かくして、僕の会計係としての仕事がスタートした。
人数の多い部活であるので、一人も漏れることなく全員から部費を回収してその額に間違いがないかしっかり計算して……といった作業を毎月のようにこなすのは意外と骨が折れる。けれどもその仕事をしているうちに自然と部のメンバーとも交流ができてそれなりに仲良くなれたし、だんだんと皆の顔と名前も一致してきた。そういう意味では、悪くない役割かもしれない。
しかし、問題児が一人。
部長だ。
部活動終了後、月末が近付くと僕は毎日のように工学準備室へと立ち寄ることになる。部長から部費を回収するためだ。
部長は三年生で、名前を高峰伊織さんと言うらしい。これは部の名簿を見て知った。部長は本当に部員の皆の前には全然姿を見せなくて、最初に回収に出向くまで一度も挨拶をする機会がなかったので、名簿で確認するまで名前を知らなかったのだ。
そしてこの部長、どうしてか部費をなかなか払ってくれない。
僕が何度言っても悪びれることなく「忘れてた」と言うか、作業の手を止めないまま「今度持ってくる」と生返事するだけ。他の部員からはスムーズに回収できているというのに、部長だけは月末ギリギリまで払ってくれないので、僕は毎月やきもきする羽目になっている。
それもあってか、六月に入る頃には月の半ばくらいになると僕は工学準備室へと赴いて、部長に部費の催促をするようになっていた。今のところはなんだかんだでギリギリのタイミングで支払ってくれていて、幸いにも期限に間に合わなかったことはないけれど、この人は早めに言っておかないと冗談抜きで月が変わるまで忘却しそうだからだ。
「忘れたもんはしゃーないだろ。まだ期限あるし、それまでにはちゃんと払うからさ」
というのもこの人、本っっっ当にマイペースで。
先延ばし癖があるのか何だか知らないが、これは副部長が苦労をするのも当然だろうと大いに頷ける。変わった人だとは聞いていたが、まさかここまでルーズでだらしなくて忘れっぽい人間だとは思っていなかった。
僕はほとほと呆れつつも、そんな部長に苦言を呈した。
「そう言って何でもギリギリにするの、良くないと思いますよ」
いつか痛い目を見るぞ。絶対に。
その顔の良さゆえに今までは難を逃れてきたのかもしれないが!
そう、このくそだらしない先輩は、悔しいことに死ぬほど顔が良いのだ。
最初に顔を合わせた時はそりゃあもうびっくりした。部活動にもろくに参加せず工学準備室に籠っている変わり者、という話だったから、もっさりしていて瓶底眼鏡をかけているようないかにも理系ですって感じの人間を勝手に想像していたのだ。
しかし、実際の部長はそんなイメージとはかけ離れていた。
百八十センチは確実に超えていると思われる身長に、すらりと長い手足。すっと通った鼻筋と、吸い込まれそうなくらい綺麗な瞳。その顔立ちは同じ男である僕ですらうっかり見惚れてしまったほどに整っていて、どの角度から見ようともまるで彫刻のように美しい。正直、めちゃくちゃイケメンだ。
副部長曰く成績もトップクラスみたいだし、機械に関する知識量も半端じゃない。これでもうちょっとしっかりしていれば完璧なんだけどなぁ……。そう思いながら横目で部長を睨んでいると、僕の視線に気付いた部長はへらりとした笑みを返してきた。
「悪かったって。お詫びと言っちゃなんだけど、茶でも飲んでいけよ」
部長そう言うと、どこからか電気ケトルとティーバッグを取り出して勝手にお茶を淹れ始めた。これ、学校の備品……ではないよな? もしや自分で持ち込んだのだろうか。どうやらこの人は工学準備室をほぼ私物化しているらしい。
実はこうして部費の催促に来るたびに、部長からお茶を一杯ご馳走になってから帰る、というのがいつの間にか習慣になっていた。毎回のように部費の支払いをのらりくらりとかわし続ける部長には辟易しつつも、なんだかんだで僕はここでのお茶の時間が少し気に入っていたりする。
というのも、お茶を飲み終えるまでの間、準備室の至る所に置いてある部長の過去の作品を眺めることができるから。
部長の作品は、聞いていた以上の出来栄えだった。僕も機械いじりは好きなので、テレビでそういったジャンルの特集番組を観たり、その手の雑誌を購読していたりもする。しかしそんな中でも、部長の組む回路はとんでもなくクオリティが高いと感じた。プロの作品にもまったく見劣りしていない。これを一介の高校生がたった一人で作り上げただなんて、作者が目の前にいなければとてもじゃないが信じられなかっただろう。
これほどまでの作品がそこらじゅうにごろごろ転がっているものだから、僕は毎度のごとく夢中になって見入ってしまっている。こんなに素晴らしいものを乱雑に床に放置しておくなんてあまりにも勿体なさすぎる。ちゃんと飾ったらどうか、と進言してはみたのだが、部長は「完成したものには興味ない」と言ってその扱いを変えることはなかった。
「ほんともったいないなぁ……」
ついそんな言葉が口をついて出てしまう。
見れば見るほど惚れ惚れする。これは全国大会を連覇しているのも納得だった。こんなの僕じゃ絶対に作れない。凄すぎる……。
「そんなに気になるなら持っていくか? それ」
お茶が冷めるのも構わず作品たちを隅々まで眺めている僕に、部長は軽い口調でとんでもない提案をしてきた。
「ええ⁉ いやいや、いいですよ! 恐れ多すぎます!」
「別に俺いらないし」
「それでも僕ごときが貰っていいものじゃないです!」
こんな凄いもの貰えるわけがないし、軽々しく他人にあげていいものでもないと思うのだが、どうやらこの作品の価値を作者自身が一番理解できていないらしい。まあ、理解していたらこんな風に床に放っておいたりしないか……。
「遠慮しなくていいのに」
全力で断る僕を見た部長はそう言うと、ふっと笑みをこぼした。その顔が目に入った瞬間、不覚にもドキッとしてしまった。
無駄に美形なんだよな、この人は。それこそどんな表情でも絵になってしまうくらいには。
「と、とにかく、明日こそちゃんと部費払ってくださいね! お茶ごちそうさまでした!」
同性相手にときめくだなんて……と、なんだか恥ずかしい気持ちになってしまい、僕は部長にそれだけ言うと足早に工学準備室を後にした。
確かに部長は誰がどう見てもイケメンの部類に入る容姿だと思うし、部費のこと以外は僕によくしてくれるけれど……。それはあくまで部活の後輩として、単純に可愛がってくれているだけのはずだ。人嫌いで定評のある部長が僕に対してはこうして好意的に接するものだから、何か理由があるのかもと深読みしてしまいそうになるが、それは単純に部費のことに関して彼なりに申し訳ないと思っているだけなのだろう。そう頭ではわかっているつもりでも、部長が僕に向ける屈託のない笑顔を見ていると、正直なところうっかり勘違いしそうになることが多々あった。
気を付けないと……。
人数の多い部活であるので、一人も漏れることなく全員から部費を回収してその額に間違いがないかしっかり計算して……といった作業を毎月のようにこなすのは意外と骨が折れる。けれどもその仕事をしているうちに自然と部のメンバーとも交流ができてそれなりに仲良くなれたし、だんだんと皆の顔と名前も一致してきた。そういう意味では、悪くない役割かもしれない。
しかし、問題児が一人。
部長だ。
部活動終了後、月末が近付くと僕は毎日のように工学準備室へと立ち寄ることになる。部長から部費を回収するためだ。
部長は三年生で、名前を高峰伊織さんと言うらしい。これは部の名簿を見て知った。部長は本当に部員の皆の前には全然姿を見せなくて、最初に回収に出向くまで一度も挨拶をする機会がなかったので、名簿で確認するまで名前を知らなかったのだ。
そしてこの部長、どうしてか部費をなかなか払ってくれない。
僕が何度言っても悪びれることなく「忘れてた」と言うか、作業の手を止めないまま「今度持ってくる」と生返事するだけ。他の部員からはスムーズに回収できているというのに、部長だけは月末ギリギリまで払ってくれないので、僕は毎月やきもきする羽目になっている。
それもあってか、六月に入る頃には月の半ばくらいになると僕は工学準備室へと赴いて、部長に部費の催促をするようになっていた。今のところはなんだかんだでギリギリのタイミングで支払ってくれていて、幸いにも期限に間に合わなかったことはないけれど、この人は早めに言っておかないと冗談抜きで月が変わるまで忘却しそうだからだ。
「忘れたもんはしゃーないだろ。まだ期限あるし、それまでにはちゃんと払うからさ」
というのもこの人、本っっっ当にマイペースで。
先延ばし癖があるのか何だか知らないが、これは副部長が苦労をするのも当然だろうと大いに頷ける。変わった人だとは聞いていたが、まさかここまでルーズでだらしなくて忘れっぽい人間だとは思っていなかった。
僕はほとほと呆れつつも、そんな部長に苦言を呈した。
「そう言って何でもギリギリにするの、良くないと思いますよ」
いつか痛い目を見るぞ。絶対に。
その顔の良さゆえに今までは難を逃れてきたのかもしれないが!
そう、このくそだらしない先輩は、悔しいことに死ぬほど顔が良いのだ。
最初に顔を合わせた時はそりゃあもうびっくりした。部活動にもろくに参加せず工学準備室に籠っている変わり者、という話だったから、もっさりしていて瓶底眼鏡をかけているようないかにも理系ですって感じの人間を勝手に想像していたのだ。
しかし、実際の部長はそんなイメージとはかけ離れていた。
百八十センチは確実に超えていると思われる身長に、すらりと長い手足。すっと通った鼻筋と、吸い込まれそうなくらい綺麗な瞳。その顔立ちは同じ男である僕ですらうっかり見惚れてしまったほどに整っていて、どの角度から見ようともまるで彫刻のように美しい。正直、めちゃくちゃイケメンだ。
副部長曰く成績もトップクラスみたいだし、機械に関する知識量も半端じゃない。これでもうちょっとしっかりしていれば完璧なんだけどなぁ……。そう思いながら横目で部長を睨んでいると、僕の視線に気付いた部長はへらりとした笑みを返してきた。
「悪かったって。お詫びと言っちゃなんだけど、茶でも飲んでいけよ」
部長そう言うと、どこからか電気ケトルとティーバッグを取り出して勝手にお茶を淹れ始めた。これ、学校の備品……ではないよな? もしや自分で持ち込んだのだろうか。どうやらこの人は工学準備室をほぼ私物化しているらしい。
実はこうして部費の催促に来るたびに、部長からお茶を一杯ご馳走になってから帰る、というのがいつの間にか習慣になっていた。毎回のように部費の支払いをのらりくらりとかわし続ける部長には辟易しつつも、なんだかんだで僕はここでのお茶の時間が少し気に入っていたりする。
というのも、お茶を飲み終えるまでの間、準備室の至る所に置いてある部長の過去の作品を眺めることができるから。
部長の作品は、聞いていた以上の出来栄えだった。僕も機械いじりは好きなので、テレビでそういったジャンルの特集番組を観たり、その手の雑誌を購読していたりもする。しかしそんな中でも、部長の組む回路はとんでもなくクオリティが高いと感じた。プロの作品にもまったく見劣りしていない。これを一介の高校生がたった一人で作り上げただなんて、作者が目の前にいなければとてもじゃないが信じられなかっただろう。
これほどまでの作品がそこらじゅうにごろごろ転がっているものだから、僕は毎度のごとく夢中になって見入ってしまっている。こんなに素晴らしいものを乱雑に床に放置しておくなんてあまりにも勿体なさすぎる。ちゃんと飾ったらどうか、と進言してはみたのだが、部長は「完成したものには興味ない」と言ってその扱いを変えることはなかった。
「ほんともったいないなぁ……」
ついそんな言葉が口をついて出てしまう。
見れば見るほど惚れ惚れする。これは全国大会を連覇しているのも納得だった。こんなの僕じゃ絶対に作れない。凄すぎる……。
「そんなに気になるなら持っていくか? それ」
お茶が冷めるのも構わず作品たちを隅々まで眺めている僕に、部長は軽い口調でとんでもない提案をしてきた。
「ええ⁉ いやいや、いいですよ! 恐れ多すぎます!」
「別に俺いらないし」
「それでも僕ごときが貰っていいものじゃないです!」
こんな凄いもの貰えるわけがないし、軽々しく他人にあげていいものでもないと思うのだが、どうやらこの作品の価値を作者自身が一番理解できていないらしい。まあ、理解していたらこんな風に床に放っておいたりしないか……。
「遠慮しなくていいのに」
全力で断る僕を見た部長はそう言うと、ふっと笑みをこぼした。その顔が目に入った瞬間、不覚にもドキッとしてしまった。
無駄に美形なんだよな、この人は。それこそどんな表情でも絵になってしまうくらいには。
「と、とにかく、明日こそちゃんと部費払ってくださいね! お茶ごちそうさまでした!」
同性相手にときめくだなんて……と、なんだか恥ずかしい気持ちになってしまい、僕は部長にそれだけ言うと足早に工学準備室を後にした。
確かに部長は誰がどう見てもイケメンの部類に入る容姿だと思うし、部費のこと以外は僕によくしてくれるけれど……。それはあくまで部活の後輩として、単純に可愛がってくれているだけのはずだ。人嫌いで定評のある部長が僕に対してはこうして好意的に接するものだから、何か理由があるのかもと深読みしてしまいそうになるが、それは単純に部費のことに関して彼なりに申し訳ないと思っているだけなのだろう。そう頭ではわかっているつもりでも、部長が僕に向ける屈託のない笑顔を見ていると、正直なところうっかり勘違いしそうになることが多々あった。
気を付けないと……。
