思い出さなければよかったのに

 * * *

 ――駄目だ! その台詞を言っちゃ駄目なんだ!

 目の前で先輩と向かい合っている過去の俺へと必死に叫ぶ。
 だけどその声は俺に届かなくて……。

「べつにいいんじゃないですか? 俺の許可なんて必要ないですよ」

 パシャッ!

 またもや白い閃光。
 これはカメラのフラッシュだ。

 窓の外から流れる洋楽を遠くに聴きながら目を閉じると、次の瞬間にはまわりの景色が変わっていた。
 ああ、これは……そう、帰りの電車だ。

「――なあ、本当に先輩のモデルすんの?」
「……するよ。だって雄大が勧めたんじゃない」

 それきり返す言葉がなくなって、俺は気まずげに黙りこむ。

 午後七時半過ぎの急行列車は、部活帰りの学生と仕事帰りの社会人が入り乱れていて、そこそこ混んでいた。
 俺と彩乃はドア近くの手すりのそばで、向かい合って立っている。

 ガタンゴトンという音以外は、あちらこちらで声を潜めた会話がたまに聞こえるくらい。そんな空気の中で今日のことを話すのはなんだか(はばか)られた。

『森口さん、僕の写真のモデルになってくれないかな』

 それは見事な速攻だった。
 部活が終わって写真部の部室まで上がってきた彩乃に、成瀬先輩は「お疲れ様」と一声掛けたと思うと、そのままサラリとモデルの依頼を口にしたのだ。

 ――凄いな……。

 照れも躊躇もなく、爽やかな笑顔を浮かべてアッサリと。
 学校一のイケメン王子の実力を、これでもかと見せつけられたようだった。

『えっ、でも……』
 彩乃が困惑した顔で、チラリと俺の表情を窺う。
 それに気付いた先輩も俺を見る。

『一応、木崎くんにも許可を得てあるんだ……そうだよね?』
『あっ、はい……』
『だけど、私がモデルなんて……』

 彩乃が俺を見て、先輩を見て、口元に手を当てながら、考えるように俯く。
 俺も何か言わなくてはと口をひらきかけたとき、先輩と視線が交差した。
 問い詰めるような、確認するかのような真剣な眼差し。
 俺は口を閉じて、キュッと唇を引き結んで……。

『いいんじゃね? 先輩ならおまえのこと、少しは美人に撮ってくれるんじゃないの?』

 愚かな俺は心にもない酷い台詞を吐き出した。
 彩乃がギュッと唇を噛んで俺を睨みつける。

『雄大の馬鹿っ! ほんっと〜に失礼!』
 それから先輩に向かって微笑んでみせる。
『……先輩、わかりました。よろしくお願いします。アイツが見惚れちゃうくらい美人に撮ってくださいね!』
 途端に先輩が相好を崩す。

『ハハッ、それじゃ決まりだ。森口さん、よろしくね』
 笑顔で握手する二人の姿を、俺は引き攣った作り笑いで見つめるしかなかった。


 学校から俺達の住む街までは急行で三駅。
 あと一駅分の沈黙がつらい。

「……何よ、文句あるの?」

 静寂を破ったのは彩乃のほうで。
 だけど変に自意識過剰で、中途半端にプライドが高かった俺は、全然素直になれなくて。

「いや、ないけど……」

 馬鹿だ、俺。
 あのときに、『文句あるよ』、『嫌なんだ』って素直に言っておけばよかったのに。

『おまえの写真は俺が撮るんだ』、『おまえは俺のモデルになるんだろ?』そう言いたかったくせに言えなかった俺は、ただの臆病者で……。

 後悔先に立たず。
 結果、俺はこの先その言葉を、何度も何度も噛み締めることになる。