恋愛回路

 うちの学校は、生徒の自主性を尊重した自由な校風が特徴だ。
 県内屈指の進学校ではあるものの、服装も髪型も制限はほとんどないし、校則も他校と比較するとだいぶ緩い。アルバイトも事前に学校に申請さえすればしていいことになっているし、部活動も学校側の定める規定を満たしさえすれば誰でも設立自由。兼部も可。それもあってか、部活や同好会に所属する生徒は多く、活動も非常に活発だ。
 そんな中、僕は入学してすぐに『機械工学部』に入部届を出した。
 星の数ほど——と言ったら流石に過言だが、軽く数十は存在する我が校の部活動・同好会の中でも群を抜いて知名度が高いのが、機械工学部だった。うちの学校は特に工学系というわけではないし、工学専攻の学科があるわけでもないのだが、どうしてかこの機械工学部はいやに強い。ここ二年ほどは特にそれが顕著で、コンテストなどの大会にたびたび出場しては高校生らしからぬ精密かつ改新的な作品を発表し、最優秀賞の栄誉を総舐めしていた。
 何を隠そう昔から機械いじりが大好きな性分の僕は、この機械工学部に入部するためにこの学校を受験したと言っても過言ではない。ここは偏差値も倍率も高い学校なので死ぬほど猛勉強する羽目になったけれど、そのお陰で中学の頃からずっと憧れていた機械工学部の部員の一人になれるのだから、その苦労も報われるというものだ。
 僕が提出した入部届は問題なく受理され、そして今日は待ちに待った初めての活動日。僕は部室となっている工学室のドアを控えめにノックしてから、緊張しすぎてバクバク言っている心臓を押さえつつゆっくりとその扉を開けた。
「失礼します。先日入部届を出させていただきました、一年の丹羽(たんば)(あまね)です。今日からよろしくお願いします!」
 中に入るなり、とりあえず頭を深々を下げて挨拶をする。室内がしんと静まり返り、皆の視線が一気にこちらに集まったのを感じた。
 部室には、二十人ほどの生徒がいた。おそらくこの全員が機械工学部の部員なのだろう。強豪なだけあって文化部にしては規模が大きめの部活らしい。男女比は偏っており、女子生徒もいないわけではないが、ぱっと見た感じだと圧倒的に男子生徒のほうが割合が高かった。
 入室するなりいきなり挨拶をした僕は、しかしその先のことを何も考えておらず、この後はどうすればいいかと入り口に突っ立ったままおろおろしてしまう。そんな僕を見かねてか、一人の男子生徒がこちらに近付いてきて声をかけてくれた。
「はじめまして、俺は三年の槙野(まきの)。機械工学部の副部長だ。丹羽くん、入部してくれてありがとう。よろしくね」
 槙野と名乗った先輩はそう言ってにこやかな笑顔を向けてくれる。副部長からの好意的な言葉に、僕は緊張がほっと和らいだのを感じた。そんな副部長を皮切りに他の部員たちも次々と僕に話しかけてきて、それぞれ挨拶をしてくれる。
「新入部員も迎えたことだし、早速だけどミーティングをしようか」
 ひとしきり顔合わせが終わった後、副部長はそう言って部員全員を席につかせた。
 副部長の説明によると、毎回年度始めにはこうして部員の皆でミーティングを行い、今後一年間を通しての大まかなスケジュールを決めるらしい。取り決める内容は大会への出場予定や、文化祭への出展、それに伴う個人の担当や役割、その他自主的に行う制作目標など。さすが強豪校と言うべきか、部活動といえどもかなり綿密に計画を錬るようだ。僕は入部したてなので例年がどんなものだったのかはわからないが、話し合いを聞いているだけでもわくわくしてきて、俄然やる気が出てきた。
 そんな中、副部長は唐突に僕に向かってこう言った。
「そして丹羽くん、君には会計係を任せたい」
「え、会計係……ですか?」
 入部早々いきなり役職を与えられ、僕は狼狽える。
 入学してから一週間。まだ学校のことも部活のことも全然知らないし、慣れることもできていない状態だ。クラスメイトですら顔と名前が一致する人が少ないこの現状で部の仕事を与えられて、僕はちゃんとやり遂げることができるのだろうか?
 そんな僕の不安が伝わったのだろう。副部長は会計係の仕事内容を簡潔に説明してくれる。
「毎年会計係は一年生のうちの誰かがやるのが通例になってるんだけど、今年の新入部員は君だけだからね。ああ、何も難しいことはないよ。毎月部員のみんなから部費を回収して、顧問に渡すだけの仕事だ」
 つまるところ、部費回収係か。確かにそれだったら部活動で集まった際に皆に向かって回収を呼びかければいいだけだし、面倒ではあるけれど難しくはないかもしれない。もっとも機械工学部は人数が多いから、それを取りまとめる作業は苦労しそうだけれど。
 一番面倒な仕事は一年生がやる。部活の上下関係ではよくあることだ。郷に入っては郷に従えということで、僕はその役目を引き受けることを了承した。
「……そういえば、副部長。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「何?」
「部長さんは、今日は欠席ですか?」
 そしてミーティングは滞りなく進んでいき、下校時間が近付いてきた。最後に何か質問はないかと副部長が言ったので、僕は気になっていたことを聞いてみた。
 この部室に入ってから全員と顔合わせをしたつもりだったけれど、そういえば部長の肩書きを持つ生徒と言葉を交わした記憶がない。副部長がいる以上は部長もいるはずだし、そもそも年度始め一発目の活動日に顔を出さない部長がいるだろうか。今日のミーティングの進行もずっと副部長が行っていたし、もしかして新年度早々風邪をひいたとか? だとしたら、だいぶ不運な人だ。
 僕が投げかけた質問に、副部長は心なしか苦笑しながら答えた。
「ああ。部長はね、ちゃんといるよ」
 そう言って副部長が指差したのは、工学室の片隅に設置してある木製の扉。教室の出入り口とは別の方面にある、明らかに廊下とは繋がっていない扉だ。
「工学準備室なんだけどね。部長はずーっとあそこに籠ってるんだ。あの人、ちょっと変わってるから」
 副部長曰く、部長は工学準備室から滅多に出てこないらしい。
 なんでも放課後は毎日あの部屋に入り浸り、常人には理解できないような謎の発明を繰り返しているのだとか……。ぶっちゃけ、こんないかにもマッドサイエンティストっぽい人間が存在するものかと、信憑性を疑ってしまったのが本音だが。
 しかし、部活動であるにも関わらず活動に参加しないなんて、これほどまでに協調性に欠ける人間が部長の肩書きを持っているのは一体どういうことだろう。そう思ったが、聞くところによるとその部長はこれまでに出場した大会でかなり優秀な成績を残しており、部の成長にとてつもない貢献をしているらしい。この学校の機械工学部は相当な強豪と聞いていたが、実のところはそのほとんどが彼一人によって築き上げられた名誉であるようだった。
「なんか、すごい人なんですね」
「うん、すごいのは確かだよ。みんなが認めてる。ただ部長としての仕事は全然してくれないから、俺は困ってるけどね」
 ちょっとおどけたようにそう言う副部長だったが、その表情からはなんとなく苦労が窺い知れた。
 その後、僕以外からは特に質問は出なかったので、今日はそのまま解散になった。その流れに乗って自分も速やかに下校しようとしたところ、副部長が僕を呼び止める。
「ああ丹羽くん、部費は部長からもちゃんと回収してね。月末が締切だから。よろしく頼むよ」