思い出さなければよかったのに

「……私は森口のマネージャーです。よかったら三人での写真をお撮りしましょうか?」
「えっ、いいんですか? やったー! それじゃよろしくお願いします!」

 俺は女性の一人が差し出したスマホを受け取ると、「もう少し近づいて。はい、撮りますよ〜」と、なるべく上品そうな笑顔と言葉遣いを心掛けて、落ち着いたマネージャーを装う。

「放映日はまだ未定ですが、今度テレビで森口がこの温泉の紹介をするので、よかったら見てやってくださいね」

 俺の説明をどこまで信じているかはわからないが、二人組は彩乃と握手してはしゃいでいる。
 咄嗟にかましたハッタリだけど、とりあえずこの場は誤魔化すことができたようだ。

 周囲の人達も徐々にこちらを注目しはじめている気配を感じ、これ以上ここにいては危険だと判断した俺は、彩乃を促してそそくさとその場を離れる。

 さっきまでの高揚した気分が嘘かのように、帰り道の俺達は無言だった。
 微妙に距離をとりながら強張った表情で足早に旅館を目指す。
 心臓の鼓動と下駄の音だけがやけに大きく響いて聞こえる。

 部屋につくと座布団の上で胡座を組んで座卓に腕を置き、顔を一撫でしたところで俺はようやく息を吐いた。

「はぁ〜、ビビったな」
 そう言いながら隣を見ると、彩乃は唇をキュッと噛んで俯いている。

「大丈夫だって。むこうは俺達が仕事で来ていたと思ってるし、あとで何か言われてもマネージャーと一緒だったでとおせばいい」

 なだめるように彩乃の背中を撫でてみるものの、彼女の表情は一向に晴れない。それどころか徐々に瞳が潤みだす。

「彩乃……?」
「ごめん、雄大……ごめん」
「なに謝ってんだよ。俺も迂闊だったんだ。もっと距離をとっていれば……」
「違うの!」

 思わぬ強い口調に、俺は思わず背中をさする手を止める。

「違うの……。雄大、違うんだよ……」
「彩乃……」
「私……雄大に嘘をつかせた」

 彩乃は「あのとき何も言えなかった……」とこぼすと、両手で顔を覆い泣きだした。

 人気なんてどうだっていい、バレても構わないと言っていた自分があの瞬間に考えたのは、『バレたらどうしよう』ということだった。騒ぎになって仕事が続けられなくなるのが怖い……と思ってしまったのだと、指の隙間から途切れ途切れに言葉を絞り出す。

「雄大が私の彼氏だって言いたいのに言う勇気がなかった。雄大がマネージャーだなんて嘘をつくのを、私は黙って見てるだけだった」

 結局何ひとつ覚悟が出来ていなかった。ひどいよね……としゃくりあげる彩乃を俺は抱き寄せる。

「彩乃、謝るなよ。おまえはなにも間違っていない。あれでよかったんだ」

 そうだよ、おまえがしたことは間違ってなんかいない。
 おまえはなんだかんだ言いつつも、今の仕事が好きなんだよ。
 自分の仕事に誇りをもって真面目に取り組んでいるんだ。
 それを俺なんかのために投げだす必要はない。そうだろう?

「俺はさ、そんな彩乃が好きなんだ」

 おまえはいつだって一生懸命で、恋もダンスも仕事も全力投球で。
 俺は笑顔と汗を輝かせてキラキラしている彩乃を誇りに思っているし、そんなおまえといつか並んで歩けるようになりたいんだ。

「だから今はこれでいいんだ」
「ううっ……雄大……」
「彩乃、泣かなくていいんだ。いいんだよ」

 おまえは自分の道を真っすぐに進めばいい。
 俺も三年後には自信を持っておまえの隣に立てるよう、必死で頑張るから。

 俺はそう言って彩乃の手首をつかみ、彼女の顔を覆っていた手をどける。
 覗きこむと彩乃の泣き顔はグシャグシャで、人気モデルのカケラもあったもんじゃない。