思い出さなければよかったのに

 彩乃と二人で一泊二日の旅行に出掛けたのは、俺の出発間際の十月二十四日のこと。

 草津の老舗の温泉旅館。
 彩乃の誕生日の前日で、俺たちの思い出作りのクライマックスだ。

 明日の午後にマンションに帰ったら、その翌朝、俺は日本から旅立つ。

 仲居さんに案内された部屋は、かなり豪華な離れの間だった。
 入ってすぐの部屋は黒い座卓の置かれた畳敷きの和室で、テラスからは湯煙ただよう街並みが見渡せる。更にその和室とは別に寝室もある。

 どうして俺達がこんな立派なところに泊まれたのかというと、この旅行が俺の両親からのプレゼントだったから。
 長らく日本を離れる息子と、娘みたいに可愛がっている未来の嫁への餞別(せんべつ)らしい。

 馬鹿息子が苦労をかけている彩乃への、両親からのお詫びの意味もあったんじゃないかな……と思う。

「雄大、見て、凄いよ!」

 先に寝室に入っていった彩乃が大声で俺を呼ぶ。

「マジか……おっ、本当だ。父さん達、奮発したな」

 俺が和室と隔てていた擦りガラスのドアをガラリと開けると、そこは板張りの洋間になっていた。キングサイズのベッドがドンと置かれている。
 その向こう側にはガラスで仕切られた浴室があり、中から彩乃が手招きしていた。

「雄大こっちにきて! お風呂から中庭が見渡せる!」

 彩乃の言うとおり、内風呂は中庭に面していた。
 天井までのガラス窓に囲まれた空間はかなり広く、大きめの檜の浴槽と、壁際には同じく檜のベンチがこしらえてある。

 緑の木々に囲まれているため隣の部屋が全く見えず、プライバシーの守られた静かな空間になっていた。
 両親がこの部屋を選んだのは、たぶん彩乃の立場を考えてのことだろう。