災厄はどこにいる?

 ゴレスの住む村はコルセート国の辺境に存在する。
 魔境の樹海に最も近く、樹海に挑む者が度々訪れるので辺境の割に寂れてはいない。コルセート国自体が栄えているのもあって、馬車で三日もかければ一番近い町にも着くくらいだ。
 たまにやってくる普通の肉食獣と村人の激闘に目をつむれば、樹海のおかげで土は肥沃で農耕にも適している。町よりも樹海が近いというあまりに大きすぎる欠点を除けば、穏やかでどこにでもあるような村だ。
 魔境の樹海に住む魔物は、瘴気を好むので村まで下りてくることも少ないとはいえ、好き好んでそんな危険な場所に住みたいと思う人間は少ない。事実、ここ数年で村に移り住んだのは二人だけだった。

「シャーリー! シャーリー!!」

 その片割れであるゴレスは村に帰ってきて早々、重々しい鎧の音を立てながら慌ただしく村の通りを突っ切っている。
 帰ってくるなり慌てふためいているゴレスに何の騒ぎだと村人も顔を出した。

「なぁに? よそ者が朝から騒いでるわよ」
「帰ってきたんだな。いつも辛気くせえ顔してるから、そのままどっかに行っちまうかと思ってたのに」
「ったく、普段大人しい癖に今日はやけにうるさいのう……ん? 何を抱えておるんじゃあいつ……?」

 村人からの視線も声もゴレスにとってはそれどころではなかった。
 何せ腕に抱えているのは子供であり、世界中の占星術師が予言した災厄だ。
 このことが誰かに知られたらどうなるか……ゴレスには想像もつかない。
 子供であること。綺麗事とすら捉えられかねない理由に自分はその災厄を連れ帰ったのだ。
 そして、自分一人でその事実を抱えられる自信もなかった。
 この村で唯一頼れる人間の意見を聞きたいと、ゴレスはとある店の扉を勢いよく開いた。

「シャーリー!」
「おかえりゴレス……でもやめてよね、あんな風に私の名前をでっかい声で呼ぶの。それと、まだ準備中よ」

 この村にしては洒落た外観の店に飛び込むと、そこには薄紫の衣を纏った金髪の美女が鏡を磨いていた。
 シャーリーはこの村唯一の占星術師で、占いを生業としている。
 明日の天気や生まれてくる子供の性別。今年は豊作かどうかや野良猫の場所。
 平和な村での他愛のないこととはいえ、そのほとんどを的中させている中々の腕を持っていた。
 ゴレスの少し後に村に移り住んできたのだが、どこか村人と壁のあるゴレスと違ってしっかりこの村の一員として溶け込んでいる。
 村の人間に頼られることも多々あり、こうして店に飛び込んでこられるのも一度や二度ではないので冷静だった。
 しかし、ゴレスの腕の中にいるものを見て、その冷静さもどこかに飛んでいく。

「こ……ども……? あんた、子供いたの……?」
「いや俺の子供じゃない! それよりシャーリーに協力してほしいことがあるんだ!」
「そ、そう……よかった……。私に協力してほしいことって?」

 満更でもない様子のシャーリー。
 そんなシャーリーの様子に気付かないゴレスは、迫真の表情で訴える。

「この子のために母乳を出してほしいんだ!! いつも村人の頼みに応えている君ならできるだろ!?」
「できてたまるかぁ!!」
「ふぐぉ!!」
 ゴレスの妄言に繰り出される渾身のストレート。
 頬を赤らめるシャーリーの拳は見事にゴレスの顎を捉え、ゴレスはその場に倒れる。
 抱えていた子供はゴレスの腕の中で、きゃっきゃっ、と喜んでいた。



「すまないシャーリー……正直、俺も気が動転していて……。まずはご飯だろうと思い込んでいたらあんなことを……」
「ちゃんと説明しなさいよ。どうしたのこの子」

 さっきの右ストレートでシャーリーを気に入ったのか、元から人懐っこいのか、子供は彼女の腕の中で眠っていた。ゴレスは甲冑を脱ぎ、正座させられながら躊躇いがちに頬をぽりぽりと掻いた。

「その、シャーリーが災厄について占ってくれただろう? その後は災厄が出現する場所も……」
「うん、でも今のところは村に何か起きる未来は見えてないから大丈夫よ」
「そ、それは何より……それで、俺もその占いを聞いたじゃないか? つまり……」
「……? 何よ、ずいぶんと歯切れが……」

 シャーリーの直感がそこで彼女自身の声を止めさせる。
 ゴレスがこの村から出発したのは自分が災厄の場所を占ってから。そして無事にゴレスが帰ってきて、何故か占いについて歯切れ悪そうにしている。
 シャーリーはゴレスと赤ん坊を交互に見て、ゴレスは気まずそうに頷いた。

「ま、まさか……」
「その、まさかなんだ……」

 シャーリーは自分が今抱いている子供がその災厄であることを確信する。
 冗談だと思いたかったが、ゴレスがそんな趣味の悪いジョークで自分をからかうとも思えなかった。
 つい、シャーリーは抱いている子供をゆっくり離そうとする。
 しかし、当の子供はシャーリーに抱かれて安心したのか、すやすやと寝息を立てていた。

「な、何かの間違いとかじゃなくて? だって、普通の子供にしか……」
「俺だってそう思いたい。けど、この子供は間違いなく魔境の樹海にいたんだ。しかも瘴気が濃くなる魔物の生息域に五体満足でだ……捨て子だったとして、危険を冒してそんな場所に子供を捨てに行く人なんていないだろう?」
「それは、そうだけど……」

 シャーリーもそれには納得せざるを得ない。
 瘴気の濃い場所はほぼ例外なく魔物の生息域……そんな場所にわざわざ子供を捨てに行く馬鹿はいない。子供どころか自分の命を捨てることになる。赤ん坊を捨てたいならもっと楽に捨てられる場所はいくらでもあるのだ。

「じゃあ私が占った場所に、この子が一人でいたっていうの?」
「そういうことだ。本当なんだよ。俺だって目を疑ったけど……」
 ゴレスが言いかけて、頭を抱えていると。

「……ゴレスは災厄を破壊(・・)しに行ったんだよね?」
「……っ!」

 シャーリーにそう聞かれて、ゴレスは顔を勢いよく上げた。
 殺す、ではなくわざわざ破壊という言葉を使って聞いてくれるシャーリーの気遣いが心に沁みる。歳かな、と自嘲しながらゴレスは身構えていた両肩から力を抜いた。

「ああ、そうだよ。俺は――」
「んぎゃあああ! んぎゃあああああああ!!」
「いっ!?」
「うひゃ……元気ぃ……」

 ゴレスが自分を責める前に、シャーリーに抱えられていた子供が泣き出した。
 小さな体からは想像もつかない声量で、何かを求めているのはわかる。
 しかし、ゴレスはどうしたらいいか全くわからない。魔物を狩る時とは違って、ただ敵を切り伏せれば解決、というわけではないことだけはわかる。

「匂いはしないからお腹空いたのかしら……ちょっとお乳貰ってきましょ」

 対してシャーリーは極めて冷静に、腕の中の子供をあやしながら店を出る。
 魔物が相手ならわかりやすいのになあ、とシャーリーの頼もしい背中を見ながら、ゴレスはついていくことしかできなかった。