思い出さなければよかったのに

 私はまたテーブルの前に座り、ケーキを見て、カメラを見て、薬指を見る。
 だけどいくら待ってももう、「ただいま」の声は聞こえてくれなかった。

 もう一度、左手の薬指を見る。
 そこにはもう指輪はなく、血の滲む歯型が残るだけ。
 そこに口づけながら、一生消えないで……と願った。

 ――雄大のバカ……。

 指輪くらい置いていけ。
 私が他の人を好きになったら絶対に悔しがるくせに。
 最期までカッコつけのヘタレを発揮してるんじゃないわよ!
  
 雄大……私は『花嫁さん』になりたかったんじゃない。『雄大のお嫁さん』になりたかったんだよ……。

「馬鹿……バカ雄大……」

 私との約束だけを覚えていればよかったのに……こんなときだけちゃっかり全部思い出しちゃって……。

「馬鹿ね……思い出さなければよかったのに」

 1LDKのマンション。
 電気のついていない部屋のガラステーブルには丸いケーキ。
『29』の数字の形をしていたキャンドルは、すっかり溶けて消えていた。

 朝の淡い光が差し込む幻想のような部屋に、私は一人きり。
 私は傷だらけのカメラを胸に抱えたまま、声をあげて泣いた。