スポットライトみたいな恋だった

「『ああっ、この燃えるような胸の痛みを、彼になんて伝えれば……』って」

 バサリと、丸めた台本を長机に放り投げる。
「こんなセリフ、正気で言えるか!」
 開け放たれた窓から流れ込む、グラウンドの乾いた砂の匂い。
 パイプ椅子の上で足を組み、腕を組んで睨みつける俺の顔面は、メイク担当の冷酷な手によって、今日も完璧な『美少女』に仕立て上げられている。
 他の部員たちは体育館裏で大道具の制作中だ。西日の差し込む密室には、俺と大河、そして『ヒロインの汗と涙によるメイク崩れを検証する』という名目で居座るメイク担当の三人だけだった。

「バカ野郎。お前は今、湊真じゃなくて、恋に焦がれる乙女なんだよ」
 大河が苛立たしげに前髪を掻き上げる。
「もっとこう、俺の顔を見て、心の底から求めてるって顔をしろ」
「無理を言うな。鳥肌が立つ」
「キャンバスが荒ぶらないでください。ヒロインの顔面の造作を崩れてしまいます」
 背後から、無機質な声が被さる。薬品と古い紙が混ざったような匂いが鼻先を掠めた。

「いいか、照れるな。俺の目をしっかり見ろ」

 パイプ椅子を蹴るようにして、大河が距離を詰めてくる。
 夕陽を背負った彼の影が、俺の足元をすっぽりと覆い隠した。シトラスの柔軟剤と、インクの匂い。
 至近距離で覗き込んでくる黒い瞳の中に、不格好に固まる自分の姿が映っている。いや、違う。そこに映っているのは、俺ではない。白い肌と長い睫毛を与えられた、見知らぬ誰かだ。

 ふと、息を吐いた。
 抵抗するのを、やめた。
 この重苦しいファンデーションと、不自然な黒髪のウィッグ。この分厚い仮面さえ被っていれば。
 俺がこれからどれだけ熱の籠もった言葉を口にしても、目の前にいるこの男は、すべてを『台本通りの嘘』として処理してくれるのだ。
 膝の上で、ドレスの薄い生地を強く握りしめる。
 ゆっくりと顔を上げ、俺は大河の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

「――叶わないことなんて、初めから分かっていたわ」

 唇からこぼれ落ちた声は、自分でも驚くほど細く、震えていた。
「それでも、あなたの傍にいたかった」
 喉の奥が、焼け付くように熱い。
 台本のインクの文字列が、俺の奥底でドロドロに溶け出し、長年隠し続けてきた形のない質量と完全に同期していく。
「ただの、友達のフリをしてでも……あなたの光に、触れていたかったの」

 視界が、ぐにゃりと歪んだ。
 ぽたり、と。
 冷たい化粧の層を割って、どうしようもなく温かい一滴が頬を伝い落ちる。

 部室から、一切の音が消えた。
 窓の外のノイズすら遠ざかり、オレンジ色に染まった埃の粒子だけが、無音の空間をゆっくりと漂っている。
 大河は、息を止めたまま俺を見下ろしていた。
 少し離れた場所で筆を構えていたメイク担当の指先も、完全に空中で硬直している。
 長い、長い沈黙。
 俺は、自分自身の吐き出した感情の重さに耐えきれず、ドレスの裾を握る指先を白くなるまで食い込ませていた。

「……すっげぇ……っ」

 空気を切り裂くような、掠れた声だった。
 大河が、両腕に浮かんだ鳥肌をさするように抱きかかえ、ゆっくりと後退る。
 そして。
 パンッ、パンッ、と。
 鼓膜を殴りつけるような、遠慮のない、割れんばかりの拍手が密室に響き渡った。

「――真、お前天才かよ。今の涙、マジで最高だった。……完全に、恋する乙女だったぞ」

 興奮に頬を紅潮させ、目を輝かせた男が、そこにはいた。

「……ウォータープルーフの耐久性も完璧。そして何より、あの表情。最高の舞台装置として機能している証拠です」
 パチ、パチと、背後からも静かな拍手が続く。

 ああ、そうか。
 俺の魂を削るような叫びは、彼らにとって、これ以上ないほど美しい『作り物』だったのだ。

「やればできんじゃん!」
 雑な手つきで、固いタオルの塊が頭に押し付けられる。ウィッグごと乱暴に撫で回す大河の手のひらは、どこまでも容赦のない、見慣れた男友達の温度だった。
 タオルの下に隠れた視界は、ひどく暗い。
 この狂った舞台の上にいれば、俺は彼に何度でも、堂々と本音を囁くことができる。
 そして彼は何度でも、俺の血の滲むような言葉を、無邪気な笑顔で最高の嘘だと絶賛し、拍手を送ってくれるのだ。
 それは、俺にとって。
 息の根が止まるほど幸福で、気が狂うほど残酷な、地獄の始まりだった。