思い出さなければよかったのに

 テーブルに手を伸ばし、ケーキの横に置かれていたカメラを手に取る。
 N社 D850。俺と苦楽を共にした愛機。

「彩乃がもらってくれたんだな」
「……うん、真理子さんが、私がもらってくれたら雄大も喜ぶだろうって」

「ハハッ、大正解。 彩乃が持ってて。いらなくなったら質屋に持ってけ。 こんな傷だらけの、売れないけどな」
「売らないよ……絶対」

 彩乃は俺の手にあるカメラをジッと見つめる。

 細かい傷がいっぱいついてるけど、これは旅の途中で少しずつ増えていったもの。
 俺の三年間の闘いの証だ。
 
 幸いにも事故のときは無事だったらしい。壊れていなさそうだ。
 手にしっくり馴染んだその重みと硬質な感触を噛み締めながら、俺は生まれてはじめて、そして最期に、愛する女にカメラを向ける。

「俺さ、ちゃんと女性の写真を撮るのは、おまえが一番最初だって決めてたんだよな……」
「うん……そして、私だけね」
「……そうだな」

「彩乃、笑って」

 レンズを覗き込めば、そこに写っているのは泣き笑いの微妙な表情(かお)

「ハハッ、最初で最期なのに、ブサイクな顔してるぞ」
「馬鹿っ……」

「嘘だよ。おまえはめちゃくちゃ可愛い。美人、世界一綺麗。千年に一度のエンジェル」
「ふふっ……もうエンジェルって歳じゃなくなっちゃった」

「おまえは天使だよ。俺の大事な、大好きな……」
「雄大……」

 カシャッ!

 ――うん、やっぱりいいな、カメラのシャッター音は。

 幽霊が撮った写真ってちゃんと残るのかな……そう言いながら俺が差し出したカメラを、彩乃は両手で大切そうに、そっと受け取った。