桟橋にて



「中二病だよ!」
 そう言われるのが目に見えていたので、僕は彼女のことを他人に話したことが無かった。美しい南の島で、同じ年頃の彼女と三日続けて顔を合わせ、お互いに惹かれ合うものを感じていたように思えたにも関わらず、相手の連絡先さえ聞けずに終わったというだけでも、高校二年生の僕に弁解の余地は無かった。
 しかも、共に過ごした時間の大半は、夕暮れの海岸で、一緒に歌を歌っていただけというのだから、なお更だ。
 おまけに、僕は今、一年前に出会った彼女に再び会えることを期待して、東京から沖縄の竹富島に来ているのだから、「中二病」というレッテルを張られても、ぐうの音もでない状況だ。

「同じ空は二度と見られない」
 一年前、高校一年の六月、竹富島の西桟橋の先に広がる夕景を見ながら、彼女はそう言った。当たり前と言えば当たり前だが、今、僕が同じ場所で見ている空はあの日の空ではない。

 竹富島の西桟橋は長さ約100メートル、幅約4メートル。手漕ぎの小舟のために作られたそれは、対岸の小浜島、更にはその後ろに控える西表島に向かって真っすぐ伸びている。桟橋としては、既に機能していないが、島の観光名所だ。夕陽スポットとして名高いので、日没の時間が近づくと、とりわけ多くの人が集まってくる。とはいえ、竹富島は宿も少ない小島だ。多くのホテルが立ち並ぶ石垣島に戻る船の最終便は、日没よりも早い。だから、桟橋に夕陽を見に来るのは泊り客だけだ。
 初めて島に来た人の多くは、海に沈む夕陽を期待しているが、実際にはその可能性があるのは、夏至と冬至前後の短い時期に限られている。その時期を除けば、夕陽は、桟橋の先にでんと構える西表島の向こう側に沈むのだ。更に残念なことに、西表島の向こうに陽が沈むのさえ、めったに見られるものではない。大抵は西表の裏に沸いた雲の中に消えてしまうのだ。
 そうして、多くの場合、空は夕映えに染まることなく暗くなる。「美しい日没は無理でも、せめて夕映えくらいは」と期待して残った人たちは無残にも裏切られ、重い足取りで去ってゆくのだ。
 それを考えれば、一年前の、あの三日間は、奇跡としか言いようがなかった。
 
 東京で生まれ育った僕が竹富島の夕陽事情に詳しいのは、幼馴染だった両親が共に竹富島の出身だからだ。中学生の内から将来を誓い合っていた二人は、石垣の高校を出た後、上京し、それぞれ別々の料理店に住み込みで働いて修業を積んだ。二人は、料理人として一人前と認められた頃に結婚。やがて独立して、沖縄料理を提供する民謡酒場を開いた。祖母が亡くなった後、父は一人暮らしになった祖父を東京に呼び寄せた。
 生まれた時から、僕の周りには沖縄の音楽が満ち溢れていた。父も祖父も三線が得意だった。だから、僕が小学生で三線を弾き始めたのも自然な成り行きだった。三線は三味線とよく似た沖縄の楽器だ。猫の皮を張る三味線と違い、ニシキヘビの皮が張られるので、かつては蛇皮線ともいわれていた。
 毎年、夏休みの大半を、僕は竹富島の親戚の家で過ごした。中学生になると、僕は夕暮れに西桟橋に出掛け、そこで三線を弾いた。初めは沖縄の民謡や沖縄のミュージシャンの曲を弾いていたのだが、そのうち、自分で歌を作って弾き始めた。歌詞もきちんと作ってはいたのだが、誰かに聴かれるのが恥ずかしくて、周りに人がいなくなるのを見計らって歌い始めるのが常だった。誰も聴いていない所で自作の歌を歌って悦に入っていたのだから、彼女に出会う前から、すでに僕は中二病だったと言われても反論はできなかった。
 
 そんな僕に予想外の出来事が生じた。中学三年の文化祭、全校生徒向けの舞台発表の演目に突然に穴が開き、文化祭担当だった僕の学級担任が無茶ぶりをしてきたのだ。僕は強制的に全校生徒の前で沖縄民謡を披露することになってしまった。
 演目として、僕は三線の速弾きの曲を二曲選んだ。正解だった。三線の弦を押さえる左手も、バチで弦を弾く右手も、正確無比に高速で動く三線の速弾きのテクニックは、全校生徒、特にギターを手にして間もない中学生たちを唸らせ、アンコールがかかった。そこまでは良かった。しかし、僕は次の選曲を誤った。つい調子に乗って自作の歌を披露してしまったのだ。冒頭から全校生徒がドン引きしたのが分かった。
 昭和生まれで沖縄出身の祖父や父の音楽が、僕には染みついていた。そんな僕が作った沖縄風のオリジナルソングは、昔の演歌みたいに歌詞もメロディももの悲しい空気に溢れていた。サウンド先行で、歌詞にはさして意味のない明るい曲に慣れている中学生たちにとって、僕の歌は異質に響いたのが分かった。
 誰一人僕のオリジナルソングを褒めてくれる生徒はいなかった。しかし、あからさまに僕をけなしたり、からかったりする生徒もいなかったし、速弾きのテクニックを称賛する生徒は沢山いた。にもかかわらず、ひどく落ち込んで、二度と人前で自分の歌を歌うまいと思ったのだから、やはり僕は中二病体質だったようだ。
  
 高校に入ってからも、僕の中二病体質は変わらなかった。次々と歌を作ったくせに人に聴かせたことは一度も無かった。
 僕の中二病体質は歌だけに限らなかった。中学の頃からそうだったが、気になる女の子がいても、声を掛けることができなかった。何かの拍子に好機が訪れて言葉を交わすことがあっても、その先の一歩を踏み出せなかった。
「考えすぎだよ、おまえ中二病だな」
 クラスメートにそう言われて、かわれたこともあった。
 そんな風だったから、高一の夏が近づく頃になっても、依然として、僕は女の子と付き合った経験が無かった。

 さて、彼女のことに話を戻そう。僕が、竹富島で彼女に出会ったのは、今から約一年前の夏至の頃だった。親戚の家で不幸があり、僕は忌引きをもらって竹富島に来ていた。お通夜と告別式に出る以外はすることもなく、僕は日没の頃、三線を抱えて西桟橋に向かった。
 桟橋の始まりの部分は、右側だけが少し右に向いている。そのおかげで、そこに腰を下ろせば、夕陽を見ながら三線を弾くことができた。僕は、その部分に腰を下ろすと三線を弾き、多くの人に馴染みのある定番の歌を歌い始めた。西桟橋にはたくさんの人がいたので、もちろん、自作の歌は歌わなかった。
 時期的には、夕陽が西表島の右側の水平線に沈む頃だったが、その辺りは既に雲に覆われていた。日没の時間が過ぎると、一斉に人が退けた。後には、夕映えを期待するわずかばかりの人が残るだけとなった。
 その後の空の美しさを言葉で表そうとするのは無駄な試みだ。太陽が落ちたと思える地点を中心として、雲が燃え始めた。その光を受けて、サンゴ礁に囲まれた穏やかな海は薄紅に染まった。黒島、西表島、小浜島、嘉弥真島など、近隣の島々は黒い影となって風景にアクセント加えた。それまでの十六年の人生の中で一番美しい夕焼けだと思った。
 くるりと周囲を見ると、幸いにも、僕の声が聞こえそうな範囲内には誰もいなかった。僕は、ここぞとばかり三線を奏で、自作の歌を歌い始めた。歌詞の内容は、西桟橋で夕陽を見ている旅人同士の男女の物語だ。
 目の前に広がる美しい夕映えを見ながら三線を弾き、自作の歌を歌い、僕は完全な自己陶酔に浸った。歌い終わった時、背後から声がした。
「良い歌ね」
 驚いて振り向くと、そこには僕と同年代の、顔立ちからしてハーフらしい少女が体育座りで座っていた。心臓が止まりそうになった。
「こんなに綺麗な夕映えを見ながら、三線の弾き語りで良い歌が聞けるなんて最高だわ。でも、聴いたことがない歌ね。誰の歌なの?」
 そう訊かれた途端、体中の血液が沸騰したような気がして、僕は彼女から顔をそむけた。
「今のは僕のオリジナルソングなんだ」
 そう答えて、彼女の反応を見ようと振り返ったら、彼女はもうそこにいなかった。

 その夜、僕は全く寝つけなかった。興奮と疑問が頭の中で渦を巻き一切眠気を寄せ付けなかった。初めて自分のオリジナルソングが褒めてもらえた。それも綺麗な女の子からだ。あのタイミングで見ず知らずの僕に声を掛けてきたのだから、社交辞令とは思えなかった。声の様子や発言の内容からも、本当に僕の歌を気に入ってくれたのだと思えた。
 しかし、同時に疑問も浮かんだ。彼女は一体どうやって瞬時に姿を消したのだろうか?ということだった。僕が彼女から目を逸らしたのは、ほんの一瞬のことで、その間に僕の視界から完全に消えることなどできるはずがなかったからだ。
 結局、僕は一睡もできぬまま次の朝を迎えた。
 
 その日は、夜、お通夜が予定されていた。手伝えることも何もないまま親戚の家にゴロゴロしているのも恰好が悪いので、「三線の練習をしに行く」と言って親戚の家を出てカイジ浜に向かった。
 カイジ浜は星砂の浜とも呼ばれる観光名所で、多くの観光客がやってきては星砂を探し回る場所だ。そこは波打ち際のすぐ近くまで森が迫っていて、真夏でも快適な日陰ができる絶好のくつろぎスペースでもある。
 僕は木陰にシートを敷くと、さっそく三線の練習を始めた。いや、言い訳は止めよう。カイジ浜に三線を持ってきたのは、ここで三線を弾いていれば、彼女に会えるかもしれないという下心があったからだ。
 何度も竹富島に来ている今までの経験からして、彼女は竹富島の住人とは思えなかった。人口二百数十人で、小中一緒の学校が一つあるだけの竹富島に、ハーフの綺麗な女の子がいれば、女の子に目がない同い年の従妹から既に話がでているはずだった。故に観光客である可能性の方が遥かに高い。ならば、昼間にカイジ浜にやってくるかもしれないと思った。しかし、僕の期待はあっさり裏切られた。

 夕暮れ時、僕は西桟橋に向かった。無論、そこで彼女に会えることを期待していた。しかし、僕が西桟橋に着いた時、彼女の姿はそこに無かった。僕は前の日と同じ場所に腰を下ろし、三線を弾きながら、多くの人が知っている定番の沖縄関係の歌を歌い始めた。
 一曲目が終わり、二曲目の二番に入ったところで、僕の背後から三線の伴奏に合わせて歌う声が聞こえてきた。彼女に違いないと僕は確信した。歌い終わったところで、僕は後ろを振り向いた。前の日と同じように体育座りの彼女がそこにいた。
 声を掛けようとしたが彼女に先を越された。
「ねえ、もっと色々な歌を歌ってよ」
 促されて、僕は次の曲を弾き始めた。イントロが過ぎると、彼女は僕の歌と三線に声を合わせてきた。その後は、曲が終わる度に「次、お願い」と声を掛けられた。まるで、振り向く間を与えまいとしているかのようだった。
 何曲か一緒に歌っているうちに、日没が近づいていた。太陽は、西表島の右手にある見える嘉弥真島の右側の水平線に落ちようとしていた。僕は三線を脇に置いて夕陽に見入った。
 やがて、夕陽はゆっくりと水平線の向こうに姿を消した。何度も竹富島を訪れている僕ですら初めて見る水平線に沈む夕陽だった。
「凄いな。私、水平線に沈む夕陽って初めて見たわ」
 嬉しそうな声に引かれて振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべる少女がいた。彼女の姿を落ち着いて見られたのは、その時が初めてだった。そして僕は気づいた。幽霊のように姿が朧げな訳でもないのに、彼女の姿は、どことなく存在感が希薄なのだ。
 喉元まで出かかった問いを僕は飲み込んだ。
「君はどこから来たの?どうして、昨日、突然消えししまったの?」という問いだ。
 その問いは、なぜか発してはならないような気がした。

 夕陽が落ちた途端に、一斉に人の移動が始まった。いつもの光景だ。夕映えを期待する少数の人が残るのもいつも通りだ。
 そして、大抵の日がそうであるように、日没後の空は燃えることはなかった。残っていたわずかな人々も桟橋を後にし始めると、彼女が少し寂しそうにつぶやいた。
「水平線に沈む夕陽は素敵だったけど、昨日のみたいな夕映えは見られなかったね。当たり前だけど、同じ空は二度と見られないんだね」
 桟橋の先に目を向けていた僕は、その声を聞いて彼女の方を振り返った。彼女の存在感が更に薄くなったような気がした。僕がそんなことを考えていると、彼女が訊いてきた
「ねえ、もし、昨日の歌以外にも、あなたのオリジナルソングがあるなら聴かせてくれない?」
 嬉しかった。彼女が本当に僕の歌を気に入ってくれたのだと確信が持てたからだ。
「うん、じゃあ歌うね」
 僕は、そう宣言して脇に置いた三線を手に取り、陽が沈んだ後の海の方に向き直った。歌い始めたのは、デイゴの並木を舞台としたラブソングだ。赤い花をつけたデイゴの並木が、夕陽を浴びて更に赤く染まる情景が歌われている。このタイミングで披露するにはもってこいの曲だった。歌い終わると、小さな拍手に続き、彼女の称賛の声が背中から聞こえてきた。
「素晴らしいわね」
 その言葉を聞いて振り向くと、まるでお約束のように、彼女はそこにいなかった。

 次の日、告別式が終わった後の夕暮れ、僕は、また三線を持って西桟橋に出掛けた。彼女の姿はそこになかった。僕は前の日と同じ場所に座り、同じように三線を奏で、彼女も知っていそうな定番の沖縄系の歌を歌い始めた。二曲目に入ると、期待通りに、背中から彼女の歌声が聞こえてきた。そこからは、前の日の繰り返しのように時が流れた。
 信じがたいことに、二日続けて夕陽は水平線に沈みそうだった。僕は三線を脇に置いて、その時を待った。
「ねえ、あなたは明日もここに来るの?」
 背中から、彼女が問う声が聞こえた。僕は振り向いて答えた。
「残念だけど、明日の朝、東京に帰るんだ」
「そうなんだ」
 彼女が少し悲しそうな表情をみせたような気がした。ごく普通の高校生なら、そこで自然に、携帯番号や、メールアドレスなど、連絡先の交換を持ち掛けるタイミングだと思った。しかし、中二病体質の僕にはそれができなかった。断られるのが怖かった。二日前から続く夢のような時間が崩れ去る音を聞きたくなかった。そんな恐ろしい音を聞くくらいなら、彼女との時間を、一期一会の美しい思い出として胸に刻み込んだ方が良いと思った。臆病な僕は中二病体質から抜け出すことができなかった。不意に姿を消す彼女の秘密も、僕が次の一歩を踏み出すことを躊躇させた。
 何も言えずにいると、彼女が話題を変えてきた。
「ねえ、グリーンフラッシュって見たことがある?」
「グリーンフラッシュ?何それ?」
 僕が逆に質問を返すと、彼女は丁寧に解説をしてくれた。
「太陽が、水平線に沈む瞬間に、一瞬だけ緑の光を放つことがあるんだって。おじいちゃんが好きな昔の映画のセリフによれば、グリーンフラッシュを見た人は幸せになれるんだって」
「そうなんだ。初めて聞く話だな。残念ながら、僕はそんなものは見たことがないな」
「そう」
 彼女は少しがっかりした様子だったが、気を取り直したように明るく言った。
「ねえ、陽が沈むよ」
 彼女に言われて、僕は海の方に目を向けた。太陽の下の部分が、ちょうど水平線に触れたところだった。ゆっくりと沈む夕陽が、完全に水平線の向こうに消えようとしたその刹那、ほんの一瞬だけ小さな緑の光を放った。
 これが、彼女が言ったグリーンフラッシュかと思った。しかし、目の錯覚かもしれなかった。錯覚ではなかったという証明が欲しくて僕は彼女に確認を求めた。
「ねえ、今、太陽が緑に光ったよね」
 言いながら振り返った時、彼女はそこにいなかった。

 次の朝、僕は東京に帰った。そうして、二度と彼女の姿を見ることは無かった。三日目に見た光が、グリーンフラッシュだったのかどうかも、そもそも本当に太陽が緑色の光を発したのかも、他者の確認を取ることはできなかった。だから、錯覚ではなかったという確信が持てなかった。
 いや、それどころか、彼女と過ごした時間の全てが、実は僕の中二病的な妄想だったのかもしれないのだ。妄想と思うには、僕の記憶はあまりにも生々しかったが、もし、誰かにこの話をすれば、誰もがそれを「中二病的な妄想」と断定するに違いなかった。だから僕は、彼女のことを他人に話したことが無かった。

 にもかかわらず、僕は、彼女との時間を「中二病的妄想」と片付けることができなかった。
 そうして、一年後の六月、僕は彼女が再び現れることを期待し、三線を抱えて夕暮れの西桟橋にいるのだ。故に、究極の中二病と診断されても仕方がなかった



「中二病なんじゃないの?」
 そう言われそうな気がしたので、私は彼のことを他人に話したことが無い。
 同年代と思われる彼を初めて見た時、彼は夕暮れの桟橋に腰かけて三線を奏で、素晴らしい歌を歌っていた。一年ほど前の事だし、一度しか聞いていないので、正確に歌詞は覚えていない。夕暮れの桟橋を舞台にした男女のラブソングだった。
 桟橋の向こうには、信じられないほど美しい夕映えが広がっていた。だから、彼の歌は、風景と共鳴して私の心を強く揺さぶった。しかし、そんな素晴らしい歌にも関わらず、私は、その歌をそれ以前に聴いた覚えがなかった。どうしてこんなに良い歌が世に出ることなく埋もれていたのだろう?疑問が頭をもたげた。
 彼が歌い終わるのを待って、私は歌を称え、誰の歌なのかと尋ねてみた。驚いたことに、それは彼のオリジナルソングだった。

 次の日、私は再び彼の姿を目にした。前の日と同じように、彼は桟橋に腰を下ろして歌を歌っていた。
 誰もが知っていそうな定番の沖縄系の歌だった。つい、つられて、私も一緒に歌ってしまった。それがあまりにも楽しかったので、私は遠慮も顧みず、次々とリクエストを繰り返してしまった。でも、彼は嫌気が差す気配もなく、私が知っていそうな歌を選んでは一緒に歌ってくれた。
 そうこうしているうちに、日没を迎えた。生まれてから初めて見る水平線に沈む夕陽だった。その光景に感動したせいか、私は、彼のオリジナルソングを聴きたくなった。頼んでみたら、彼は歌ってくれた。
 夕陽を浴びたデイゴ並木の歌だった。日没後、前の日のような夕映えはみられなかったが、水平線に沈む夕陽を初めて見た感動と相まって、彼の歌は深く心に染みた。
 
 翌日、また夕暮れの桟橋で彼に会った。そして、前の日と同じように一緒に定番の沖縄系の歌を歌って過した。いつの間にか、彼の存在は私の中で大きくなり始めていた。だが、こんな日々がずっと続くのか不安になった。だから、明日もここに来るのかと彼に尋ねた。彼は、明日は東京に帰ると答えた。それを聞いて悲しくなった。
 だからと言って、彼と繋がり続ける手段がない訳ではなかった。今の時代、女の子の方から相手の携帯番号やメールアドレスを尋ねても、変に思われたりはしないのだ。でも、私にはそれができなかった。私は、以前から男の子と関わることが苦手で、それまで一度もボーイフレンドができたことがなかったからだ。
「考え過ぎよ。中二病なんじゃないの?」
 友達には、よくそう言われた。
 そうしてまた、夕陽が水平線に近づいていた。ふと、祖父が好きな映画のことを思い出して、私は、グリーンフラッシュを見たことがあるか?と彼に尋ねてみた。彼はグリーンフラッシュのことを何も知らず、見たこともないと答えた。
 しかし、信じられないことに、そんな話をした直後、水平線に沈もうとした太陽は緑の光を発したのだ。

 もし誰かにこの話をしたら、「夢みたいな話だね」と言うだろう。否定などしようがない。実際に、全ては夢だったのだから。私は、三日続けて、明け方の夢の中で彼に会っただけだったのだ。

 そんな夢の中のできごとを、心の中で大切にしている自分は、中二病という診断書を突き付けられても、素直に受け取るしかないと思っていた。

 だが、信じられないことが起こった。それは、高二になったこの春、バイト先の先輩から、去年の六月に行ったという旅行の写真を見せられた時だ。彼女のスマホの中に、二度と見られないはずの空があったのだ。
 それは、彼に初めて会った日の、あの美しい夕映えの空だった。夢の中の桟橋は実在していた。それは、沖縄県、竹富島にある西桟橋だと分かった。
 私は、西桟橋に行ってみたい、いや行かなければならないという強い衝動に駆られた。そこに行けば、夢の中の彼に会えるような気がした。私はバイト代を貯め、貯金と足して竹富島に行く旅費をどうにかひねり出した。

 そうして、今、私は夕暮れ時の西桟橋に続く坂道を下っているところだ。そんな自分を愚かだと思った。彼に会った夢を見たのは去年の六月の夏至の頃だ。それに合わせて竹富に来たのだから、学校はサボりだ。夢の中の桟橋の実在は、彼の実在を保証するものではない。記憶にはないものの、どこかで見た西桟橋の風景が、無意識の内に夢に出てきただけかもしれないのだ。更に言えば、仮に彼が実在したとしても、このタイミングで都合良く西桟橋にいてくれると考える方がどうかしていた。にもかかわらず、遥々東京から竹富島までやってきたのだから、私の中二病はかなり重症だ。



 僕は三線を構え、定番の歌を歌い始めた。辺りには人が多く、オリジナルソングを歌える状況ではなかった。信じがたいことに、今日も夕陽は、西桟橋の沖の水平線に沈みそうだった。

*

 左右にお墓が並ぶ道を抜け、外周道路と呼ばれる道を渡り、木々の緑のトンネルに足を踏み入れた途端、私の目に桟橋が見えてきた。その端に。三線を奏で、歌を歌っている彼がいた。涙がこぼれそうになった。

*

 一番を歌い終わっても、僕の耳に彼女の声は聞こえてはこなかった。

*

 私は、夢で見たのと同じように彼の背中から少し距離を置いて、桟橋の上で体育座りをした。彼の歌は間奏を抜け、2番に入ろうとしていた。

*

 2番に入ったところで、背中から、僕の声と三線に合わせる彼女の声が聞こえてきた。心が震え、歌も三線も乱れそうになったが、僕はなんとかエンディングまで持ちこたえた。

*

 彼が振り向いた。
「久しぶりだね」
 彼がそう言った。
「うん」
 私は、それしか言えなかった。すると彼が訪ねてきた。
「君に会ったら、訊きたいと思っていたことがあるんだ。一年前、三日目の夕陽は沈む直前に緑に光ったよね」
「うん、緑に光ったよ」
 私がそう答えると、彼は嬉しそうな顔をした。

*

 彼女の言葉を聞いて、僕はようやく確信を持てた。彼女の存在も、あの日に見たグリーンフラッシュも、決して僕の中二病的な妄想ではなかったのだと。

*

 彼の嬉しそうな顔を見ていたら、私も嬉しくなってきた。彼との思い出も、グリーンフラッシュも、夢だけど夢じゃなかったのだ、実際にあったことだったんだ。そう思えたからだ。

*

 一緒にグリーンフラッシュを見たのだから、僕たちは幸せになれるのだろうか?一瞬、そんな風に考えが飛躍した。そんな僕は、まだ中二病から抜け出していないような気がした。

*

 一緒にグリーンフラッシュを見たのだから、私たちは幸せになれるのかしら?ふと浮かんだ少女漫画のような発想は、中二病に由来するような気がした。

*

 一年前、彼女が突然消えてしまった理由は未だに謎だったが、僕には、もうどうでも良いこと思えた。今、目の前にいる彼女には、以前のような存在感の希薄さはなく、確かにそこにいるのだという感じがした。

*

 私と彼は、確かに一年前にここにいたのだ。今は、そう信じられた。でも、どうすれば、そんなことが起こるのだろうかと考えた時、一つの仮説が浮かんだ。
 一年前の夏至の頃、留学中の私は、母の実家で暮らしていた。母の実家があるのはアメリカの東部にある田舎町で、日本との時差はおよそ十二時間だ。彼がここ西桟橋で夕陽を見ながら歌っていた頃、私は母の実家のベッドで明け方の夢を見ていたのではないか、という仮説だった。
 そんな仮説の真偽は、もうどうでも良かった。それよりも、私は、まだ聴いていない彼のオリジナルソングを訊いてみたくなった。
「ねえ、まだ聴いたことのないオリジナルソングがあったら聴かせてくれない?」
 私は、彼にそう頼んだ。

*

 彼女の言葉を聞いて、僕は嬉しかった。この世に、少なくとも一人は僕の歌を気に入ってくれた人が本当にいたのだから。だが、彼女のリクエストには、すぐには応えられなかった、まだ周囲にはたくさんの人がいた。それに、まだ、ほんの少し、彼女が、また消えてしまうかもしれないという不安があった。だから、僕は言った。
「いいよ。でも、その前に連絡先を交換しておこうよ」
 一年前に言えなかったセリフを、あっさりと言えたのが少し不思議だった。

*

「うん、そうだね」
 私は、ポケットからスマホを取り出した。

*

 そうして、二人は、ようやく中二病的な恋から、次の一歩を踏み出した。


後書き

 本作はファンタジーですが、グリーンフラッシュを見たことを含めて、筆者が竹富島の西桟橋で実際に経験したできごとをモチーフにした物語です。