思い出さなければよかったのに

「姉ちゃん、本当に大丈夫なのかよ」
「うん、大丈夫」

 葬式の帰り、必要ないというのに晴人がアパートまでついてきた。

 雄大が座るはずだったローソファーの定位置に弟がいる。
 どうしてこんなことになっているんだろう。

「晴人、ありがとう。もう帰りなよ」
「でも……」

 それでも晴人は動こうとしない。

「俺も母さん達も姉ちゃんが心配なんだよ。 こんなことは言いたくないけどさ……雄大のあとを追おうとするんじゃないかって考えちゃって……」
「しないよ」

 即答したら、晴人が驚いた顔をした。
 驚くことないのに。死のうだなんてこれっぽっちも考えていない。

 だって明日も午後から仕事が入っている。
 雄大は一生懸命に仕事をする私が好きだと言っていた。 頑張れって、応援するって言ってくれた。

 ――いい加減なことをしたら雄大に嫌われちゃうじゃん。

「雄大のことを想いながら、一人で静かに誕生日を過ごしたいの。 お願い、そうさせてもらえないかな」

 絶対に大丈夫だから、また電話するからと力強く頷いてみせたら、晴人は何度も心配そうに振り返りつつ帰っていった。

 ――やっと一人になれた……。

 一昨日から散々泣き続けて、もう涙も枯れ果てた。
 頭がぼんやりして身体が重い。 今は何も考えたくない。

 フラリと立ち上がり、キッチンに向かう。
 冷蔵庫から誕生日ケーキを取り出して、ガラステーブルに置いた。

『29』の数字のキャンドルに自分で火を灯す。

 本当ならこれは雄大の役目だったのに。
 一緒にケーキ入刀して、『二度目の共同作業だね』って言って、『三度目は本当のウエディングケーキがいいな』って言ってやろうと思っていて……。

 雄大の遺品のカメラをケーキの隣に置いた。出発する少し前に買ったカメラは、既にあちこち傷ついている。
 三年間頑張ったんだね、ご苦労様。

 キャドルの薄明かりの中、 カメラをジッと眺めて、左手の薬指の指輪を灯りにかざして見つめて。

 ――雄大はちゃんと約束を果たそうとしてくれてたんだ。

 最高の一枚を撮って凱旋帰国して、 最高のプロポーズをしようと準備してくれていた。

 あとは帰ってくるだけだったのに……。

 ――雄大、一番大事な約束を果たしてないよ!

 帰って来てよ! 一緒に二十九歳の誕生日を祝ってくれるって言ったでしょ!