その日の部活動終了後、俺はいつものように工学準備室へと立ち寄った。
緊張で震えている手でドアノブをひねると、年季の入った扉がキイと音を立てる。準備室の奥には、先日見た時と何ら変わらない様子で回路をいじる部長の姿があった。
普段とは違い静かに入室してきた僕を見て部長は少しだけ目を見開いた気がしたが、それについては特に言及せず「また来たのか」と言って柔く微笑んだ。
そんな部長に向かって、僕は口を開く。
「部長、部費のことなんですけど」
「ああ、それなんだけどな。実は今日も——」
ああ、まただ。やっぱり部長は僕にだけこういう態度をとるつもりらしい。俺は部長の言葉を遮り、顔を俯かせたまま彼に問いかけた。
「なんで嘘つくんですか?」
僕のその一言に、部長が息を呑んだのを気配で感じた。
「副部長から聞きました。部長は去年まではちゃんと部費払ってたって」
「……」
部長からは何も返事が返ってこない。しかしそれは肯定も同然だった。
やっぱり、わざとやっていたんだ。僕が困っているのを見て面白がっていたのかもしれない。僕のことが気に入らないのかもしれない。部費の回収のためとはいえ、連日押しかけたのも良くなかったのかもしれない。本当は僕の顔なんて見るのも苦痛だったのかもしれない。
そう思うとじんと目頭が熱くなって、気付けば僕は部長の前で涙を流してしまっていた。
「そんなに僕のことが嫌いなら、はっきりそう言えばいいじゃないですか!」
僕は情けないほどの涙声でそう叫んだ。
酷い。部長には困らされていたけれど、それでも悪い人ではないと思っていたのに。彼の組む回路は本当に美しくて、まるで芸術品のように完璧だった。そんな作品を生み出せる彼のことを素直に尊敬していたのに、こんなのってない。
こんなことをするくらいなら、ただ一言、目障りだから近付くなと言ってくれればよかったのに。
悲しくて仕方がない。最初はマイペースでどうしようもない人だと思っていたけれど、一緒にお茶をするうちに彼の機械に対する情熱に触れて、少しだけど仲良くなれたような気がしていた。彼と過ごす時間が楽しかった。でも、そう思っていたのは僕だけだったんだ。
「……こんな回りくどい嫌がらせしなくても、辞めてほしいならそう言ってほしかった」
「えっ……」
「今日付で退部します。今まで迷惑かけてすみませんでした」
僕はそれだけ言うと、部長に背中を向けて扉の方へと歩き出した。
しかし、そんな僕の腕を部長の手がしっかりと掴む。
「待ってくれ……! 違うんだ!」
その手を振り解いて立ち去ろうとしたけれど、思いのほか力が強くそれは叶わなかった。
どうして引き止めるのだろう。嫌いな奴が自主退部を申し出てきたんだ、部長からすれば願ったり叶ったりじゃないのか。
「いいですよ、気を遣わなくても。別に僕、誰かに言いふらしたりしないので」
「違う、そうじゃない……! 一生のお願いだから、話を聞いてくれ!」
部長のような聡明な人の口から「一生のお願い」だなんて小学生みたいな言葉が飛び出したので、僕は面食らってしまった。思わず振り返って部長の顔を見ると、彼は今まで見たことがないくらい不安げで、ともすれば泣いてしまいそうな、そんな表情をしていた。
らしくない顔をする部長に言葉を失っていると、彼はその形のいい唇を震わせながらぽそぽそと語り出した。
「部費のことについては、本当に悪かった。お前が困るとわかっていて、わざと先延ばしにしていたのも事実だ。そのことに関しては、何も弁明できない。でもそれは、お前が嫌いだからとか、部を辞めさせるために嫌がらせしてたとか、決してそういう理由からじゃない……」
部長が言っている意味がよくわからない。今さら「悪意はなかった」と言われたって、とても信じられるわけないのに。
だけど部長の声音も表情も真剣そのもので、この場限りで嘘八百を並べているようには見えなかった。——本当に、嫌われていないんだろうか?
「嫌がらせじゃないんだったら、何だったって言うんですか」
僕は勇気を振り絞って彼に聞いてみる。僕の声も少し震えていた。
しかし、直後に部長から告げられた〝真実〟は、僕の想像の斜め上を行くものだった。
「丹羽のことが……好きだから」
「へ?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
丹羽のことが好きだから。……そう言ったのか、この人は?
丹羽って誰だ。僕だ。ていうか今「丹羽」って呼んだな。この人、僕の名前知ってたんだ。今まで一度も呼ばれたことがなかったから、てっきり名前すら覚えられていないものと思っていた。
部長の言葉が脳内で反芻しまくっている。これこそ冗談じゃないだろうか? と思ってしまうのも無理はないだろう。好きだなんて、今まで彼はそんな素振りを見せたことなどなかったのだ。そもそもなんで部長ほどの人が、僕みたいなぺーぺーの一年生なんかを……。
「好きだから、ちょっとでも一緒にいたくて……。お前、部費の催促のためにここに通ってくれてただろ? ギリギリまで渡さなければその分一緒に過ごせる時間が増えるから、それで……」
「う、嘘……」
「一目惚れだったんだ。でも俺、今まで他人と関わるのを極力避けてきたから、好きな子へのアプローチの仕方とか、全然わからなくて……。今思えば、自分のことしか考えられてなかった。本当にごめん」
部長は頭を下げて謝罪してくれるが、僕はというと理解が追いつかなさすぎてそれどころではない。
部長が、僕を好き? しかも一目惚れだって?
自分のところに通うよう仕向けていたのも、来るたびに毎回お茶をご馳走してくれたのも、僕と過ごす時間が欲しかったから?
——そんな都合のいいこと、あってもいいのだろうか。
「お前には何の否もないから、部を辞める必要はない。もうここには来なくて構わないし、こっちからも絶対近付かないって約束する。会計係の仕事も今後はやらなくていい。副部長には俺から言っておくから……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
勝手に自己完結しようとする部長の話が終わる前に、僕は慌ててストップをかけた。
僕はしっかりと姿勢を直し、自分よりも幾分か高い位置にある部長の目をまっすぐ見据えた。
そして、聞いた。
「部長、僕のこと好きなんですか……?」
頷きが返ってくる。
「それって、僕と付き合いたいとか、恋人になりたいとか……そういう意味で、ですか」
少し間を置いてから、また頷く。
「なんで……? だって僕、平凡で冴えないし、惚れる要素なんてひとつもないじゃないですか」
ここで初めて、部長は首を横に振った。
そして僕の両肩にそっと手を置いてから、今度は部長のほうから僕を見つめてくる。
「お前が初めてここに来た時、あまりにも可愛くて天使かと思ったんだ」
か、可愛い? 天使ぃ?
どちらもおおよそ平凡な男子高校生に与えられるような表現ではないと思うのだが。
僕は部長みたいに周囲から絶賛されるほどの才能があるわけでもないし、頭も特別良いわけじゃないし、モテ期だって生まれてこのかた来たことがない。背も高くないし、顔だって普通だ。こんな僕を可愛いと感じるだなんて、やはり部長はなかなかの変わり者らしい。
しかし部長はあくまで真剣な顔のまま言葉を続ける。
「俺だってこんなの初めてだからよくわからない。でも出会った瞬間にビビッときて、こいつ絶対俺のものにするぞって思ったんだよ。なんかもう理屈じゃないだろ、こういうのって!」
必死な様子でそう言った部長の顔は、もう耳まで真っ赤になっていた。そんな部長を見ていると、なんだか僕までつられて赤くなってきてしまう。
「本当に……からかってるとかじゃ、ないんですよね……?」
「あんな態度をとってたから、信じてもらえないのは当然だと思う。でも、俺は真剣だ。心の底から、丹羽のことが好きなんだ」
部長の端正な顔が至近距離で僕に向けられる。一切の余所見をせずにこちらを見据える部長の目が、その言葉が真実であると何よりも語っていた。
ドキドキと、心臓の音がうるさいくらいに鳴っている。どうしてだろう、同性から告白されたのは初めてだけれど、不思議と不快だとは思わなかった。
いや、むしろ……。
「あ、あの……えっと、僕……」
「その様子だと、俺まだチャンスあると思っていい?」
彼からのそんな問いかけに、更に顔が熱くなる。
部長からの気持ちをどう受け取るべきか、恋愛経験がない僕はすぐに決断することができないでいた。彼がしたことによって傷付いたのは確かだ。それが好意の裏返しだったことや、不器用な彼なりに僕と関わる手段を考えてのことだった事実を踏まえても、それをすぐさま水に流せるほど素早く感情の切り替えをするのは難しかったから。
でも、僕は……。
——僕は部長に向かってゆっくりと、しかし確実に、頷いてみせた。
「ありがとう。俺、頑張るから」
恥ずかしすぎて言葉にはできなかったけれど、部長にとってはそれで充分だったらしい。
彼は決して告白の返事を急かすことはせず、ただ愛おしそうに僕の顔を見つめながらにこりと微笑んでくれた。
それからというもの、部長は僕に猛アタックをするようになる。
所構わず「好き」「愛してる」と伝えてくるし、ともすれば恥ずかしげもなく甘い口説き文句を囁いてくる。そのたびに僕はドキドキしっぱなしで、このままでは心臓がもたないのではないかと変な心配をする羽目にまでなった。
そして部活中も、彼はたまにだけれど準備室から出てきてくれて、僕の隣で普通に活動に参加するようになった。部員の皆は最初こそ驚いて遠巻きにしていたけれど、最近では少しずつ打ち解けてきているみたいだ。
それ自体はとても喜ばしいことなのだが……問題は、それにより部長が急激にモテだしたこと。
もともとルックスが抜群にいい彼が、こうして人前に姿を見せて他者と交流をするようになったのだから、人気が出ないわけがない。それこそ僕とは比較にならないほど可愛い子たちが部長に想いを伝えようと続々と部室に訪れるのを見ると、別に付き合っているわけではないのになんだかモヤモヤした気持ちになってしまう。
それでも部長は誰に靡くこともなく、一途に僕を好きだと言ってくれる。
そして、そんな彼の態度に満更でもない自分がいることを、ちょっとずつ自覚し始めていたりして……。
僕と部長の恋の回路が繋がるまで、きっとあともう少し。
END
緊張で震えている手でドアノブをひねると、年季の入った扉がキイと音を立てる。準備室の奥には、先日見た時と何ら変わらない様子で回路をいじる部長の姿があった。
普段とは違い静かに入室してきた僕を見て部長は少しだけ目を見開いた気がしたが、それについては特に言及せず「また来たのか」と言って柔く微笑んだ。
そんな部長に向かって、僕は口を開く。
「部長、部費のことなんですけど」
「ああ、それなんだけどな。実は今日も——」
ああ、まただ。やっぱり部長は僕にだけこういう態度をとるつもりらしい。俺は部長の言葉を遮り、顔を俯かせたまま彼に問いかけた。
「なんで嘘つくんですか?」
僕のその一言に、部長が息を呑んだのを気配で感じた。
「副部長から聞きました。部長は去年まではちゃんと部費払ってたって」
「……」
部長からは何も返事が返ってこない。しかしそれは肯定も同然だった。
やっぱり、わざとやっていたんだ。僕が困っているのを見て面白がっていたのかもしれない。僕のことが気に入らないのかもしれない。部費の回収のためとはいえ、連日押しかけたのも良くなかったのかもしれない。本当は僕の顔なんて見るのも苦痛だったのかもしれない。
そう思うとじんと目頭が熱くなって、気付けば僕は部長の前で涙を流してしまっていた。
「そんなに僕のことが嫌いなら、はっきりそう言えばいいじゃないですか!」
僕は情けないほどの涙声でそう叫んだ。
酷い。部長には困らされていたけれど、それでも悪い人ではないと思っていたのに。彼の組む回路は本当に美しくて、まるで芸術品のように完璧だった。そんな作品を生み出せる彼のことを素直に尊敬していたのに、こんなのってない。
こんなことをするくらいなら、ただ一言、目障りだから近付くなと言ってくれればよかったのに。
悲しくて仕方がない。最初はマイペースでどうしようもない人だと思っていたけれど、一緒にお茶をするうちに彼の機械に対する情熱に触れて、少しだけど仲良くなれたような気がしていた。彼と過ごす時間が楽しかった。でも、そう思っていたのは僕だけだったんだ。
「……こんな回りくどい嫌がらせしなくても、辞めてほしいならそう言ってほしかった」
「えっ……」
「今日付で退部します。今まで迷惑かけてすみませんでした」
僕はそれだけ言うと、部長に背中を向けて扉の方へと歩き出した。
しかし、そんな僕の腕を部長の手がしっかりと掴む。
「待ってくれ……! 違うんだ!」
その手を振り解いて立ち去ろうとしたけれど、思いのほか力が強くそれは叶わなかった。
どうして引き止めるのだろう。嫌いな奴が自主退部を申し出てきたんだ、部長からすれば願ったり叶ったりじゃないのか。
「いいですよ、気を遣わなくても。別に僕、誰かに言いふらしたりしないので」
「違う、そうじゃない……! 一生のお願いだから、話を聞いてくれ!」
部長のような聡明な人の口から「一生のお願い」だなんて小学生みたいな言葉が飛び出したので、僕は面食らってしまった。思わず振り返って部長の顔を見ると、彼は今まで見たことがないくらい不安げで、ともすれば泣いてしまいそうな、そんな表情をしていた。
らしくない顔をする部長に言葉を失っていると、彼はその形のいい唇を震わせながらぽそぽそと語り出した。
「部費のことについては、本当に悪かった。お前が困るとわかっていて、わざと先延ばしにしていたのも事実だ。そのことに関しては、何も弁明できない。でもそれは、お前が嫌いだからとか、部を辞めさせるために嫌がらせしてたとか、決してそういう理由からじゃない……」
部長が言っている意味がよくわからない。今さら「悪意はなかった」と言われたって、とても信じられるわけないのに。
だけど部長の声音も表情も真剣そのもので、この場限りで嘘八百を並べているようには見えなかった。——本当に、嫌われていないんだろうか?
「嫌がらせじゃないんだったら、何だったって言うんですか」
僕は勇気を振り絞って彼に聞いてみる。僕の声も少し震えていた。
しかし、直後に部長から告げられた〝真実〟は、僕の想像の斜め上を行くものだった。
「丹羽のことが……好きだから」
「へ?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
丹羽のことが好きだから。……そう言ったのか、この人は?
丹羽って誰だ。僕だ。ていうか今「丹羽」って呼んだな。この人、僕の名前知ってたんだ。今まで一度も呼ばれたことがなかったから、てっきり名前すら覚えられていないものと思っていた。
部長の言葉が脳内で反芻しまくっている。これこそ冗談じゃないだろうか? と思ってしまうのも無理はないだろう。好きだなんて、今まで彼はそんな素振りを見せたことなどなかったのだ。そもそもなんで部長ほどの人が、僕みたいなぺーぺーの一年生なんかを……。
「好きだから、ちょっとでも一緒にいたくて……。お前、部費の催促のためにここに通ってくれてただろ? ギリギリまで渡さなければその分一緒に過ごせる時間が増えるから、それで……」
「う、嘘……」
「一目惚れだったんだ。でも俺、今まで他人と関わるのを極力避けてきたから、好きな子へのアプローチの仕方とか、全然わからなくて……。今思えば、自分のことしか考えられてなかった。本当にごめん」
部長は頭を下げて謝罪してくれるが、僕はというと理解が追いつかなさすぎてそれどころではない。
部長が、僕を好き? しかも一目惚れだって?
自分のところに通うよう仕向けていたのも、来るたびに毎回お茶をご馳走してくれたのも、僕と過ごす時間が欲しかったから?
——そんな都合のいいこと、あってもいいのだろうか。
「お前には何の否もないから、部を辞める必要はない。もうここには来なくて構わないし、こっちからも絶対近付かないって約束する。会計係の仕事も今後はやらなくていい。副部長には俺から言っておくから……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
勝手に自己完結しようとする部長の話が終わる前に、僕は慌ててストップをかけた。
僕はしっかりと姿勢を直し、自分よりも幾分か高い位置にある部長の目をまっすぐ見据えた。
そして、聞いた。
「部長、僕のこと好きなんですか……?」
頷きが返ってくる。
「それって、僕と付き合いたいとか、恋人になりたいとか……そういう意味で、ですか」
少し間を置いてから、また頷く。
「なんで……? だって僕、平凡で冴えないし、惚れる要素なんてひとつもないじゃないですか」
ここで初めて、部長は首を横に振った。
そして僕の両肩にそっと手を置いてから、今度は部長のほうから僕を見つめてくる。
「お前が初めてここに来た時、あまりにも可愛くて天使かと思ったんだ」
か、可愛い? 天使ぃ?
どちらもおおよそ平凡な男子高校生に与えられるような表現ではないと思うのだが。
僕は部長みたいに周囲から絶賛されるほどの才能があるわけでもないし、頭も特別良いわけじゃないし、モテ期だって生まれてこのかた来たことがない。背も高くないし、顔だって普通だ。こんな僕を可愛いと感じるだなんて、やはり部長はなかなかの変わり者らしい。
しかし部長はあくまで真剣な顔のまま言葉を続ける。
「俺だってこんなの初めてだからよくわからない。でも出会った瞬間にビビッときて、こいつ絶対俺のものにするぞって思ったんだよ。なんかもう理屈じゃないだろ、こういうのって!」
必死な様子でそう言った部長の顔は、もう耳まで真っ赤になっていた。そんな部長を見ていると、なんだか僕までつられて赤くなってきてしまう。
「本当に……からかってるとかじゃ、ないんですよね……?」
「あんな態度をとってたから、信じてもらえないのは当然だと思う。でも、俺は真剣だ。心の底から、丹羽のことが好きなんだ」
部長の端正な顔が至近距離で僕に向けられる。一切の余所見をせずにこちらを見据える部長の目が、その言葉が真実であると何よりも語っていた。
ドキドキと、心臓の音がうるさいくらいに鳴っている。どうしてだろう、同性から告白されたのは初めてだけれど、不思議と不快だとは思わなかった。
いや、むしろ……。
「あ、あの……えっと、僕……」
「その様子だと、俺まだチャンスあると思っていい?」
彼からのそんな問いかけに、更に顔が熱くなる。
部長からの気持ちをどう受け取るべきか、恋愛経験がない僕はすぐに決断することができないでいた。彼がしたことによって傷付いたのは確かだ。それが好意の裏返しだったことや、不器用な彼なりに僕と関わる手段を考えてのことだった事実を踏まえても、それをすぐさま水に流せるほど素早く感情の切り替えをするのは難しかったから。
でも、僕は……。
——僕は部長に向かってゆっくりと、しかし確実に、頷いてみせた。
「ありがとう。俺、頑張るから」
恥ずかしすぎて言葉にはできなかったけれど、部長にとってはそれで充分だったらしい。
彼は決して告白の返事を急かすことはせず、ただ愛おしそうに僕の顔を見つめながらにこりと微笑んでくれた。
それからというもの、部長は僕に猛アタックをするようになる。
所構わず「好き」「愛してる」と伝えてくるし、ともすれば恥ずかしげもなく甘い口説き文句を囁いてくる。そのたびに僕はドキドキしっぱなしで、このままでは心臓がもたないのではないかと変な心配をする羽目にまでなった。
そして部活中も、彼はたまにだけれど準備室から出てきてくれて、僕の隣で普通に活動に参加するようになった。部員の皆は最初こそ驚いて遠巻きにしていたけれど、最近では少しずつ打ち解けてきているみたいだ。
それ自体はとても喜ばしいことなのだが……問題は、それにより部長が急激にモテだしたこと。
もともとルックスが抜群にいい彼が、こうして人前に姿を見せて他者と交流をするようになったのだから、人気が出ないわけがない。それこそ僕とは比較にならないほど可愛い子たちが部長に想いを伝えようと続々と部室に訪れるのを見ると、別に付き合っているわけではないのになんだかモヤモヤした気持ちになってしまう。
それでも部長は誰に靡くこともなく、一途に僕を好きだと言ってくれる。
そして、そんな彼の態度に満更でもない自分がいることを、ちょっとずつ自覚し始めていたりして……。
僕と部長の恋の回路が繋がるまで、きっとあともう少し。
END
