災厄はどこにいる?

「あらあら、元気な赤ん坊だね。なあにお安い御用さ」
「ありがとうミューレさん。ほらゴレス後ろ向いて」
「はい!」

 泣きわめく子供を連れてシャーリーが頼ったのは三軒隣のミューレという女性だった。ゴレスも顔は知っているが、会話をしたことはない。
 ミューレはシャーリーから子供を渡されると、片胸をはだけさせて子供に近付けた。すると、今の今まで泣き喚いていたのが嘘のように落ち着いて、乳を吸い始める。

「な、泣き止んだ……!」

 後ろを向いたゴレスも声が聞こえなくなったのがわかって驚愕する。
 何と、救世主は三軒隣にいたのかと。

「私は去年に娘を生んだばかりだからね。まだ乳が出るのさ」
「ほんと助かりました……私は結婚してないし、ゴレスはこの図体で慌てるだけで頼りにならなくて」
「元騎士だってのに情けないねえ、男ならどんと構えなよゴレスさん。だからいつまでもよそ者って言われんだい」
「はは……面目ない……」

 ゴレスがこの村に来てから三年経つ。あだ名は〝よそ者〟だった。
 今までのゴレスを知る者はおらず、知人は誰もいない。そして偶然にも知人が訪れることのないこの村は、ゴレスにとって一番都合がよかった。
 しかしいつまで経っても村に馴染めず、過去のことを考えて一日を過ごすしかない。たまに見かけて、村とは違う陰気な雰囲気のまま生きているゴレスのことを村人達はそう呼ぶ。

「それにしても、この子供はどうしたんだい……? ゴレスさんの隠し子?」
「違う! 違います! 出掛けた先で見つけまして……その……放っておけず……」

 嘘ではない。しかし、本当のことは言えなかった。
 そんなゴレスの心情を聞いていたシャーリーにも緊張が走る。

「ああ、あんたお人好しそうだもんねえ。ほら、終わったよ。」

 ミューレが乳をのませ終わると、ゴレスは振り返る。
 子供は満足そうに……というよりもお腹がいっぱいになって眠そうにしていた。

「あー……うなあ……」
「どうも……助かりました、ありがとう」

 ゴレスは子供を受け取りながら、ミューレに頭を下げる。
 ミューレは気持ちのいい笑顔で応えてくれた。

「私に対するお礼なんてどうでもいいんだよ。それよりも、子供を育てるってのは思った以上に大変だから気合い入れなよ!」
「はい……」
「実の子供じゃなくたってあんたが拾った以上、責任があるんだからね。拾った責任じゃなくて見捨てなかった責任だ。子供ってのは大人の罪滅ぼしや未練を叶える道具じゃなくて、未来を作ってくれる存在なんだから……しっかり育てなよ」

 ミューレの言葉はゴレスの心臓を叩くように強く届く。
 ゴレスはミューレの顔を初めて見たような気がして、もう一度頭を下げた。
そのタイミングでミューレの子供も泣き始めて、どうも様にはならなかった。


「ああ!? ガキができた!? 拾った!? どっちでもいいわ! ならイジコだイジコ!」
「イジコ……っていうのは?」
「なんだシャーリーちゃんも知らんのかい? イジコはイジコさ!」
「誰か余ってる奴いねえか!?」
「うちのはもう使わねえ! 持ってけ持ってけ! はー、子供ってのはどこの誰だろうと可愛いもんだ」
 次に村長の家に行こうとしたところ、子供を抱っこしているゴレスとシャーリーという組み合わせを不思議に感じた村人達が二人を囲んだ。
 寝ている子供を村人達がじろじろと観察していると、村人の一人がイジコと呼ばれる物を持ってきてくれる。

「桶……?」

 村人が持ってきたのは少し大きな桶だった。中には数枚の布と藁くずなどが詰め込まれている。

「仕事中はそれに赤ん坊を突っ込んどけばばっちりよ! (わし)も昔はそうやって親が仕事している間よだれ垂らして寝てたそうだ」
「ベッドのようなものか……! これはありがたい!」
「よそ者みたいに陰気な奴に拾われたとあっちゃあ、この子供が可哀想だかんな。隣人くらいには恵まれたってことで、これくらいはただでやるよ」
「ありがとう! 助かるよ!」
「お、おう……前にぬかるみにはまった荷車を出すのを手伝ってくれたからな。そん時の礼さ」
「む? そんなことあったかい?」
「いや……いいさ。忘れてくれ」

 村人はゴレスにイジコを渡すと、そのまま仕事に戻っていった。
 ゴレスはイジコをくれた村人の顔を思い出そうとしたが、何度思い出そうとしても初めて見たようにしか思えなかった。


「ヤギのミルクだ。ヤギだよヤギ」
「ヤギ? 飲ませていいの?」
「おうよ。儂の爺さんの爺さんの爺さんの代から、んなもんは常識よ」

 二人が次に訪れたのは村長マルクのところだった。マルクは八十を超えているというのに元気に走り回っているくらい健康で、村の知恵袋のような存在だった。
 ゴレスが訪ねてきて少し驚いたようだったが、一歳ぐらいの子供には母乳以外に何を食べさせたら大丈夫なのかを、知恵自慢をするかのように教えてくれる。
 ゴレスは教えてもらったものを頭に詰め込むように繰り返している。
 そんなゴレスの胸をマルクはばしっ、と叩いた。

「まさかよそ者がよそ者のガキを拾ってくるたあな、おかしなこともあるもんだ」
「村長! 趣味悪い絡み方しないでよ!」
「シャーリー、お前もこいつでええんか? もっといい男が村にはいんぞ? お前なら引く手数多だ。村中の男が手を挙げるだろうよ」
「何の話よ! 大きなお世話!」

 シャーリーは地団駄を踏むが、マルクは無視してゴレスに絡む。

「ガキみてえな男がガキを育てられんのか? え?」
「村長さん、俺もう三十一ですよ……流石にガキは……」
「何言ってんだ。お前なんざ儂からすりゃガキよガキ。シャーリーに頼って儂を訪ねてくるような奴が大人なわけあるかいな。大人なら子供を拾ったら真っ先に村長を訪ねて相談するもんだろうが……え? 儂はシャーリーより頼りないか?」
「いえ、決してそういうことじゃなくてですね……この村で話せる知人がシャーリーしかいないからで……」
「それがガキだっつうんだよ、よそ者。ガキ拾う度胸があんなら、まず一番にてめえが村長である儂のとこに乗り込むんだよ」
「す、すみません……」
「お前みたいなよそ者でも村に置いてやってる寛大な儂に感謝するんだな」

 村長から手痛いお叱りを受けたゴレスはとぼとぼと帰路についた。

「……みんな、親切だったな」
「何言ってんの? この村は最初から結構親切でしょ。私達みたいなよそ者も普通に受け入れてくれてるんだから。ひどいとこだとよそ者ってだけでよくて村八分、悪くて奴隷にしちゃう村だってあるんだからね」
「そ、そんな恐ろしい村があるのか!?」
「ええ、この村はかなり寛容よ。土地が豊かなせいかしらね……? ていうか、そうじゃなきゃ、お乳貰いに行こうなんて言えないでしょ」

 ゴレスは今日一日、自分達が受けた優しさを思い出す。
 仕方ない、と言いつつも手助けしてくれる世話焼きな村人達の顔は決して忘れることはないだろう。
 ……だが同時に、子供が災厄だとばれた時にその優しさがどうなるのか。
 そんな縁起でもない想像をしたせいか、温もりに触れていたはずの帰路は妙に寒気がした。