災厄はどこにいる?

 ゴレスの家は村に来た時に余っていた平屋でこぢんまりとしている。
 鎧を収められるクローゼットとベッド、そしてテーブルしかない。

「うわー……家の中なのに殺風景……。ゴレスらしいけど」
「えっと、シャーリー? 流石にもう……」

「何言ってんの。あんただけにその子を任せられるわけないでしょ。今日ずっとわたわたしてただけの頼りないゴレスさん? いや、ゴレスくん?」
「わかった。頼むからやめてくれシャーリー……君に年下扱いされていると自分の情けなさを突き付けられているようだよ」
「そんな図体してて、どうせ私のことを襲う度胸もないんだから、大人しく世話になっておけばいいのよ、全く」

 シャーリーは呆れるようにゴレスの家に入っていく。
 村で買った干し肉とパン、そして豆のスープを簡単に作って食事を済ませた。村長からの助言通り、子供にはヤギのミルクを飲ませる。ごくごくと飲み始めたのを見て、ゴレスは心の底から安堵した。

「本当に今日はシャーリーのおかげで助かったよ……シャーリーは俺より後に村に来たはずなのに、溶け込んでて凄いよな」
「別に凄くないわよ。まずは話してみて、互いに気分よく話せたなら大抵そっからいい関係は築けるでしょ。あんたはいつまで経っても他人行儀に挨拶するくらいで、後は一人で閉じこもってるから村の人達とずっと距離が空きっぱなしなだけ。そりゃいつまでもよそ者扱いされるわよ」
「め、面目ない……いや本当に面目ない……」

 年上の自分よりもよほどしっかりしているシャーリーに、ゴレスは少し情けなくなる。同時に、仕事もできてコミュニケーションもばっちりなシャーリーが、わざわざこんな辺境にまで来た理由が気になった。

「そういえば聞いたことがなかったけど、シャーリーは何でここに来たんだ? 君なら俺と違って他の町でもあっさり馴染めるだろうし、占星術師としての腕だっていいんだからよっぽどいい暮らしができるんじゃないのか?」

 ゴレスが聞くと、シャーリーの手がぴたりと止まった。

「ようやく、私に興味持ってくれた?」
「へ?」

 シャーリーはじっとゴレスの目を見る。
 ゴレスは恥ずかしさを誤魔化すように頭を掻いた。

「いや、どうだろうな……ああ、でも……今もだけど、何でこんないい子がわざわざここまで付き合ってくれるんだろうとは思ったよ」
「……そっか」

 少し、二人の間にあった空気が変わる。
 何故こんな気まずい雰囲気になっているのかゴレスはわからず、スープを掬う音がやけに大きく聞こえた。困ったようにちらちらと視線を向けてくるゴレスに業を煮やしたのか、シャーリーはびしっと指を差した。

「何でってねぇ! 私の占い結果を聞いて何も考えずにあんたが飛び出したからでしょ! 責任感じてんの!」
「そ、それもすまない! 本当に!」

 気まずい雰囲気はシャーリーがいつもの調子で振る舞ってくれたおかげでどこかへいってくれた。あまりに真っ当なシャーリーの言い分に、ゴレスは平謝りをするしかない。
 二人とも食事を終えると、一日中、棚上げしていた話についてシャーリーは真面目な表情で切り出す。

「この子……占いで出た災厄、なんでしょ……?」
「ああ、そうだ」
「ゴレスは災厄を破壊しに行って、この子を見つけちゃったんだ……?」
「……ああ、そうだよ」

 ゴレスは非難されるのを覚悟した。
 古代の予言に記された災厄……そんなものをこの村に持ち込んだ。
 一体何をしてくれたのか、と。非難されても仕方ないとゴレスは身構える。

「わかるよ……無理だよね……」

 ゴレスの予想に反して、シャーリーの口から出たのは共感だった。
 シャーリーは、村人から貰ったイジコの中で寝ている子供の頬を撫でた。
 鼻水が少し出て、口の端には先程飲ませたヤギのミルクの跡がある。シャーリーはそれを優しく拭った。

「だって、普通の子供にしか見えないもの……この子が災厄だって言われても、信じられない……。こんなまだお乳を飲んでるような子が、どうやって世界をどうこうするっていうのよ……」
「占いで……わからないのか……?」
「ちょっと、占星術師が何でもわかると思ってるの? 災厄に関しては出現と場所以外は何も占えないんだよ。私より能力の高い占星術師ならわからないけど」
「そうか……」
「私達は今、災厄に騙されているのかな……村の人もまさかこの子供が災厄だなんて思ってもみないだろうし」

 それはゴレスも考えたことだった。
 もし災厄と呼ばれる何かが子供の姿をして人間に庇護させようとしているのだとしたら。

「そうだとしても、俺にはこの子を手に掛けるのは無理だった……体が勝手に動いていた……そのまま見届ければ、この子は魔物に食われていた。それだけは間違いないんだ」

 ゴレスは問う。

「なあシャーリー……俺はやっぱり間違えたんだろうか。災厄と呼ばれる子供を助けるだなんて」
「さあ? そんなの私にはわからないわ」
「……そりゃそうだ」
「わかるのはゴレスだけでしょ」
「俺の?」
「そう。あなただけ」

 シャーリーに言われて、ゴレスは押し黙ってしまった。
 それを、この村に来てからずっと悩み続けて……答えが出ない。
 自分がやったことが正しいのか、間違っているのか。

「ねぇ、それより……いつまでもこの子とか災厄とかじゃまずいわよ。名前決めないの?」
「え? あ、ああ、確かにそうだな」

 確かに、いつまでもこの子とか子供と呼ぶのは、まるで遠ざけているようでおかしい。
 見捨てなかった責任がある……今日言われた言葉がゴレスの中で繰り返しこだまする。。
 この子供が災厄であろうと何であろうと、少なくともゴレスだけはしっかりと向き合わなければならないのだ。名前を付けずにいつまでも他人事なのは、それこそ間違っている。

「ラウハ。どこかの国で、平和って意味の言葉だったような気がする」
「……ゴレスって名付けまで自信なさそうなのね」

 曖昧な記憶の中から引っ張り出した渾身の名前だが、それすら自信がなさそうに見えたのかシャーリーは呆れてしまった。

「ラウハ」
「ラウハおやすみ」

 二人が名前を呼ぶと、ラウハは小さな手を動かした。
 出会った時に掴んだ頼もしいゴレスの指を探しているかのように。
 二人はそんなラウハの姿を微笑ましく見守りベッドに運ぶ。
 ゴレスにとっては久しぶりに充実して、慌ただしかった一日は終わりを告げる。

 …………………。
 …………。
 ……。

「うんやあああああ!」
「おおおおお!?」
「わっ!?」

 と、大人しく寝静まってくれるわけもなく、ラウハはベッドに運んだ途端に起きた。
 ベッドに置いた瞬間、何かに勘付いたかのように。

「夜泣きってこの歳でもするんだ……新しい環境で不安なのかな」
「シャーリーは寝てくれ! 俺がラウハと一緒にいるよ」
「何言ってんの。こういうのは共同でやるもんでしょ。交代で起きよう。先に私」
「な、何で」
「ゴレスが先だと私に気遣って起こさないでしょ! だから私が先!」
「はい……」

 どうやらシャーリーにはゴレスの考えていることは見透かされているようで。
 シャーリーはゴレスからラウハを奪い取って、なだめるように抱っこをする。
 育児における女性の頼もしさを、ゴレスは今まさに実感していた。

「いつまで見てるの? 早く寝て? おやすみなさい!」
「おやすみなさい……」

 結局一日中、シャーリーのお世話になりっぱなしだな……と落ち込みながらゴレスはすごすごと寝室に引っ込んだ。