思い出さなければよかったのに

 ふっ……と身体が軽くなった感覚があった。

 ――あっ……。

 両手を見る。手のひらの向こう側に床が透けている。

 ――ああ、そうか……。

 俺の手が、腕が、脚が透けていく。
 バッと顔を上げて彩乃を見た。
 彼女は両手で口元を覆い、目を見開いている。

 うん、そうなんだ。いよいよその瞬間(とき)がきたんだよ。

 彩乃が駆け寄って、抱きついてきた。
 だけど俺は既に感覚が曖昧で、抱き返せているかもわからない。

 ――うん、最期に会えてよかったな……。

 いや、違うか。最期のそのときに会えなくて、未練がましくここに現れたんだ。
 俺ってやっぱり馬鹿だな。帰ってくるのが遅過ぎたよな。

「彩乃、ごめんな……ありがとう、愛してる。しあわせになって……」

 ゆっくりと目蓋を閉じる、その刹那。
 最期に網膜に焼きついたのは、アイツの泣き顔。

 そして……。

 カシャッ!

 真っ白いフラッシュの閃光に目を瞑ると、そのあとは『無』になった。