思い出さなければよかったのに

 そんなふうに始まった三年間の放浪の旅で、最初、俺はひたすら景色ばかりを撮っていた。

 驚くほど大きくて、濃いオレンジ色をした夕陽。
 雄大な大河の流れ。
 独特な音楽と祈りの声が聞こえてくる歴史的寺院。
 目も開けられないような砂塵の舞う砂漠。

 旅費の節約のため、九畳スペースに四人暮らしのシェアハウスや、バストイレ共有のユースホテルを泊まり歩いた。

 バイトが見つからないときは、何日も食事にありつけなかったり、凍えるように冷え切った路上で夜を明かしたこともある。

 転機はベトナムで訪れた。
 俺がハノイ市内にある日本食レストランでバイトをしながら、休日にあちこちで写真を撮るという生活をしていたときだ。

 その日は何の気なしに、ハノイ市内から南西にある片田舎まで足を伸ばしてみた。

 適当にブラつきながら、舗装されていないデコボコ道や庭で放し飼いにされているニワトリを撮っていたら、そのうち身体が怠くなり、どうにも動けなくなってしまった。
 たぶん熱中症だったのだと思う。

 木の根本に座り、幹にもたれて休んでいたら、ご丁寧にも見知らぬお爺さんがリヤカーに乗せて自分の家まで連れ帰り、看病してくれた。

 ベトナム人は英語を話せる人が多いのだが、この田舎ではそうでもないらしい。

「シンチャオ (こんにちは)、カムオン、アィン (ありがとうございます)」

 頭をペコリと下げながら、俺がベトナムにきてから覚えた簡単な挨拶をすると、どうにか伝わったらしく、『うんうん』というように頷かれた。

 お爺さんからアルミ製のマグカップに入ったココナッツジュースを渡されて一気飲みする。
 スポーツ飲料を薄めたような味で、そんなに好きな味だとは思っていなかったけれど、このときばかりは喉に染み渡って凄く美味しく感じた。

 日本のパスポートと運転免許証を見せて日本人だと説明すると、一緒に住んでいるらしい息子夫婦や孫がワラワラと寄ってきて取り囲まれる。

 日本人に興味津々な彼らにカメラを見せて、自分は二十六歳で、あちこちの国で写真を撮っているバックパッカーだと身振り手振りで伝えたら、カメラを指差しながら、自分たちを撮ってほしいと言われた。

 旅のお供の愛機はN社製D850。今回の旅の前に思いきって購入したものだ。

 ――そういえば、しばらく人間を撮っていなかったな……。