる。一国の王であれば当然その予言を叶えるために動くのだと側近は信じてやまなかったのだが、どうやら見当違いだったようで肩を落とした。
「私達は他の欲に塗れた国とは違い、誰も詳細を知らない災厄とは何なのかをまず見極めることを優先としている。わかるな?」
「心得ています」
「国の統治に熱狂はいらぬ。曖昧な力もいらぬ。その手腕のみが民を導く」
ラチノースの宣言にその場にいた全員が自然と傅く。
「引き続き、リーニャ達は戻って周辺の調査を続けよ。どちらにせよ、君達が見つけられないのなら他の者は満足に捜すことすらできまい。依然として、君達の存在が我が国をリードさせていると言ってもいい。頼むぞ」
「はっ!」
報告を終えたリーニャはそのまま下がる。
部屋にはまたラチノースと側近だけとなった。
「ふむ、悪斑狼の死体か……災厄だとすれば確かにかなりの力だが、時代の覇者になれるかというとまだ判断がつかないな」
「ラチノース様、やはり増員を……」
「駄目だと言っているのがわからんか」
「しかし、他国に先を越されれば!!」
「災厄というのは正体不明なのだ。予言に踊らされ、人員を派遣した途端に戦争を仕掛けられた……なんて間抜けな王にしてくれるな。捜索は樹海という環境に適している彼女らに今は任せるのだ」
都市国家ファーラレリは小国。災厄に夢中になり、大勢の人材を外に出している隙に滅んだ、なんてことは笑い話にもならない。
「これからは魔境の樹海付近は嫌でも人が増えていく。その中の誰かが不審な死でも遂げてくれれば、災厄とは何なのか、その一端を彼女達が見ていてくれるかもしれんだろう? その時の犠牲者はできるだけ他国の人間が望ましい。我が国の民が犠牲者になる可能性をわざわざ増やす意味もない」
「それでは……リーニャ達は……?」
ラチノースは不思議そうに眉間に皺を寄せた。
「あれらは生き残る可能性が一番高いからこその例外だ。捨て石とはまた使い方が違う……無用な推測でそんな不安を抱えるでない」
「し、失礼しました!」
「若いな我が側近は。推測というのは不安を作るために使う機能ではないよ」
この空気の中、あなたのほうが若いです、とは側近も言えなかった。
「はい、災厄の出現位置以降は、やはり災厄のことを占うことはできないそうです」
災厄の出現に即座に動き出す国ばかりではない。予言に踊らされず、慎重に事態を見極めてから動き出す国もある。
コルセート国の南西に位置する都市国家ファーラレリはその慎重な国の一つだ。
王であるラチノースは占星術師の話を聞いて、指でとんとんと音を立てる。
都市国家ファーラレリは、かつて傭兵国家バルドラの領内を流れる河川の近くに作られた町に過ぎなかった。山に囲まれて交通の便も悪く、国内でも重要視されていない程度の町だ。
当時バルドラを統べていた王は、戦争と聞けば稼ぎ時だと、あちこちに自国の民を傭兵として派遣していたが、金を払えばどの国にも加担をするその方針が疎まれ……稼ぎ時だったはずの戦争を仕掛けられて滅んだ。
自国が狙われるとは夢にも思っていなかったのか、あっけなく。
国が滅亡する前にファーラレリがバルドラから独立できるよう根回ししていたのが、当時の都市長であり、王ラチノースの曽祖父である。
他の歴史ある国に比べれば新興国家であり、ようやく安定した現在を手に入れることができたファーラレリにとって、災厄の出現は歓迎したいものではなかった。災厄の出現に目の色を変えて短絡的に行動を起こすことはしない。
「他国と違って、誰も逃げ出していないのが不幸中の幸いではあるが……問題は捜索のほうだな」
災厄の出現場所は魔境の樹海。人間が踏破できない瘴気漂う魔物の巣。
星すら見させてくれない分厚い葉の天蓋。無限に並ぶ樹木の景色。
瘴気が濃くなれば魔物の活動も活性化して、さらに命の危険は増す。
迷わないように進むだけでも手一杯……他の国は数に任せているようだが、ラチノースの考えは逆だった。
「王よ。やはり増員を……」
「王ではなく市長と呼べ」
「いえ、ですが……」
「王では貴様らとの距離が遠すぎる。ここは都市国家ファーラレリ。わざわざ民との距離が遠い呼び方にする必要はない」
側近はラチノースの考えに少しの不満を表情に表した。
「それと、増員はなしだ。魔境の樹海に増員を送ったところで被害が大きくなる。行かせるなら他国の傭兵や冒険者だが、基本的には信用ならん。効率は悪くとも、魔境の樹海で確実に生き残れる実力を持った少数精鋭に任せるべきだ。人数が必要になるのはもっと後になる」
側近はさらにわかりやすく、不満を表情で表した。
ここまで露骨な表情が許されるのはこの国の風通しによるものであろう。
そんな時、入室の合図にラチノースは許可を出す。
「ただいま戻りました、ラチノース様」
「ここから二週間で樹海と往復できるのは君くらいなものだ、リーニャ」
市長室――側近は頑なに謁見の間と呼ぶ――に入ってきたのは耳が長く、褐色の肌を持つ種族ダークエルフ。先頭に立つダークエルフは、後ろに率いている者達よりも小柄ながら最も堂々としていて、その威容は他と隔絶していた。
都市国家ファーラレリが誇る異能使い、名をリーニャ。
元は自然と生きるエルフ種の彼女らは、適正、実力共に魔境の樹海を探索するのに最も適した部隊といえよう。
「災厄とやらは発見できたか」
「いえ、災厄と思わしき存在は何も。もっとも、高いところにあるのであれば見逃しているかもしれません。私は見ての通り、小柄で可愛いダークエルフなもので」
「はっはっは。そうか、私としたことが、魔境の樹海に生息する樹木の背が軒並み高いことを失念していたよ。我々が巨大と感じるのだから、君にとっては森が木々ではなく山々に感じただろうさ」
入室早々、軽口を言い合えるのが彼等の日常といえる。
「報告があるというのだから発見はあったのだろう」
「はい。占星術師が予言した災厄の出現位置で、悪斑狼の死体を発見しました。自然死ではなく殺されています」
「あれをか? あれを殺す……? 災厄とやらの仕業か?」
「わかりません。ですが、足や体を綺麗に斬られて殺されていました。災厄であっても災厄を持ち出した人物であっても、少なくとも悪斑狼を倒せるレベルの存在であることは間違いないかと」
「やはり君達を送って正解だったな。まさしく魔境の樹海の名の通り、悪斑狼がいるような場所に下手な人員は送れん。命の無駄は私の避けるところだ」
ラチノースはわざとらしく側近に視線をやった。
不満そうではあるが、すっかり大人しい。
「災厄の消息は?」
「とにかく情報が少ないのでまだ何も……一先ず、樹海の付近や持ち去られた可能性を考えて近隣の村を捜索する予定です。次の報告は遅れるかと」
「では災厄が生物であるというエルフ種の情報……他国はどこまで?」
占星術師が災厄について何も占えない中、長寿であるエルフ種には代々伝わる伝承として災厄について記されたものがある。その伝承によれば災厄とは生物らしい。異種族だろうが国民として受け入れる都市国家ファーラレリならではの情報のリードだった。
「恐らくまだ気付いていないでしょうが、捜索が難航すればその結論には辿り着くかと」
「だろうな。他の捜索部隊が馬鹿であれ、と願うことを命令にするわけにはいかん」
ラチノースは指でとんとんと音を鳴らす。
苛立ちからではなく、考える癖のようなものだろうか。
「……私は、災厄を使って国を発展させようなどとは考えていない」
「な……!?」
「……」
突然何を言い出すのかと隣の側近は驚いた。
災厄が手に入れば時代の覇者となる。一国の王であれば当然その予言を叶えるために動くのだと側近は信じてやまなかったのだが、どうやら見当違いだったようで肩を落とした。
「私達は他の欲に塗れた国とは違い、誰も詳細を知らない災厄とは何なのかをまず見極めることを優先としている。わかるな?」
「心得ています」
「国の統治に熱狂はいらぬ。曖昧な力もいらぬ。その手腕のみが民を導く」
ラチノースの宣言にその場にいた全員が自然と傅く。
「引き続き、リーニャ達は戻って周辺の調査を続けよ。どちらにせよ、君達が見つけられないのなら他の者は満足に捜すことすらできまい。依然として、君達の存在が我が国をリードさせていると言ってもいい。頼むぞ」
「はっ!」
報告を終えたリーニャはそのまま下がる。
部屋にはまたラチノースと側近だけとなった。
「ふむ、悪斑狼の死体か……災厄だとすれば確かにかなりの力だが、時代の覇者になれるかというとまだ判断がつかないな」
「ラチノース様、やはり増員を……」
「駄目だと言っているのがわからんか」
「しかし、他国に先を越されれば!!」
「災厄というのは正体不明なのだ。予言に踊らされ、人員を派遣した途端に戦争を仕掛けられた……なんて間抜けな王にしてくれるな。捜索は樹海という環境に適している彼女らに今は任せるのだ」
都市国家ファーラレリは小国。災厄に夢中になり、大勢の人材を外に出している隙に滅んだ、なんてことは笑い話にもならない。
「これからは魔境の樹海付近は嫌でも人が増えていく。その中の誰かが不審な死でも遂げてくれれば、災厄とは何なのか、その一端を彼女達が見ていてくれるかもしれんだろう? その時の犠牲者はできるだけ他国の人間が望ましい。我が国の民が犠牲者になる可能性をわざわざ増やす意味もない」
「それでは……リーニャ達は……?」
ラチノースは不思議そうに眉間に皺を寄せた。
「あれらは生き残る可能性が一番高いからこその例外だ。捨て石とはまた使い方が違う……無用な推測でそんな不安を抱えるでない」
「し、失礼しました!」
「若いな我が側近は。推測というのは不安を作るために使う機能ではないよ」
この空気の中、あなたのほうが若いです、とは側近も言えなかった。
