思い出さなければよかったのに

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 インド北部の玄関口である首都デリーは、近代的な建物や政府機関が集中している『ニューデリー』と、古くからの遺跡が多くある『オールドデリー』を中心に構成されている。

 俺はニューデリーにあるバックパッカー向けの安宿で、一泊四百ルピーの四人部屋に泊まりながら、まずはアルバイト探しから開始した。

 幸いすぐに日本食レストランでウエイターのアルバイトが見つかり、しかも親切な日本人オーナーが地下倉庫の片隅にある自分の仮眠室を宿として提供してくれるという。

 元は酒瓶置き場にしていた二畳ほどのスペースに簡易ベッドがあるだけだが、他人と同じ部屋の二段ベッドで寝ることを考えたらプライベート空間があるだけマシだ。

 俺は大喜びで荷物を運びこむと、週に五日ウエイターとして店に出るかたわら、宿代として毎日早朝に料理の下ごしらえを手伝うことになった。
 空いた自由時間は街の散策や写真撮影だ。

 そんな生活を始めて二週間ほど経った、ある日の仕事終わり。
 仕事仲間であるインド人のハリッシュに、「いいところに連れていってやる」と誘われた。
 彼は四十代の妻子持ちで、気のいいオジサンだ。

 彼についていった先はオールドデリーの街なかで、廃墟のような建物が雑然と立ち並んでいる陰気な場所だった。

「ここって何なの?」

 (つたな)い英語で俺が尋ねると、ハリッシュはニヤニヤしながら建物の上のほうへ顎をしゃくる。
 見ると古びたビルディングの二階に鉄格子のはまった窓がいくつもあり、そこから何人もの女性がこちらを見下ろして手を振っている。

 ――えっ、これって……。

 驚いた表情で固まる俺に、ハリッシュが「中で気に入った子がいたら自分で値段交渉するんだ。少女からお婆さんまで選び放題だぜ」と先に立って建物の中に入ろうとする。

 つまりここは売春宿で、ハリッシュは今からここで女を買おうと俺を誘っているのだ。