思い出さなければよかったのに

 食後はぶらりと温泉街を散策することにした。
 俺は彩乃の身バレを警戒して宿から出るつもりはなかったのだが、当の彩乃がどうしても出掛けたいと言い張ったのだ。

「せっかくはじめての二人旅なんだよ。観光地なんだよ。浴衣姿で街をブラついて温泉まんじゅうを食べるのが定番でしょ!」

 最後に、「だって、一つでもたくさん雄大との思い出がほしいの。雄大との時間が私への誕生日プレゼントだって言ったじゃない」そう言われてしまえば、躊躇していた俺も頷くしかない。

 行き先は彩乃の希望で湯畑とその周辺の土産物屋。
 俺は宿を出ると何げに彩乃から距離をとり、周囲をキョロキョロと窺う。
 今のところ特に注目されている様子はなさそうだ。

「雄大、何してるの? 早く行こうよ」

 俺がこんなに警戒しているのに、彩乃のほうはそんなのお構いなしで俺の腕に抱きついてくる。

「おい、マズいって、離れろよ」
「嫌だよ。せっかくのデートなんだもの。くっついてたいよ」
「おまえなぁ〜、俺はおまえのためを思って……」
「だったら一緒にいて」

 俺の言葉を遮るその声が少し低くて真剣さを含んでいたから、俺は彩乃を見下ろして立ち止まる。

「……バレたっていいよ。人気がどうとか、そんなのどうだっていい」
「彩乃……」

「雄大が私の彼氏だって言いたい。恋人らしく手を繋いで堂々と歩きたい。だって……だって明後日には離れちゃうんだよ! 一緒にいられなくなっちゃうんだよ!」
「わかった! 彩乃、わかったから落ち着け!」

 徐々に声を荒げる彩乃の手を引き、通りのすみの目立たない場所に移動する。
 そこで俺は彩乃を抱き寄せると、なだめるように背中を撫でた。

「わかったよ、彩乃。一緒に歩こう。二人でお土産を見て、温泉まんじゅうを食べよう……なっ?」

 そして彩乃の両肩に手を置き顔を覗きこむ。

「楽しい思い出を作ろう。だけど社長との約束を覚えてるだろ? 慎重にならないと……わかるだろ?」

 俺が目を見つめて子供を諭すかのように言うと、彩乃は唇を尖らせながらもコクリとうなずいた。

 そうだよな、そんなの俺に言われるまでもなく、彩乃本人が一番わかっているんだ。
 自分は有名人で人気商売で、人の目を気にしなくちゃいけないってことを。
 社長との約束を破るわけにはいかないということを。

 ――それでも俺との思い出づくりをしたいと願ってくれたんだな。

 だったら俺も彩乃の願いを叶えたい。
 目立つ行動は駄目だけど、少しでも恋人らしいことをしてやろう……と心の中で誓った。