スポットライトみたいな恋だった

 完全に光が落ちた舞台に、一瞬の、ひどく濃密な静寂が降りた。

 直後。暗闇に沈む客席から、堰を切ったように割れんばかりの拍手と歓声が湧き起こった。
 地鳴りのようなその音は、他校の生徒や審査員たちが、完全に俺たちの劇に魅了されたことを証明していた。
 重厚な幕が、ゆっくりと下りていく。
 視界が完全に遮断されるまでの数秒間。俺は、熱を帯びた瞳を向けてくる大河と、ただ静かに見つめ合っていた。
 頬を伝う本物の涙の温かさと、劇をやり遂げた圧倒的な高揚感。俺の身体はまだ、大河に愛される『完璧なヒロイン』の甘い魔法に深く浸ったままだった。

「――っ、」

 幕が下りきり、薄暗い舞台袖へと駆け込んだ瞬間。
 視界が反転し、俺の身体は、大河の強い腕によって乱暴に掻き抱かれた。

「最高だった……! お前、ほんっとうに最高だった!!」

 耳元で響く、興奮に弾んだ声。
 密着した身体から伝わってくる、尋常ではない心音と、汗の混じったシトラスの匂い。
 舞台上の熱気をそのまま引きずったような、息が詰まるほど温かく、甘い空間。俺の心臓は狂ったように跳ね上がり、一つの途方もない錯覚が脳裏を過った。



『もしかして。このまま、魔法は解けないんじゃないか』
『あの涙と一緒に零れ落ちた俺の本当の想いが、奇跡のように、彼に届いたんじゃないか――』



 その甘い錯覚に、すべてを委ねて溺れそうになった、次の瞬間。

「大河! 助っ人ちゃん! お疲れ様!!」
「すっごい、大成功だね!!」

 パタパタという足音とともに、裏方や共演していた他の部員たちが、歓喜の声を上げながら俺たちのもとへ駆け寄ってきた。
 舞台に上がった瞬間から、俺の意識から完全にシャットアウトされていた『他者のノイズ』。それが、容赦のない『日常』という名の奔流となって、二人だけの密室だったはずの空間へ一気に流れ込んでくる。

 その瞬間。大河はパッと俺の身体から離れ、部員たちの方へと振り返った。

 スッ、と。
 二人の間に、裏側の冷たい空調の風が吹き込んだ。
 先程まで舞台上で、あんなにも切実に俺を求めていた『熱を帯びた相手役』の顔は、もうどこにもなかった。
 そこにいるのは、いつもの、部員たちに囲まれて無邪気に笑う『ガサツな演劇部の部長』であり、俺の『親友』だった。

「いやー、最後のあの涙! マジでビビったわ!」

 振り返った大河が、笑いながら俺の肩をバンバンと乱暴に叩いた。
 男同士の、遠慮のないスキンシップ。前夜の部室で、極上のガラス細工を扱うように慎重に俺に触れていたあの指先は、跡形もなく消え失せている。
 肩を叩かれるその物理的な衝撃が、決定的な境界線となって、俺を容赦なく現実へと突き落とした。

「あんなすげえ『演技』できるなんて、隠してんじゃねーよ!」

 ――演技。
 大河の無邪気なその一言で、俺の胸の奥で、何かがパリンと音を立てて砕け散った。
 あの、どうしようもない感情の飽和から生まれた、俺の最初で最後の本物の涙すらも。大河にとっては、劇を成功させるための『完璧な演技』として処理されてしまったのだ。



『ああ。……終わったんだ』



 スポットライトの魔法は、完全に解けた。
 俺は今、世界で一番愛されるヒロインから、ただの都合のいい『男の親友』へと、完全に引きずり下ろされたのだ。
 舞台袖の暗がり。部員たちの輪の中心で、眩しいほどの光を放って笑う大河。そこから一歩外れた暗がりに立ち尽くす俺の顔には、まだ完璧な美少女のメイクが張り付いているはずなのに。その重さだけが、ひどく虚無的に感じられた。

 絶望で呼吸もできないほどの痛みを、分厚いファンデーションの下に隠して。

「……お前のアドリブに、合わせただけだよ」

 俺は、いつもの『最高の親友』のトーンで、胸が張り裂けそうなほどの空虚な作り笑いを、暗闇の中で浮かべてみせた。