思い出さなければよかったのに

「――美味いな、これ」
「うん、黒糖風味の薄皮の中に粒あんがギッシリ詰まってるね。あっさりした甘味だから二、三個くらいはペロッと食べられそう」

「おっ、おまえ食レポ上手くなったな」
「でしょ? 私はやればできる子なんです」

 最近彩乃は朝の情報番組の食べ歩きコーナーに出演していて、食べ物の紹介をする機会が増えている。
 俺には先見の明があったということだな。

「ほら、俺が言ったとおりだったろ? 家で食レポの練習しといてよかったじゃん」
「あれは練習というより雄大に馬鹿にされただけじゃない」
「彩乃があまりにもポンコツだったからな」
「ポンコツ言うな!」

 そんなふうに喋りながら下駄を鳴らしてお店のある通りを抜け、最終目的地である湯畑に到着する。

 温泉街の中心にある湯畑は夕暮れどきからライトアップをはじめていて、青や紫色の光と白い湯けむりが幻想的な世界を作りあげていた。

 山深い草津の十月末ともなると夜はかなり冷え込む。
 それでも多くの観光客が浴衣の上に冬物の上着や丹前(たんぜん)を羽織った格好なのは、寒くてもカメラ映えと雰囲気を優先させたいということなのだろう。

 かくいう俺達も浴衣に丹前という温泉街お約束の服装だ。更に彩乃は髪をシンプルに後ろで一つに結び、顔には黒縁の伊達メガネをかけている。
 本人的には一応変装のつもりなのだろうけど、俺はこんなのあまり意味がないと思っている。まあ、言わないけど。

「案外バレないもんだな。それとも彩乃って気づいてても、みんな気づかないフリしてくれてるのかな」
「知名度が低いみたいで、地味に傷つくけどね」

 白い息を吐いて小声でコソコソ喋りつつ、彩乃がピタッと俺に寄り添ってくる。

「綺麗だね」
「ああ、綺麗だな」

 周囲の目を気にしないでもなかったが、ムード満点の雰囲気と寒さも相まって、俺は何も言わず、彩乃と肩を触れ合わせたまま景色を眺めていた。

「あの〜、森口彩乃さんですよね」

 突然斜め後方から声をかけられ、俺達は同時にビクッと肩を跳ねさせて瞬時に離れる。
 見ると大学生くらいの若い女性二人組がスマホを片手に立っている。観光客らしく、俺達と同様に浴衣に丹前姿だ。

「私達、森口さんのファンなんです! 握手してください。写真もいいですか?」
「あっ、はい……」
「やった!」

 二人がはしゃぎながらもチラリと俺に視線を移す。

 ――ヤバい!