思い出さなければよかったのに

「そんなのお母さんだってわかってるわよ」

 もう一度溜息。そして明美さんは伏せた睫毛を上げると、厳しい表情で真っ直ぐ彩乃を見据えた。

「そう、雄大くんね。……あなたが彼を待ちたい気持ちはわかるけど……たまに絵葉書やメールを送ってきただけで、一度も顔を見にも帰ってこない相手をいつまで待ってるのよ」

「だから三年って、私の二十九歳の誕生日までには……って」
「そんな口約束がアテになるの?!」

 明美さんの声が大きくなる。

「私だって雄大くんが悪い子じゃないのは知ってるし、二人が付き合うのに反対もしなかったわよ。だけど、仕事に就いてもすぐに辞めちゃうし、いつまで経ってもフラフラしていて……母さん、心配なのよ」

 先の見えない夢を追いかけている幼馴染よりも、経済力があって安定した男性と一緒になったほうが女のしあわせなのだ……と言われたところで、彩乃が唇を噛んでガタリと立ち上がる。

「私のしあわせを勝手に決めないで! お母さんに心配なんてしてもらわなくてもいい! 私は大丈夫だから放っておいて!」
「彩乃!」

「とにかく見合いなんて、絶対にしないから!」

 そう言って彩乃は二階の部屋に駆け込んだ。
 ベッドに飛び込んで、枕に顔を埋めて泣いている。

 ――彩乃、ごめんな。一人で泣かせてごめん。

 そうだよな……もっとマメに連絡すればよかったな。
 だけど、スマホのバッテリーを節約しなきゃだし、データ容量の上限を超えないように気をつけなきゃいけなくて……。

 そもそも、いつも充電できるわけじゃないし、契約内容でカバーしてない国や、電波もちゃんと届かない地域もあってさ。

 ――って、そんなのただの言いわけだよな。

 そこまでの努力を俺が怠っていた。彩乃の母さんの信用を維持するだけの誠意を見せられなかった。それがすべてだ。

 銀行員か……お見合いしたら安定した結婚生活が送れてただろうに。馬鹿だな……。

 違うな、馬鹿なのは俺だ。
 明美さん、ごめん……俺のせいでこいつが嫁に行かないままで……。

 ――いや、違うだろ!

 彩乃は結婚している。だって俺が握った左手の薬指には指輪がはまっていた。

 ――彩乃はいつ結婚を……?

 すると今度は別の声が聞こえる。