思い出さなければよかったのに

 彩乃の二十六歳の誕生日の朝。

 旅館でゆっくりと朝食をとり荷物をまとめていると、彩乃が自分のボストンバッグから何かを取り出して俺を呼んだ。

「私から雄大への餞別(せんべつ)です。どうぞお受け取りください」

 正座してかしこまった彩乃が座卓に並べて置いたのは、三枚の写真。
 一枚目は俺と頬をくっつけて目を細め、とろけるような表情をしている彩乃。これは最近マンションの部屋で撮った写真だ。

 写真の中の俺はさも困ったかのように苦笑しているけれど、腕を組んで胸を押しつけながらスマホを向けられて、本音ではまんざらでもなかったのを覚えている。

 二枚目は彩乃の顔のアップ。花が綻ぶような華やかな笑顔だ。
 そして最後の一枚は……。

「水着⁉︎ 俺、おまえのグラビア写真はいらないって言っただろ!」

 俺がピンク色のビキニ姿の写真を指差すと、「ん〜、でも、念のため?」と彩乃はヘラヘラしている。

「ほら、やっぱりご無沙汰になるといろいろ溜まるでしょ? 旅のお供だけじゃなく、一人寝のお供も必要かな? ……って」

 二人で写った写真は女避けに、水着の写真は夜のオカズに使うのだと、ご丁寧にも彩乃が使用方法まで説明してくれる。

「……だからね、絶対に浮気しちゃ駄目だよ。街角で美女に声を掛けられてもフラフラついて行かないように!」

 彩乃が俺の手のひらにパシッとビキニ写真を押しつけた。

「俺ってどんだけ信用ないんだよ。知らない奴にはついてかないし、おまえ以外じゃ勃たないから心配すんな」

 そう言いながらも実際問題、夜のオカズはあったほうがいいに決まっているので、ありがたく頂戴することにする。

「それで私の顔のアップはね……雄大が私の顔を忘れないように……いつでもすぐに思い出せるように……」

 言いながら彩乃の声が震えだす。

「バカヤロー……俺がおまえを忘れるわけないだろ」

 俺は泣き顔を見られたくなくて、彩乃の頭を胸に抱え込んだ。

 ――絶対に忘れないよ。おまえの笑顔も泣き顔も、二人で過ごした時間すべて。