思い出さなければよかったのに

 三年間の期限まで残り半年を切った頃。

 南アジアをウロウロしていた俺は、旅の終わりをスタート地点のインドと決め、その前にネパールへと立ち寄った。

 人の数より神々のほうが多くいるといわれている国、ネパール。
 ヒンドゥー教や仏教など異なる宗教が混在し、街のいたるところに大小様々な宗教施設や仏像、神の像が散在している。

 沢木耕太郎の『深夜特急』を愛読していた俺は、真っ先にスワヤンブナート寺院に向かい、小高い丘の上の展望台からカトマンズの街を一望した。

 ニューヨークの写真雑誌が主催しているフォトコンテストへの応募を目指していた俺は、何枚か候補となりそうな写真を撮っていながらも、コレという決め手に欠けて、悩んでいた。

 悩んではいたけれど、不思議と焦ってはいなかった。

 これまでの旅で、確実に自分は変わったと思う。 そして吸収したことも数多くある。
 その経験が自分に力を与えてくれるはずだ、きっと素晴らしい写真が撮れる。

 なぜか根拠のない自信だけはあって、俺は「うん」と力強く頷いてから、長い石段を下りていった。

 その日、カメラを片手に人混み溢れるカトマンズの街を歩いていた俺は、人の波に押される形でガイドブックに載っているような大きな寺院の前まで来た。

 見るとそこから先にもまだまだ長い列ができている。

 混雑を避けて裏道に入ってみたら、頭の上にお供えの入ったカゴを乗せ、小さな寺院に入って行く家族連れを見つけた。

「お参りするのですか? 何の神様ですか?」
 身振り手振りと英語を交えて尋ねると、ラッキーなことに英語が通じた。

「ガネーシャ神です。今日は火曜日なので」

 どうやら火曜日がガネーシャ神の特別な曜日らしく、彼らは毎週この日にはお供物を持ってこの場所を訪れているのだという。
 さすが信仰心の厚いネパール人だけある。

 外国人の出入りも写真撮影も大丈夫だというので、彼らについて中に入った。

 そのガネーシャ像は、地元の人しか行かないような古びた寺院の奥にひっそりと祀られていた。
 訪れる人々が触っていくのだろう。元々は黄金色であったであろう像の頭や鼻が剥げて、中の青銅が見えている。

 象の顔と人間の体を持つ、ヒンドゥー教の神。
 あらゆる事象を司る万能の神は、障害を取り除いて成功に導く力もあるという。

 ――ガネーシャ様、俺にも力を!

 グッと目を瞑って長い間お祈りしてから隣を見ると、家族の中の一人、十歳くらいの女の子が熱心に祈りを捧げていた。

 薄暗い建物の中、窓から射し込む光を浴びて、彼女がやけに大人びて、そして神聖に見えた。
 まるで彼女自身が神であるかの如く……。

 思わずカメラを構え、彼女が顔を上げたその瞬間にシャッターを切った。
 光の中、空中を舞う埃でさえも美しく、艶やかな睫毛に縁取られた漆黒の瞳は、どこまでも澄んでいて……。

 カシャッ!