思い出さなければよかったのに

「彩乃、指を貸して」
「えっ?」
「噛んでもいい?」
「……いいよ」

 彩乃が白い指先をこちらに差しだす。
 俺はそれを両手でそっと掴んで持ち上げると、薬指に唇を押しつける。愛を込めて、想いを込めて。

 長いあいだそうしてから、その付け根に力任せに噛みついた。
 ガリッと歯が肉に食い込む感覚と、コリッと当たる骨の硬さ。
 離れたときには、くっきりついた歯型から、ジワリと血が滲んでいた。

「ごめん……痛いよな」
「ううん、嬉しい。もっと痕をつけて」

 彩乃のオデコに、耳に、頬に口づけて、最後に首筋に吸いついた。ジュッという音がして、赤紫の花びらが散る。

「ハハッ、本当に吸血鬼みたいだな」
「もう、吸血鬼でもなんでもいいよ。ここにいてくれるなら」
「ハハッ」

 彩乃、ごめんな。
 だけどそれは無理なんだ。

 一緒にいられないのに痕を残してごめんな。
 でもさ、俺はわがままだから……これが消えるまででいいから、俺を覚えていてほしいな……なんて思ってしまうんだ。

「これが消えたらさ……俺のことなんて全部忘れて、新しい男を見つけろよ」
「嫌だよ、馬鹿」

 嫌だよ。本当は忘れてほしくなんか、ないんだよ。
 ずっと俺を想い続ければいい。
 一生一人でいればいい。

 だけど俺はカッコつけだからな。
 心にもないことだって言えちゃうんだぜ。

「大丈夫、彩乃はいい女だから、まわりの男がほおっておかないって」
「だったら雄大がそばにいて蹴散らせばいい」
「ハハッ、そうしたいけど……」

 そう言いながらも、彩乃の言葉に喜んでいる俺がいるんだ。
 この痕がずっと消えなければいいって思ってるんだ。

 俺ってホント、未練がましいな。
 ごめんな、勝手だよな。酷いヤツだよな……。