思い出さなければよかったのに

「愛を感じる……ですか。難しいですね」

 彩乃がぼんやりと天井を見上げると、成瀬先輩もその視線の先を追って、苦笑する。

「木崎くんのことを考えてるの? 今はどこの国?」
「……わかりません」

 ――その頃、俺は……どこにいたんだ?

 一年前……トルコのカッパドキアを撮りに行っていたか? いや、もうネパールに移動していたかも……。

 彩乃はどこにいるかも知らせてこない俺を、こんなふうに待っていてくれたんだな。
 憎んだって、愛想を尽かしたっておかしくはないのにな。
 目の前で王子様がキラッキラの笑顔で口説いてるのにな。

「晴人くんから聞いたよ。仕事を辞めて三年間の自分探しの旅だって?」
「晴人? アイツお喋りだな……自分探しじゃなくて、撮影旅行です。とびきりの一枚を撮って、どでかい賞を撮って凱旋帰国ですよ」

「そんな言葉を信じてるの?」
「信じてますよ……とか言って、諦めて早いとこ帰ってきちゃえばいいのに……なんて酷いことも考えたりするんですけどね。だけど、それだとアイツは納得できないだろうから……応援するんです」

 ――彩乃……。

「彩乃はさ……木崎くんのどこがそんなにいいの?」

 彩乃がクスッと鼻で笑う。

「先輩、前に同じ質問しませんでしたっけ?」
「した。聞いたよ。だけど学生時代と今じゃ違うだろ? 自分で言うのもなんだけど、俺のほうが将来性があるし、お母さんへの心象もいいと思うんだよね」

「ああ……母の先輩推しが凄いですよ。家族へのプレゼント攻撃はやめてもらえませんか? 晴人にカメラとか贅沢ですよ」
「本丸が手強いから外堀を埋めるしか手がないんだよ」

 成瀬先輩はあくまでもふざけた口調で、だけど真剣な目つきで彩乃の顔を覗きこむ。
 それに対して彩乃もゆっくりと、でもハッキリと告げた。

「それでも私は揺らぎませんよ。あんなお馬鹿なヤツに付き合ってあげられるのは、私しかいませんから」

 一瞬の沈黙。
 そして先輩は空気を変えるようにハハッと笑ってみせる。

「デジャブだな。それ、高校のときにもまったく同じセリフを聞いた」
「ふふっ……私も成長してないですね」

「うん……君をこんなふうに放っておく木崎が馬鹿だし、信じて待っている君も馬鹿だ……お似合いだよ」
「ありがとうございます」
「褒めてないけどね」

 成瀬先輩が立ち上がって伸びをする。

「さあ、撮影を再開しようか」
「はい」

 メイクさんが駆け寄って、彩乃の口紅を塗りなおす。
 先輩はその姿を見てふっと微笑んで……『愛しい人』にカメラを向けた。

 パシャッ!