思い出さなければよかったのに

 パシャッ! パシャパシャッ! パシャッ!

「森口さん、成瀬さん、もう少し近づいていただけますか?」
「こっちに笑顔、お願いします!」

 パシャパシャパシャッ!

 次々と瞬くフラッシュの洪水の中、まるで婚約会見のように寄り添い見つめ合う二人。
 この記事も、明日の朝刊やワイドショーで大きく取り上げられ、話題になるに違いない。

『恋人の死を利用した売名行為』
『悲劇の主人公になった自分に酔っている』
『二股女』
『二人の男を手玉に取って成り上がる悪女』

 私が世間の同情を集めると同時に、心ない言葉も続々と耳に入るようになった。
 悲劇の主人公という肩書はまた、それを利用した強かな女という称号も私にもたらしたのだ。

 私は成瀬先輩の映画で、ヒロインの森口彩乃役……即ち本人役に抜擢され、上京してモデルになった十八歳からラストの二十九歳までを演じることになっている。

 クランクインしてから監督である成瀬先輩と過ごす時間が増え、二人で食事に行ったりもするようになった。
 話題は撮影についてのことが殆どだけど、たまに高校時代の思い出話になったりもする。

 先輩から写真部の部室で私を見ていた雄大の話を聞けるのが嬉しかった。

 そんな私たちを交際中だとか結婚間近だと報じるところもあって、成瀬先輩のファンから私のSNSに辛辣な書き込みがされたりするし、雑誌で面白おかしく取り上げられているのも知っている。

 それでもいい。
 雄大の作品が注目されるためなら、私は悪女でも何にでもなってやる。

 どんな形でもいい。
 小説でも映画でも何でもいい。皆に雄大を、彼の作品を知ってほしい。覚えていてほしい。

 私の顔を、名前を思い出すときに、一緒に雄大の名前も思い浮かべてもらいたい。
 今、私の隣に彼はいないけれど……せめて皆の記憶に残る私達だけは、いつも一緒でいたいから。

 ――お願いだから、覚えていて……ずっと忘れないで……。

 そうしてずっと願い続けていれば、想いはいつか、天国の彼の元に届くのではないかと思っているのだ。

『仕方ないな。おまえは言いだしたら聞かないからな、また逢いに行ってやるよ』

 そう言ってひょっこり姿をあらわしてくれるんじゃないかな、なんて……雄大、今も私はそう思っているんだよ。

 カメラに向かって悠然(ゆうぜん)とした微笑みを作りながら、右手でそっと左の薬指に触れてみる。
 そこにはもう指輪も歯型もなくて、サラリとした皮膚が触れるだけだけど……。

 痕が消えても、私はずっと忘れない。
 二十九年間、二人で積み重ねた時間を、交わした言葉を、愛し合った日々を。

 私はあなたを忘れない。

 ――雄大、待ってるからね。

 二人で迎えたあの朝を覚えていてね。
 忘れても、ちゃんとまた思い出してね。

『おかえりなさい』
 もう一度、そう言いたいから……。

 サヨナラの代わりに、こう言わせて。

『またね』
 雄大、また会おうね。 逢いに来てね、絶対ね。


『まったく、しょうがないな……』

 カシャッ! カシャカシャッ!

 苦笑いしながら傷だらけのカメラを構える雄大の声が、どこからか聞こえてきたような気がした。