スポットライトみたいな恋だった

 甘く、美しく、完璧に構築された虚構の物語は、いよいよ終幕を迎えようとしていた。

 あとは、大河が相手役としての最後の愛の台詞を告げ、俺がそれを受け入れるだけ。それで、この大団円は完成するはずだった。
 ――しかし。

 ふと、大河の唇が動きを止めた。
 台本には存在しない、不自然な空白。
 張り詰めた客席が息を呑む気配が、肌をビリビリと撫でる。舞台上に落ちた一瞬の静寂の中、俺は心の中で激しく警鐘を鳴らしていた。
『どうしたの? 早く、台詞を言って』
 しかし、至近距離で見つめ合う大河の黒い瞳には、役の感情を完全に飛び越えた、彼自身の切実な『熱』が宿っていた。

「……お前がいてくれなかったら、俺はここまで来られなかった」

 静寂を破って紡がれたのは、台本にある甘い愛の言葉ではなかった。
「ずっと俺のわがままに付き合ってくれて、隣に立ってくれて……」
 大河の声が、微かに震える。
「本当に、ありがとう」

 観客たちには、それが『劇中のキャラクターがヒロインへ向けた、深すぎる愛情の発露』として聞こえただろう。客席のあちこちから、感動に耐えきれないような小さな吐息が漏れるのが分かった。
 けれど。彼の顔の筋肉の数ミリの動きすら知っている俺だけは、はっきりと気づいてしまった。
 客席からは愛する女を見つめる顔に見えるその表情は、俺から見れば、ひどく見慣れたものだった。
 それは、相手役からヒロインに向けられたものではない。
 演出家である大河から、最高の親友である俺へ向けられた、混じり気のない絶対的な信頼と、心からの感謝の言葉だった。

 ドクン、と。
 心臓を、鋭く冷たい刃が貫いた。

 ああ、そうか。
 この眩しすぎるスポットライトの下で、ドレスを着て、完璧なメイクをして。これほどまでに濃密な魔法の空間にいてもなお、大河は俺のことを『女の子』としては見ていなかったのだ。
 彼はただ純粋に、自分の無茶苦茶な熱に最後まで付き合ってくれた親友への巨大な愛情を、役という仮面を借りて伝えてきただけなのだ。



『私はどこまで行っても、彼の一番の親友にしかなれないんだ』



 絶対に越えることの許されない、分厚い境界線。
 それを世界で一番美しい形で突きつけられた『絶望』。
 それと同時に、これほどまでに俺という人間を特別に思い、大切にしてくれていることに対する、胸が張り裂けそうなほどの『幸福感』。
 相反する強烈な感情が、俺の致死量を一瞬で超えて飽和した。

 視界が、ぐにゃりと歪む。
 ウォータープルーフの装甲なんて意味をなさないほどの熱量が、目頭から溢れ出した。
 ポロリ、と。
 演技ではない、俺自身の本物の涙が、頬を伝ってこぼれ落ちる。

 台本にはない、完全なイレギュラーの涙。
 しかし、涙に濡れて大河を見つめ返す俺の顔は、皮肉なことに、彼が思い描いていた『完璧なヒロイン』の姿よりも、遥かに真に迫り、胸を打つ美しさを持っていたはずだ。

 どうしようもなく彼を愛してしまったことへの諦めと、痛いほどの愛おしさ。
 俺は、震える声で必死に涙を堪えながら、最後に残された『台本通りの台詞』を、ゆっくりと口にした。

「……私も。あなたに出会えて、よかった」

 それは、劇中のヒロインの台詞。
 そして。俺から大河への、一生彼に意味が伝わることのない、決して届かない本気の告白だった。

 大河が、弾かれたように目を見開く。
 二人の本当の感情が、虚構の空中で激しく火花を散らすように交錯したその瞬間。
 俺たちを包み込んでいた純白のスポットライトが、まるで魔法の終わりを告げるように、ゆっくりと、静かに暗転していった。